SPECIAL Vol.7 KITAHARA Toru [POPEYE]
Lounge
2015年5月1日

SPECIAL Vol.7 KITAHARA Toru [POPEYE]





















2008年の春と夏
ディオール オムへの妄想

文=北原 徹(ポパイ副編集長)Photo by HOCGEN(Friday)

人はどこから来て、どこへ行くのか?
自らの脚で立ち、行く末を知らぬうちに、人生という名の列車に乗り込む。
人はそれを運命(さだめ)と言う。
若く、そしてまた自分を信じて疑わない者が言った。「レールの敷かれた人生なんてクソくらえ! 俺は俺の道を行くんだ!」などと医者である父の背中に反抗を投げつける。やがて彼に内包された“Rage Against the Machine”はピークに達し、夜の学校で窓ガラスを割ったり、盗んだバイクで走り出してみたりするのである。(って、何で医者の息子? 何で尾崎豊?)

まあ、それはいいとして、時として、人は自分で選んだ出来事が運命にレールを敷いてしまうことがある。

──ふと入ってしまったボート部。高校の時だ。対戦相手もあまりいない高校のボート部。わずか二勝。結果、全国大会へと駒は進む。光る大学ボート部スカウトの眼、眼、アイ。愛、燦々と。熱い男たちの視線は愛へと変わる……わけじゃなくて、スカウトの眼が彼にロック・オン!

大学受験もスルーパスで超有名校合格。もちろんボート部入部。と同時にボート部伝統バイト東京○ィズニーランドのビーバー○ラザーズのカヌー探検でバイト三昧!

土日はもちろん、平日だってカヌー。ボート部の尖鋭なくしてはまともに前にさえ進まぬカヌー。来る日も来る日もボート部&カヌー。カヌー。カヌー。カヌー。

気がつくとカヌー。そしてバイトだったはずが、卒業と同時に就職。敷かれたレールの上は列車ではなくカヌーが!?

まあ、ぼくのかなり勝手な妄想であるが、人はやはり人生を選んでいる、という教訓といえよう。

さて、やっとのことでクリス ヴァン アッシュである。

新生ディオール オムは間違いなく、クリスチャン ディオール本来の姿、クチュールであった。細かなシルエットのことや、パンツのライン、ディテールはたぶん、誰かが書くと信じているので、以下略。

美しかった。

この、ため息がもれながらも呟いたぼくの感動のすべて。これが新生ディオール オム。

あぁ、なんで、クリスがディオールに!

この素敵な出会いも、クリスが選択した人生なのだと思った。

ある日、クリス少年は思ったのだ。
「ぼくは洋服が好きで、親からもらったお小遣いもバイトで貯めたお金もみんな洋服代に変わってしまった。この洋服好きを活かした人生を歩みたい」と。

そして間もなくアントワープ王立アカデミーに。順調だ。順風満帆とはまさにこのことじゃないか。小学生の頃からデザイナーになると決めていたクリス少年は、決めただけでなくきちんと選んでいた、人生を。

そして、エディ スリマン率いるイヴ サンローランの門戸を、自ら叩き、エディ師匠のもと、本物の服づくりを学ぶ。

ここでも、クリスは選んだのだ。エディという怪物の物づくりに関わりたいと(たぶん)。

そして、エディがつき進むままに、ディオール オムへとクリスも進む。転職の悩みはあったのだろうか? 爆笑問題に相談するわけもなく、転職ナビにもちろん登録などしていない。

しかし、悩んでいたのかもしれない。間もなく自身のコレクションをスタートさせる。

選んでいるのだ。人生を。

そして、確実にクリスの前に敷かれたレールは広野へと続く。

そのレールはクリスチャン ディオールへと繋がっていたのだ。ディオール オム。その美しい響きに魅せられ、クリスは美しいコレクションを、かつて高級なホテルだった場所でスタートさせた。すべてが整っているように、見るものにイメージさせたであろう。が、これも、クリスが苦楽を感じながら選択してきた人生の途中。

親の敷いたレースを歩む人生もあるだろう。クリスのように自ら選んだ人生がレールを敷くこともあるだろう。

だから思うのだ。ディオール オムのディレクターにクリスが就任することは、クリスの列車が辿り着く駅のひとつに過ぎなかっただけなのだ、と。

そして、そのレールは太く、美しく、力強く伸びていることをこのコレクションは物語っていた。

           
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