ホセ・ジェイムズ最新作『1978:リベンジ・オブ・ザ・ドラゴン』の魅力に松浦俊夫が迫る
LOUNGE / MUSIC
2025年5月16日

ホセ・ジェイムズ最新作『1978:リベンジ・オブ・ザ・ドラゴン』の魅力に松浦俊夫が迫る

スペシャルインタビュー:ホセ・ジェイムス(ジャズ/ソウル・R&Bシンガー)×松浦俊夫(DJ/音楽プロデューサー)

Photo by NAGAO Masashi  Text by KAWASE Takuro

LAの自宅の被災と移住がもたらすインスピレーション

松浦 インタビューに先立って触れておきたいことがあるのですが、先日のLAの大火事で自宅を消失してしまったという情報を耳にして心配していました。

ホセ 一夜にして近所一帯が無くなってしまい、本当にクレイジーな光景を目の当たりにしました。私の自宅も被害に遭い、大切にしていた機材や衣類をはじめ、大量の本やレコードコレクションの全てを失ってしまいました。建物の一部は残ったものの、大量の灰と消火剤による化学物質にまみれていたので、手放す以外方法がありませんでした。ただ、あのような不運に見舞われても、再び立ちあがろうとするパサディナ住民のコミュニティの強さを感じました。もちろん、火事の直後は茫然自失という状態でしたが、自分自身もアーティストとして次のステップへ移行するひとつのきっかけだと気持ちを強く持ちました。今こうして日本に居られるのも、その強い気持ちがあるからだと思います。

松浦 本当に大変な時期を乗り越えましたね。個人的にホセは、長い間ニューヨークを拠点にしているイメージが強かったのでLAに自宅があったのは意外でした。その前には、アムステルダムにもしばらく滞在していたようですね。いろいろな都市に移り住むことは、アーティストにとって何か新しいインスピレーションを与えるものなのでしょうか?

ホセ おっしゃる通り、コロナ禍においてはアムステルダムに、その後LAに移り住みました。以前はロンドンに2年間住んでいたこともありました。インターネット化した現在は、DJカルチャーがそうであるように世界中の都市の雰囲気を自宅にいながらミックスすることができます。ただし、街の匂いや空気感、食べ物の味わいなど、実際にその土地で生活してみないと体験できないことがたくさんあります。移住をしながら音楽に向き合うことで、改めて自分の音楽的ルーツやバックグラウンドを違った視点から見直すこともでき、それが大きなインスピレーションとなるのです。

生まれ年である1978年をタイトルに冠した意図とは?

松浦 それでは、今回のニューアルバム『1978:リベンジ・オブ・ザ・ドラゴン』についてお伺いします。ホセは1978年の1月生まれということもあり、前作は『1978』というアルバムタイトルで、その続編とも言える内容だとお聞きしています。改めて最新作のコンセプトをお聞かせください。

ホセ ローリング・ストーンズ、ビージーズ、マイケル・ジャクソン、ハービー・ハンコック、クインシー・ジョーンズなど、1978年には偉大な楽曲が次々と生まれ、(ホセの出身地である)ミネアポリスからプリンスがデビューした年でもありました。その背景にはレコーディング機材の進化やドラムマシンの登場もあり、大きな転換点でもあったと思います。また、NYではスタジオ54に代表される新しいディスコカルチャーが華開いた年でもありました。前作はそうしたディスコカルチャーを意識しましたが、新作ではよりダウンタウンの雰囲気、具体的にはキース・ヘリングやジャン=ミッシェル・バスキアの世界観、それから当時盛り上がったカンフー映画から生まれたカルチャーを意識的に取り入れてみました。

松浦 私が生まれたのは60年代の後半で、ちょうど10代前半にそうしたカルチャーの洗礼を浴びました。ホセが70年代終わりの音楽とアンダーグラウンドなカルチャーに着目したのは、自分の幼少期を追体験したり、当時の親世代のコレクションを再発見したり、そうした意図があったのですか?

ホセ 前作から自分の生まれ年である1978年にこだわってきたのは、自分自身がキャリアの中間地点にいるということを強く意識するようになったからです。デビューからの15年間は、とにかくいろんな場所でパフォーマンスをして、いろんな人とコラボレーションをして、外に向けて自分をアピールする時期だったのですが、ここ数年は自分自身を形作ってきた音楽や映画を振り返る作業をしていたのです。そうした中でロバート・グラスパーも含めた自分たちの世代にある種の共通感覚があることに気が付いたのです。

キャリアの中間点に立ち、自身のルーツから見えてきたもの

松浦 なるほど! 確かに内省的というか内面を映し出しているというか、最新作はホセ自身の記憶を踏まえながら、当時のムードを現在から見つめ直した結果が音楽として表現されているのですね。ある意味で、それこそがソウルミュージックの本質的な部分でもあるのかも知れませんね。

ホセ そう言っていただけるのは、本当に嬉しいです。自分自身が親世代となり、子供世代に何を伝えるべきか、何を伝えたいかを真剣に考えていると、次なる世代にシェアしたい音楽がたくさんあるのだということに気が付きました。最新作に4曲のカバーがあるのはそういう理由なのです。

松浦 それでは、本作で披露したローリング・ストーンズ、ビージーズ、マイケル・ジャクソン、ハービー・ハンコックの楽曲について、なぜこの曲を取り上げたのか教えてください。

ホセ マイケルの『ロック・ウィズ・ユー』は、クインシー・ジョーンズとのコンビネーションの中でも突出した名曲で、メロディもプロダクションも全てがスムーズな魅力に溢れています。ビージーズの『ラブ・ユー・インサイド・アウト』は、白人である彼らが愛聴していた黒人音楽へのリスペクトが込められた楽曲で、黒人リスナーにも受け入れられた名曲だからです。ストーンズの『ミス・ユー』はよく知られた曲ですが、実はとても内省的で孤独な雰囲気があり、70年代終わりのニューヨークの空気感を捉えています。ハービーの『アイ・ソート・イット・ワズ・ユー』は、楽曲が持つ詩的な感覚とケーシー・ベンジャミンやロバート・グラスパー・エクスペリメントにインスピレーションを与えたボコーダーを使った近未来的な演奏が同居しているところが気に入っているからです。

ジャズを出自としたクインシーが現代の音楽に与えた大きな影響

松浦 昨年末に横浜で行われたモントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパンにハービーが出演して、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。私もDJを依頼されて、クインシーへのトリビュート的な内容をプレイしました。クインシーは元々ジャズ・トランペッターとしてキャリアをスタートし、その後にポップミュージックの超一流プロデューサーへと羽ばたきました。残念ながら昨年お亡くなりになりましたが、ホセにとってクインシーの存在はどんなものだったのでしょう?

ホセ 自分にとってクインシーは神のような存在です。というのも、彼はマイケルとの仕事で世界的な名声を得るわけですが、その後のキャリアにおいても一貫してジャズのフィーリングやタッチを忘れなかったのです。カウント・ベイシーやデューク・エリントンが醸し出す、ある種のエレガンスが彼の仕事に感じられるからです。

松浦 ホセ自身も同じシンガーでありながらジャズとR&Bの両方をこなしていますね。ご自身の中に、そうしたジャズシンガーとR&Bシンガーを切り替えるスイッチのようなものがあるのでしょうか?

ホセ たしかに心の中にそうしたスイッチのようなものがあります。ジャズにはジャズ、R&BにはR&Bと、それぞれのオーディエンスで求められることが異なるからです。ジャズにはジャズ特有のテクニックとルイ・アームストロングやビリー・ホリデイが打ち立てた音楽的遺産を踏襲した表現を求められます。一方でR&Bやソウルは現在進行形で変化している音楽でもあるので、より自由さが求められると考えています。

最新作でタッグを組んだサックス奏者とのアンビエントな感覚

松浦 今作でも公私ともにパートナーとなるターリー、BIG YUKI、黒田卓也さんといったお馴染みのプレイヤーがレコーディングに参加しているのですが、ベン・ウェンデルがフィーチャーされているのは意外でした。

ホセ ちょうどコロナ禍にアムステルダムで生活していた時にベンと知り合い、音楽に対する考え方が近いこともあり親しくなりました。具体的には、伝統的なジャズの手法を大切にしながら、エレクトロニックな側面も大切にしている点です。彼独特のサックスの音色は唯一無二ですし、彼がスタジオにもたらすエネルギーが作品に大きな影響を与えてくれました。

松浦 ホセとベンの両者に共通して、どこかアンビエントの要素を感じます。実は僕自身もジャズとアンビエントの融合が、世界的なムーブメントになっているのではと考えているのです。

ホセ なるほど、それはとてもクールな視点ですし、そう感じていただけるのは光栄です。

夜の東京を舞台にした楽曲とミュージックヴィデオについて

松浦 新作には『トーキョー・デイドリーム』という曲がありますが、今回の来日ではそのミュージックヴィデオを撮影したそうですね。この曲のコンセプトや撮影した内容について教えてください。

ホセ ターリーと過ごした東京でのナイトライフ。例えば、居酒屋、ラーメン屋、レコード屋、ミュージックバーやナイトクラブで過ごした特別な時間を夢想している曲なのです。東京の夜で感じられる独特なヴァイブレーション、ファッション、雰囲気は他の都市では決して味わうことができないものです。レコーディングと同時にカンフー映画の撮影をしていました。レコーディングに参加したミュージシャン全員が出演しているのですが、それぞれの役に成りきって没入しました。スタジオに戻ってもその影響が続いて、演奏にも反映されていると思います。

松浦 それでは、いったん音楽と離れた質問です。最近ハマっている趣味やアクティビティなどを教えてください。

ホセ 先ほどもお話ししたカンフー(少林寺拳法)を習い始めたことです。誰かを相手にしたスパーリングや実際に殴り合ったりするのではなく、身体の使い方を意識した型を学んでいます。心と体のつながりを感じながら、規律に則った動きをする少林寺拳法は、優れた有酸素運動でもあるのです。今まで全くやったことのないことに挑戦するのは、非常に新鮮で大きな気付きを与えてくれます。

松浦 カンフーというか少林寺拳法がホセにもたらした具体的な利点はどんなことでしょうか?

ホセ 年齢を重ねると誰しもが自分の限界を知り、今までやってきた範囲に安住してしまいがちです。まぁ、自分ならこんなものかなとね。でも、少林寺拳法を習うにあたって謙虚な気持ちになり、道場で小さな子供たちが挑戦している姿を目にして、自分の殻に閉じこもることなく、新たに挑戦することの大切に気付かされました。

松浦 それでは最後に、読者やリスナーに向けてご自身のニューアルバムをご紹介ください。

16th Apr 2025 José James at Tokyo Universal Music Studio

自身が運営するレーベル「レインボー・ブロンド」からリリースされた最新作。70年代のソウル・ミュージックを現代的解釈で表現した自伝的オリジナル・アルバム第2弾。オリジナル曲4曲とカバー4曲の計8曲を収録。ユニバーサルミュージックから5月16日に発売。
                      
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