グランドセイコー メカニカル ハイビート 36000|Part2:部品から始まるムーブメント開発
Grand Seiko Mechanical High-Beat 36000|グランドセイコー メカニカル ハイビート 36000
Part2:ムーブメント開発に見る「人の手」の力
セイコーは今年、毎時36000振動のハイビートモデル「グランドセイコー メカニカル ハイビート 36000」を発表した。実用時計に向き合い、地道な開発を重ねてきたからこそ生まれた時計だ。このメカニカルウォッチの心臓部には、セイコーが大切に育ててきた「人の手」の力が込められている。
文=野上亜紀Photo by Jamandfix
設計変更が伝える実用時計の製作指針
今年発表された新作「グランドセイコー メカニカル ハイビート36000」。毎時36000振動を刻むハイビートのモデルだが、同社では1968年以来のおよそ40年振りの開発となる。今回話を伺ったセイコーウオッチ マーケティング部、関 修一郎さんは、グランドセイコーに10年以上携わってきた人だ。今回のハイビートモデルにも、もちろん企画の段階から参加をしている。
「今回の10振動モデルで、セイコーが実用時計とつねに向き合っているということをみなさんに知っていただきかったんです。それを伝えるためには、やはりメカニカルウォッチ、です。人の手で組み立てて調整する機械式であればこそ、グランドセイコーの作る実用時計のよさは伝えられます。この時計には高額な一点物の時計のように、目を惹くような美しさや珍しい要素はないかもしれません。しかしセイコーが大切としてきた、人の手の力から生まれたものなんです」
関さんが語る「人の手」。それを物語るのが、ハイビートのために施された脱進機まわりの設計変更だ。搭載されたキャリバー「9S85」は、1998年に新規設計された8振動の「9S系」ムーブメントを10振動化させたもの。通常10振動にするためにはガンギ車の歯数を増やす形をとるが、その結果、歯車のあたりにばらつきを助長してしまう可能性がある。高精度を求めて品質が落ちてしまう恐れを感じたセイコーは、ガンギ車の歯数を増やすことではなく、ガンギ中間車を1枚加えるという方法をとった。
この時計のガンギ車とアンクルには、寸法精度をあげるため、最先端のMEMS(電気鋳造造形の一種)が施されている。従来の手法にとらわれず、設計の工夫やハイテクノロジーを積極的に採用しながら10振動の量産化を目指したその製作姿勢は、“実用時計”に特化してきたグランドセイコーならではということができるだろう。
歴史が作り得た新たな動力ゼンマイ
テンプの増速に伴い、従来の9Sから1.5倍のトルクが必要となった動力ゼンマイ。このゼンマイの開発こそ最も思い出深く、そして何よりもセイコーらしいと、関さんは語る。
「従来の動力ゼンマイではトルクが追いつかないため、動力ゼンマイの開発がいちばん大変でしたね。このゼンマイの開発が、いちばんセイコーらしい点でもあります。グランドセイコーは実用時計の頂点を目指しているブランドですから、素材から開発して、品質のすぐれた部品を作るという点がつねなる課題でもあり、最も自信のあるところです。東北大学の金属材料研究所や(財)電気磁気材料研究所との共同で、ばね材の開発だけで数年かかりました。しかしやはり長く愛用していただけるものを作ることが大前提。総計してゼンマイ開発には6年の歳月がかかりました。基幹部品である動力ゼンマイを自社で作ってきたセイコーだからなしえた開発だと思います」
これだけ手をかけた新開発のメカニカルムーブメントを積んでいながらも、このハイビートモデルはデザイン面でも声高に主張せず、グランドセイコーたるスタイルを地道に守り続けている。「見せたいという気持ちを、ぐっとおさえたんです」と関さんは笑う。
「この時計は一見地味ながらも、実はセイコーの伝統を集約し、そして存分に活かした時計です。設計者との連動で生まれたガンギ車の輪列設計、技術としてのMEMS、そしてブランドの製作姿勢そのものを表したゼンマイ開発。いずれにおいても、実に上手にセイコースタイルを表現できた時計だと思っています。それに今回新キャリバーを開発しておけば、次の時代の道標となるでしょう。実はそれも大きな目的のひとつなんです」
機械式とは人が人の手で育てていく物なのだと、信じていますから。関さんは楽しげに言葉を結んだ。
セイコーウオッチ
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