エルメス銀座店で開催中《時の匠》展で来日の開発者にインタビュー|HERMÈS
HERMÈS|エルメス
エルメス銀座店で開催の《時の匠》展で来日の開発者にインタビュー
エルメスの新作「スリム ドゥ エルメス」の本質(1)
バーゼルワールドの興奮も冷めやらぬなか、《時の匠》展公開に合わせ、ラ・モントル・エルメス社の開発担当クリエイティブ・ディレクター、フィリップ・デロタル氏が来日。そこで新作はじめ、エルメスにとっての時計作りについて話をうかがった。
Photographs by KISHIDA KatsunoriText by SHIBATA Mitsuru
書体にまでこだわった新設計のスリムコレクション
――数々の高級時計ブランドで要職を歴任されていますが、そもそもウォッチビジネスについたきっかけとは何でしたか?
13歳の頃から時計に魅せられ、虜になりました。フランスで時計作りと精密機械工学を学び、同時に絵を描くことも好きだったのでアートを学びました。つまり技術とデザインという、日本でいう二足のわらじを履いていることになりますね(笑)。どちらかに専門的になるということは一長一短があり、自分はその両者をうまく応用させることができるとおもいます。
――80年代半ばといえば、まだ機械式時計の本格的な復興前夜でしたね。
機械式時計の再興に立ち会えたのは幸運だったとおもいます。すばらしい時計ブランドに入り、多くの人に出会えたことが大きかったですね。またその後、多くのメゾンで働くことで時計やその業界全体を俯瞰することができました。
――そして2008年にエルメスに入社した理由は?
エルメスはレザーのイメージが強く、それまではトラディショナルな時計ブランドにいたので異色な転身だとおもわれるんでしょうね。いつも決まって答えているのは、私が求めているのは、あたらしい世界であり、その地平を知りたいという意思が自分を突き動かした、ということです。
同じ業界に長くいると、その世界でしか視野が広がりません。しかしエルメスにいるとさまざまな発見をする機会があります。多くのジャンルや作り手である職人さんに出会えることは非常に大きなチャンス。たとえば文字盤にエナメルを使うなどあらたなチャレンジができるのも、エルメスならではだとおもっています。
―― いっぽうでラグジュアリーメゾンということでプレッシャーは感じませんでしたか?
いつも感じてますよ(笑)。胃が痛くなるほどです。それはエルメスという世界観に対する責任であり、そのDNAをいかに伝えるかという責任でもあります。
――入社当時はすでにヴォーシェ社との共同開発での自社専用ムーブメントも発表され、エルメスの時計作りも転換期だったのではないでしょうか。
機械式時計やメンズラインへの注力、職人的な技術であったり、さまざまな取り組みがスタートしていた時期でした。今後もその方向はつづきます。いっぽうでレディスのコレクションは私たちの時計の80%を占めており、これからも大切に育てていきたいとおもっています。
――新作「スリム ドゥ エルメス」についてうかがいましょう。時計好きには新開発の専用ムーブメントが話題ですが、まずムーブメントありきではなく、この時計を作りたいがためにムーブメントを開発したというおもいが伝わってきます。
そうですね。私たちのアプローチは一般的な時計ブランドとは異なり、まずあたらしいコレクションが欲しいと願い、今回はそれがエレガントでありシンプルであり、薄型のモデルだったのです。そのためにタイポグラフィにもこだわり、薄いムーブメントも不可欠だったのです。それによってエレガントやシンプルさもより表現でき、それらがすべて結実して、このあたらしい時計が生まれたのです。
――デザインとムーブメントのどちらが優先ということはあったのでしょうか
よくお話しするのは、技術というものはクリエーションのためにあるということです。薄いムーブメントができたからこうしようではなく、まず薄い時計というコンセプトがあり、それを具現化するために技術が開発されたということです。
スリム ドゥ エルメス 39.5mm
ケース|18Kローズゴールド
直径|39.5mm
ムーブメント|自動巻き(Cal.H1950)
ストラップ|アリゲーター
防水|3気圧
発売時期|2015年秋予定
予価|204万1200円
Page02. エルメスが目指した、次世代のスリムウォッチの理想
HERMÈS|エルメス
エルメス銀座店で開催の《時の匠》展で来日の開発者にインタビュー
エルメスの新作「スリム ドゥ エルメス」の本質(2)
エルメスが目指した、次世代のスリムウォッチの理想
――エルメスにとって時計におけるタイポグラフィとはどのような位置づけなのでしょう。
タイポグラフィは第一義となる重要なものです。モデルの性格を決める要素であり、その世界感そのもののであること。そしてケースの持つエスプリと調和することが大切です。タイポグラフィを重視するというのは今回にはじまったものではなく、アルソーやケープコッドもそうであり、とくに今回はほかにはないタイポグラフィということでエルメスらしさが、あらわれているとおもいます。
―― いっけんデジタル風に見えてもあたたかみを感じ、ステンシルのような雰囲気も伝わります。デザインするに当たってのキーワードとは?
時計が表現するコンセプトとの共鳴が大切になります。それはシンプル、薄さ、繊細さであり、さらに軽やかさもあります。それを表現した線であり、ミニマリスト的な数字といえます。簡単でシンプルですが、決定までは容易ではありませんでした。時計というものは全体のプロポーションが大事なので、ケース径や厚みも関わってきます。音楽でたとえると、楽譜では休符によって音が止まる瞬間がありますね。音は止まりますが、そこから生き生きとしたリズムが生まれます。この文字も線が途切れることで、時間がひと休みするのです。
――まさに譜面ですね。記号の羅列のように見えて、そこにはメロディとリズムが隠されているのですね。
会話もそうだとおもいます。すごい早口のひともいれば、ゆっくり話すひともいますから。エルメスにとって作品が生まれた過程であり、クリエーションにはどういった物語があったのかをお伝えすることが大事だとおもいます。完成形を見るだけでなく、その過程を知ることでよりよく本質を理解することができるのです。
――第一弾の機能として、三針とパーペチュアルカレンダーを選んだ理由は?
スモールセコンドは薄くするために必要だったということもありますが、小さな秒針が動くことで文字盤上に活気が生まれます。またパーペチュアルカレンダーはより複雑な機構ですが、他社とは明確な違いを出したいとおもい、GMTを組み合わせました。エルメスといえば旅を連想させるブランドであるため、そうした第2時間帯を表示することで他と差別化しました。
――パーペチュアルカレンダーのモデルにスモールセコンドがないのは不便かとおもいましたが、これだけ表示があるなかで秒針はむしろ邪魔かもしれませんね。
まずスペースがなかったこともありますが、やはりストレスはエルメスとは対極であり、時間をストレスに感じさせないというのは、これまでもタンシュスポンデュなどで表現してきました。
――ラグとストラップにわずかな間隔を開けたのはどういう意図からですか?
つねにエルメスにしかない時計を作りたいというおもいがあり、これまでもストラップの取り付けにはこだわってきました。今回のアイディアの出発点は通常のバネ棒ではなく、固定された棒の上を革が包んでいる、あるいは革を貫く棒があるといったデザインでした。エルメスの出自は馬具であり、そこでは革で包み込むという仕様がよく見られます。内蔵する棒を見せることはできませんが、両端を見せることで革を貫く存在を感じさせることができるのです。ストラップは時計を保持するもので、通常はその機能として存在しますが、エルメスはそこにデザイン性を取り入れたのです。
――赤絵細描画の駒くらべですが、福島武山先生とはどのように出会ったのでしょうか?
3年前ですが、エルメスの職人やデザイナーが日本に10日間ほど滞在し、日本の工芸作家の方たちと交流しました。そのとき、武山先生と出会い、その技術はもちろんですが、私がいちばん惹かれたのはそのお人柄でした。もう会った瞬間から一緒に仕事がしたいとおもったのです。このフィーリングがなければうまくいかなかったでしょう。数日後再会したところ、先生は「いつか文字盤をやってみたいとおもいます」とおっしゃっていました。そのとき「ああ、私の願いが通じたな」とおもいました。
――シンボルであるタイポグラフィまでも省いてまで採用したのは英断でしたね。
一枚のタブローと捉えているので、そこに重ねてタイポグラフィは必要ありません。時計ではあってもいちばんに表現したかったのは絵画としてなのです。それにこれをアルソーなど他の時計に採用することは難しかったとおもいます。繊細な筆のタッチとケースの薄さがマッチした結果なのですから。
――公開中の「Les Métiers du temps-時の匠」(エルメス銀座店4階 6月14日まで)では素材や職人の技などエルメスの時計づくりにまつわる展示がされています。まさに至宝の技を目の当たりにできますが、とくに観ていただきたいものとは何でしょう?
展示ひとつひとつが観るひとに語りかけてくるとおもいます。ですから私からあえて申し上げることはなく、いらした方がそれぞれの発見をしてくださることでしょう。エルメスの職人技がもっている力にぜひ触れていただきたいですね。
「Les Métiers du temps-時の匠」
会期|2015年6月14日まで開催中
時間|11:00〜19:00
会場|エルメス銀座店
東京都中央区銀座5-4-1
入場|無料
©Nacása & Partners Inc./Courtesy of Hermès Japon
Philippe DELHOTAL|フィリップ・デロタル
1962年フランス生まれ。時計製造やファッション、ジュエリーについて学んだ後、1985年よりヴァシュロン・コンスタンタン、ピアジェでデザインを担当。1997年より、ジャガー・ルクルト、パテック フィリップなどで開発マネージャーを務め、2003年にはパテック フィリップのクリエイティブ・ディレクターに就任。2008年よりラ・モントル・エルメス社の開発担当クリエイティブ・ディレクター。
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