モンスターセダン BMW M5に試乗|BMW
BMW M5|ビー・エム・ダブリュー M5
高級セダンの皮をかぶったモンスターマシーン
BMW M5に試乗
以前いちど、海外試乗記をお届けした、BMWの高性能スポーツセダン「M5」を、あらためて、今度は日本でテストする機会を得た。F1用エンジンにつらなる自然吸気の5リッターV10エンジンを、より小さな4.4リッターV8エンジンに置き換え、これを、自慢のターボテクノロジーで過給することで、先代を超えるスペックを実現しているのが、現在のM5の最大の特徴だ。さて、この高級セダンの皮をかぶったモンスターマシンの実力やいかに? 大谷達也氏がリポート!
Text by OTANI Tatsuya
Photographs by ARAKAWA Masayuki
進化か? 退化か?
ようやくステアリングを握ることができた。
BMWのスーパースポーツセダン、M5を箱根で試乗するチャンスに恵まれたのだ。
少しおさらいをしておくと、およそ7年ぶりにフルモデルチェンジした新型M5が国内発表されたのは昨年7月のこと。旧型の5.0リッターV型10気筒自然吸気エンジンを、最新のトレンドに則った4.4リッターV型8気筒ツインスクロールツインターボに換装。
排気量を12パーセント縮小しながら最高出力を約10パーセント上乗せして560psへ、最大トルクはおよそ31パーセント増しの680Nmに増強し、BMW M社の最新テクノロジーと誇りを一身に背負ってデビューした。
テクノロジーの進歩に概して肯定的な私は、こうした変化を当然のことのように受け止めてしまうのだが、既成概念の殻を破れない人のなかには「V10をV8にするなど、退化以外の何物でもない!」といって、これを受け入れない向きもあるそうだ。
でも、ちょっと待って欲しい。これって、本当に退化なのか?
排気量を縮小してシリンダー数を減らし、そこに高精度な直噴システムや過給器を組み合わせて燃費とパフォーマンスのバランスを改善したダウンサイジングコンセプトは、ヨーロッパ車であればいまやどのメーカーも当然のように採用している最新のテクニカルトレンドだ。
もっとも、その最大の目的は二酸化炭素排出量の削減にある。
EUでは自動車1台あたりの二酸化炭素排出量を130g/km以下とする規制が導入されている。いまはまだペナルティを科せられないものの、今後、2015年から2020年にかけて段階的に罰金制度が始まり、基準を満たしていないと、それなりの省燃費車でも1台あたり数万円の罰金を自動車メーカーが支払わなければならないケースが出てくる。
自動車メーカーが必死に省燃費技術に取り組んでいるのは、ここに最大の理由がある。
このため、BMWも当然のように省燃費技術を熱心に開発している。彼らが持つツインスクロールターボ技術はエンジンレスポンスの改善に抜群の効果を有しており、もはやターボラグという言葉は完全に過去のものとなっている。
BMW M5|ビー・エム・ダブリュー M5
高級セダンの皮をかぶったモンスターマシーン
BMW M5に試乗(2)
エンジンは3つの表情をもつ
排気量は小さくなっても最高出力は同等以上。逆に最大トルクは向上し、トルク特性も圧倒的に扱いやすくなっているから、一般ユーザーが路上で実際に発揮できるパワーの総和は確実に増えている。つまり、よりパワフルな走りが可能になっているのだ。そのうえ、燃費が3割がた改善されているとなれば文句のつけようがない。したがって、シリンダーがふたつ減っても、4つ減っても、嘆く必要はまるでないと私は考えている。
もっとも、そんなこざかしい理屈より、M5の4.4リッターターボエンジンが絞り出す560psパワーのほうが、はるかに説得力がある。
このエンジン、回転数によって3つの表情を見せる。
おそらく3,000rpmまでであれば、多少パワフルなエンジン程度の印象しか持たないだろう。スロットル操作にたいする反応も従順で、ドライバーは自信をもってスピードをコントロールできるはずだ。
3,000rpmを越えて5,000rpmに至る領域では、バイエルンの技術者たちに畏敬の念を抱くことになる。ターボラグを意識させることなく圧倒的な加速力をしめすこのパワープラントは、スポーティなエンジンづくりにかけては右に出る者のいない、BMW M社ならではの完成度といえる。
そして5,500rpmを越えた先で待っている世界……正直、これは公道で試すべきではない。
スピードメーターとタコメーターの針が信じられない速さで上昇を始め、周囲の交通と自分との間に圧倒的な速度差を感じるようになる。4.4リッターターボエンジンは紳士の仮面を脱ぎ捨て、荒々しいエグゾーストノートを伴いながら暴力的な加速を始める。
良識あるドライバーであれば、近づかないほうが無難だろう。
BMW M5|ビー・エム・ダブリュー M5
高級セダンの皮をかぶったモンスターマシーン
BMW M5に試乗(3)
こんなクルマがあってもいいじゃないか
そう、このM5にはかつてのスポーティモデルが有していた荒々しい味わいがそこかしこに残されている。デュアルクラッチ化された7段ギアボックスはダイレクト感が魅力的ないっぽうでシフト時には軽いショックを伝える。3段階に減衰力を調整できる電子制御式ダンパーは、いちばんソフトな「コンフォート」にしても時に腹にズシリと響くような乗り心地の硬さを感じさせるため、いっそのことダンピングがいちばん強力で歯切れのいい「スポーツプラス」を市街地走行でも選びたくなってしまう。
箱根のワインディングロードでは、さすがに560psのパワーをもてあまし気味だった。スタビリティコントロールがノーマルのままでは、スロットルを踏み込むたびに後輪のグリップが失われかけ、エンジン出力が絞られることになる。先日、試乗した6グランクーペのほうが、よほどクルマとの対話が容易だと感じられたくらいである。
いやいや、だからといってM5にすべての責任をなすりつけるつもりはない。もしも私の腕がレーシングドライバー並みであったなら、スタビリティコントロールをオフにし、後輪を右へ左へとスライドさせながら560psをフルに引き出したことだろう。もしくは、場所が公道ではなく、サーキットであったなら……
否、そんな空想は無駄というものだ。
いま、私が自信をもっているのは、ハイパフォーマンスカーが軒並み“洗練”という名の草食化を突き進んでいる現在、M5のように男らしく、荒々しいクルマが1台くらい残っていてもいいではないか、ということでしかない。