戸田恵子|ひと筋縄ではいかない舞台『八月のラブソング』
Lounge
2015年3月12日

戸田恵子|ひと筋縄ではいかない舞台『八月のラブソング』

戸田恵子|加藤健一さんとの二人芝居

舞台『八月のラブソング』(1)

加藤健一さんとは18年ぶりの共演となった舞台『八月のラブソング』は、ロシアのとても古い戯曲。日本でもすでに杉村春子さん、越路吹雪さん、黒柳徹子さんなどが演じておられる作品で、切なくてほろ苦い大人のラブストーリーです。

Photographs by ISHIKAWA JunText by TODA Keiko


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稽古期間が足りない!

“ザ・演劇”という匂い漂うこの作品にチャレンジすることを決めたのは、ただの大人のラブストーリーではなく、戦争という悲しい体験を経てきたふたりの話だったから。息子を亡くした私の役・リディア。妻を亡くした加藤さん演じるロディオン。初老と呼ばれる年代に入ったふたりは、自身の身体のこと、残りの人生のこと、死ということに向き合いながら、お互いに惹かれ合う──

舞台初日は3月8日。2月1日に顔合わせ、本読みがあり、実際稽古は4日から。稽古休みは7日ほど。2月は短い。とにかく稽古期間が短い。今振り返ると恐ろしくなる。

稽古初日に向け、自分の台詞をマーカーで引き出したところ途中で「失敗した!」とペンを置く。相手の台詞の2、3倍はありそうな自分の台詞量に愕然……これは相手の台詞にマーカーを引くべきだったかも(苦笑)。台詞を覚える作業はお芝居する、しない以前の問題で、これが厄介なものです。これさえなければホントに楽しい仕事なんですけどねぇ……。

戸田恵子|八月のラブソング 04_a

とにかく、ひたすら繰り返すしかない根気の作業。出演者の少ない芝居は集中力がとくに必要で、1日何時間も稽古するのは不可能。『なにわバタフライ』で3、4時間。今回は平均して5時間くらい。結局、繰り返しの稽古が足りないから、全体稽古の前に自主稽古を申し出るハメに。

衣装も間に合わない!?

今回は衣裳も苦労しました。短い稽古時間を割いての衣裳合わせは、何度トライしても得心がいかず、私自身、知人に助けを求めたりと夜な夜な奔走することに。本来、稽古だけに集中したい時間を予想外のことでもっていかれてしまったことに正直苦しい思いをしました。まあ、劇団時代にはよくあったことだけど、退団してからは初めて。そうは言っても自分の衣装ですから納得いくものにしたい! 

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9場面もある衣装。そりゃもう大騒ぎでした。衣裳が決まらずだとアクセサリー、バッグや靴などの小物も決まらないわけで……。最終的に衣裳が全部決まったのは劇場に入ってからのゲネプロ()の時期。たくさんのひとの力を借りて、素敵なリディアの9場面になったと思います。助けてくださった関係者の皆さまには本当に感謝しております。

※ゲネプロ……公演間近に舞台上でおこなう最後の全体リハーサル

戸田恵子|加藤健一さんとの二人芝居

舞台『八月のラブソング』(2)

不安を抱えたまま、初日の幕が開く

「加藤健一事務所」は文字通り加藤さんがプロデューサーなわけで、二人芝居で相手が年上で、しかもプロデューサーを兼ねていると。こりゃもう芝居にかんしてのくだけた会話はしにくいものです(笑)。普通、共演者とはああでもない、こうでもないと話し合ったりするのですが、それが今回はまったく“無”でしたね(笑)。

戸田恵子|八月のラブソング 02

戸田恵子|八月のラブソング 03

なんだか孤独でした。演出家の鵜山さんはまったく誉めないダメ出しタイプで、プロデューサーの加藤さんもじつに淡々と日々を進行なさる。この芝居が、いえ、私の芝居が上手くいってるのかいないのか、肯定する声は誰からも聞こえてこない──。制作の方々が稽古場で通し稽古をご覧になり、ひとりくらい“おべんちゃら”でもなにか言ってくれそうなものだけど、これまた“無”(笑)。うちのスタッフもゲネプロまでは芝居を観ないので、本当に不安の塊になってしまった。「自己肯定感」なるものが一切ないまま、3月8日初日の幕が開きました。

正直、理解しにくい台詞もいくつかあり、また「初老」という設定にリアルさを求められることはとても大変でした。やり過ぎるとコントみたいになるし、あの膨大な台詞を単純にゆっくり喋っていたら3時間以上はかかってしまう(笑)。いろんな意味で、大変いい勉強をさせていただきました。

「ああ、良かったんだなぁ」──回を重ねるごとに増す自信

戸田恵子|八月のラブソング 09

そんななか、“外から固める”ということも時にとても大事なことだと実感。衣裳はもちろんですが、今回かつらというものの底力を知りました。完全な白髪ではなく、ブロンド混じりの白髪。長年の友人でもあるヘアメイクの馮 啓孝さんが私を素敵にしてくれました。上品で、なにより私に似合っていたと思います。最初のかつら合わせでは前髪の分け目が私自身の分け目と逆で、髪を触る手がいつも逆方向に。それに気付いた馮さんは次の時には毛流れを植え替えてきてくれました。役者の演じやすさを第一優先に考えてくれる細やかな心遣い──感動! さすがです。

そんな素敵なかつらをかぶった私の容姿は、さまざまな方を彷彿とさせると言われました。そしてそれは恐れ多くも草笛光子さんであったり、越路吹雪さんだったり、シャーリー・マクレーンやちょっと困った顔がミシェル・ファイファーだったり。一番多かったのは我が母です。母を知ってる友人はみんなそう言いました。私も写真で見るとつくづくそう思います。

公演中の3月21日には作者アレクセイ・アルブーゾフさんの息子さんが観劇に来られ、過去に日本で上演された杉村春子さんや越路吹雪さんの舞台写真をお持ちだったので見せて頂きました。とても自分の演じている役とおなじ作品とは思えないものでしたが、白黒写真からうかがえる雰囲気はロシアの香りがプンプン漂いました。もしかしたら私の感じはアメリカっぽいかな~なんて。息子さんは終演後の素の私を見て「若い!」と、役とのギャップに驚かれていました。まったく私を知らない方がそうおっしゃってくださるなら“シメシメ”という感じです(笑)。

戸田恵子|八月のラブソング 08

ひと筋縄ではいかなかった舞台『八月のラブソング』。自己肯定感のないまま幕は開きましたが、皆さんからは思いのほか高評価を頂きました。若い女性のリピーターが多かったことも驚きでした。幕が開いて徐々に「ああ、良かったんだなぁ」と自信と安心につながっていったのでした。皆さま、ご観劇ありがとうございました。

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