松浦俊夫|話題のボーカリスト、グレゴリー・ポーター単独インタビュー
松浦俊夫|from TOKYO MOON 4月7日 オンエア
話題のボーカリスト、グレゴリー・ポーター単独インタビュー(1)
日曜の夜、上質な音楽とともにゆったりと流れる自分だけの時間は、おとなたちの至福のとき。そんな時間をさらに豊かにするのが、DJ松浦俊夫によるラジオプログラム『TOKYO MOON』──。彼が世界中から選りすぐったすばらしい音楽や知的好奇心を刺激するおとなのためのトピックスを、毎週日曜日Inter FM 76.1MHzにて23:30からオンエア。ここでは、毎週放送されたばかりのプログラムを振り返ります。今週は、3月に来日した話題のボーカリスト、グレゴリー・ポーターの単独インタビューをお届けします。
Text by MATSUURA Toshio
オンエアにはなかった日本語訳を公開!
2010年にアルバム『ウォーター』でソロ・デビュー。発表したアルバム2作品がどちらもグラミー賞にノミネートされ話題を呼んだ、アメリカのジャズ・ボーカリスト、グレゴリー・ポーター。
ジャズとソウルのファンにくわえ、クラブ・ミュージック・リスナーにも注目される人物です。3月上旬、ブルーノート東京とコットンクラブで公演をおこなうため、初来日していた彼に単独インタビューをおこないました。幼少のころの音楽との出会いから、デビューに至る経緯、家族と音楽の関係まで、たっぷりと語ってくれています。
ひとつひとつの質問にじつに丁寧に、そしてときにはその場で歌を交えながら答えてくれるという、身体以上に大きなハートを持ち合わせているソウルマン。この公演終了直後には、フランスのユニバーサル・ミュージックとの契約を発表するというサプライズを披露してくれました。OPENERSでは放送にはなかった日本語対訳をお届けします。
REVIEW|TRACK LIST
01. Salif Keita / Simby (Rice)★
02. Marc Mac / Front Line Colors (Omniverse)★
03. DJ DAY / Boots In The Pool (Piecelock 70)★
04. Gregory Porter / 1960 What? (Inpartmaint)★
05. Gregory Porter / Feeling Good (Momema)★
06. Gregory Porter / Painted On Canvas (Inpartmaint)★
07. Gregory Porter / On My Way To Harlem (Inpartmaint)★
08. Gregory Porter / Real Good Hands (Inpartmaint)★
09. Gregory Porter / Bling Bling (Inpartmaint)★
10. Gregory Porter / Be Good (Inpartmaint)★
11. The Rongetz Foundation / Go Go Soul (Heavenly Sweetness)★
12. Donny Hathaway / Someday We'll All Be Free (Atco)★
13. Juju / Nia (Shout! Productions)
14. Heliocentrics / Descarga Electronica (Now Again)
15. The Sign of Four / Topsy Turvy (Jazzman)★
16. Itadi Bonney / Peace And Freedom (Hot Casa)
17. Judy Pollak featuring 331/3 / Come With Me (Chatswood)★
18. 坂本慎太郎 / 悲しみのない世界 / World Without Sadness - You Ishihara Mix (zelone)
Gregory Porter|グレゴリー・ポーター
ジャズ・ボーカリスト。1971年ロサンゼルス生まれ。2010年にアルバム『ウォーター』でデビュー。同作で2011年のグラミー賞最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞にノミネートされ話題を呼ぶ。2012年にはセカンド・アルバム『ビー・グッド』を発表。そのなかから「リアル・グッド・ハンズ」がグラミー賞最優秀トラディショナル・リズム・アンド・ボーカル・パフォーマンス賞にノミネート。2作連続でグラミー賞の候補となり注目を集めた。ナット・キング・コールやダニー・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイらに影響を受けたソウルフルな歌声が人気を集めている。
今週の「TOKYO MOON on iTunes」
これまでに紹介した楽曲のなかから、選りすぐったものをここで購入できます。気になった楽曲がすぐ入手できる喜びを味わってください。記念すべき第1回目に紹介するのは、この季節にぴったりの愛の曲。セルジュ・ゲンスブールによる「La Javanaise」を、個性豊かな3人のアーティストが聴かせます。
あらかじめ「iTunes」ソフトをインストールのうえ、お楽しみください。
Juliette Gréco / La Javanaise 2010.3.28 ON AIR
Anna Mouglalis / La Javanaise 2011.5.15 ON AIR
Lulu Gainsbourg & Richard Bona / La Javanaise 2012.5.6 ON AIR
松浦俊夫|from TOKYO MOON 4月7日 オンエア
話題のボーカリスト、グレゴリー・ポーター単独インタビュー(2)
“熟した”音楽に辿りつくのを待っていた
──今回のゲストは、ニューヨーク・ブルックリンから来日中のジャズ・ボーカリスト、グレゴリー・ポーターさんです。<
お会いできてとてもうれしいです。お招きありがとうございます。
──今回の来日公演は、ブルーノート東京とコットンクラブの2カ所。わたしは1日目のブルーノート東京にお邪魔したのですが、素晴らしかったです。会場に向かうまでは、思い切りパワフルかつソウルフルに迫ってくるようなライブになるのかなとおもっていたんです。それが見終わったあとに感じたのは、想像していたよりもずっとシックにまとまっていたなと。意図的にそういう演出をされていたのでしょうか?
ライブは生き物ですから、それぞれに特有の流れというものがあります。“ハコ”の作りやマイクの通り、モニターの写り、スピーカーからの音の伝わり方……場所によっても、その日のコンディションによってもちょっとずつちがう。だけど自分の内側にある気持ちは、どんな環境で演奏してもまったく変わらない。盛り上げるために思い切り大きな声で歌ったりしなくても、伝わるときには伝わります。伝えたい気持ちというか、自分が大切にしているものは伝わるものです。
── 2010年にリリースしたファースト・アルバムの『ウォーター』。そして、昨年リリースしたセカンド・アルバムの『ビー・グッド』。日本では昨年、2作の編集盤という形でリリースされました。ファーストではグラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞にノミネート、セカンドからの1曲「リアル・グッド・ハンズ」が最優秀トラディショナル・リズム・アンド・ボーカル・パフォーマンス賞にノミネートされ、本国を中心にかなり話題になりました。
そんなポーターさんを語るうえで欠かせないことのひとつが、これほどまでに才能に溢れたボーカリストであるのにもかかわらず、“遅咲き”であったということ。デビューに至るまでには、どのような経緯があったのでしょう?
ずっとレコーディングしていたしCDも出していたし、いろいろ活動はしていたんですが、自分にとって「いまだ!」とおもえるタイミングがなかったんです。たとえば、なんとか資金面で援助してくれる人を見つけたとしても、やっぱりまだ機が熟していなかった。そのときを待っていたら、こういうタイミングになりました。もちろん若いときにしか書けない音楽もあります。だけどわたしの場合は、ある程度人生経験を積んだ人にしか書けない、“熟した”音楽に辿りつくのを待っていたんです。
デビューするのが遅くなったもうひとつの理由は、劇場でずっと働いていたから。舞台に立って、それで給料をもらって保険も払ってもらって……という生活をしていたから、「デビューが決まったから、じゃあね」というわけにはいかなかった。ニューヨークに移ってからは、とにかく音楽1本に絞ってやっていこうと心に決めていたんです。それにはまず、劇場での自分の役割をきちんと果たし終えてから、デビューしようとおもいました。
──ちょうどいま、ニューヨークに移った話が出ましたが、もともとポーターさんの出身地はロサンゼルス。彼の地ではどんな風に音楽に親しんでいったのでしょう? 物心ついたとき、周りから聴こえてきたのはどういった音楽だったのでしょう?
最初に音楽を聴くきっかけをくれたのは母親でした。一緒にナット・キング・コールやゴスペルなんかを聴いていましたね。ナット・キング・コールに限って言えば、5~6歳のころには、彼が自分の父親なんじゃないかと勘違いするほど(笑)本当によく聴いていました。それから、ほかの兄弟とみんなで四六時中ゴスペルを歌っていました。
しばらくしてラジオを聞きはじめると、当時流行していたスタイリスティックスやサム・クック、スティーヴィー・ワンダーなど、いろいろな人の音楽を聴くようになりました。
8歳ぐらいのとき、カリフォルニア州南部のベーカーズフィールドという街に引っ越したんです。それから状況は一変しました。雰囲気としてはアメリカの南部のような雰囲気の街。テキサスとかルイジアナとか、南部独特のカルチャーが息づく場所から、たくさんのアフリカ系アメリカ人が移住していました。おなじゴスペルでも、南部色の強いゴスペルのスタイルに触れることになります。ジャンル分けするとすれば、カントリーとゴスペル、ブルースがミックスしたもの。ベースがブルースに近い、ハッピーな明るい曲調のものもあるんです。だけど主流だったのは、心の底から湧き出てきたようなディープなもの。あたらしいゴスペルのスタイルを通じて、ゆったりとした空気を持つ音楽というものを学びました。
ポーターさんの歌声を聴いていると、ときどきナット・キング・コールやマーヴィン・ゲイといったアーティストの姿が、守護神のように浮かんでくることがあります。いまの話を聞いて、その理由がようやくわかりました。ポーターさんの素晴らしいところは、そうした影響を感じさせながらも、独自のスタイルを築きあげているということです。
「ナット・キング・コールやマーヴィン・ゲイみたいになりたい」とか「彼らみたいに歌いたい」っておもっているわけではないんです。だけど彼らがどんな音楽を聴いて、彼ら独自の音楽を築きあげたのか。その原点をたどると、アメリカの黒人文化が生み出したゴスペルに行き着くんです。そういう意味ではすべて結びついています。わたしもおなじ場所からインスピレーションを得ているので。
松浦俊夫|from TOKYO MOON 4月7日 オンエア
話題のボーカリスト、グレゴリー・ポーター単独インタビュー(3)
音楽は“自分の心”そのもの
──それではここで、これまでにリリースされた作品について話をうかがいたいとおもいます。まずは2010年の『ウォーター』。この作品は、どちらかというと1960年~70年代のストラタ(※)やブラック・ジャズ(※※)といった、“黒人寄りのジャズレーベル”がリリースしていたスピリチュアルなジャズのトーンが強く出ている印象を受けました。それに比べて昨年リリースされたセカンドの『ビー・グッド』は、もうすこし柔らかで優しいソウルのフレーバーに溢れた作品になっているとおもいます。この2枚のアルバムのちがいについて、ポーターさん自身はどう考えていらっしゃいますか?
まず『ウォーター』では、自分の主張とか伝えたいことを明確にしなきゃいけないとおもったんですね。だから「1960 What?」とか「Water」、ほかの曲も全部そういう強い信念というか、自分の伝えたいことや主張したいことを歌ったものです。『ビー・グッド』でもおなじようなアプローチを取っているんですが、おっしゃられたようにもうすこし優しい感じはします。伝えたいことというのは前作からそんなに変わっていません。それを「どうなの?」って投げかけたいんですが、そのやり方がもっと温和になったというか。強く言うのではなくて、すこし言い方を変えてみようとおもったんです。
たとえば1曲目の「Painted On Canvas」は、お互いに尊重し合おうよっていう曲なんですね。人種だったり肌の色だったり、人にはいろいろなちがいがあるけど、そういう表面的なところだけを見て「じゃあ、この人はこういう人」って決めつけてしまうんではなくて、もっと時間をかけてゆっくりお互いを見ていこうよっていうことを歌っています。それから「On My Way To Harlem」。恐らくニューヨークのハーレムと聞くと、だれしも思い浮かぶイメージというものがあるとおもうんです。それがいますこし変わってきています。たとえば家賃が高くなったりすると、そこにもともといた人たちがいなくなって、また別の人たちが移住してくる。そうすると、ハーレムの音楽も含めた文化がすこしずつ変わっていくはずです。そういうちょっとしたことで状況は変わるし、次の発展をしていくということを伝えたくて作った曲です。
「Real Good Hands」にかんしては、黒人の新生児のうち78%が片親で生まれてくるといういまの状況を伝えたくて作った曲です。ほとんどの場合、母親しか親がいないっていう状況なんですけど、その子どもたちが大きくなって好きな人ができたときは、一緒に手を取り合って生きていこう。つねにそういう希望を持って生きていきたいねという、自分なりの主張を込めています。いまの状況に怒りを覚えているとかそういうわけではなくて、優しく生きていこうっていうことを言いたかったんです。
あと「Bling Bling」は、音楽業界に対する自分なりの投げかけです。10年前は歌いたいけど歌う環境もなかったし、CDを作るお金もなかった。いろいろなことをやりたかったけど、状況がそうさせてくれなかった。音楽業界にいる人たちを批判するわけではないですが、物事の上っ面だけを見て、流行のものに飛びついて……。「本当に伝えるべきことを見ていないんじゃないか?」っていう、普段から彼らに抱いていた想いをぶつけた曲です。
──さっき子どもの話が出ましたが、最近お子さんが生まれたそうで、おめでとうございます! 子どもが生まれたことによって、自分の音楽活動が変化したとおもいますか
そうですね、変わるかもしれません。というのも、わたしは人の人生について歌ったり詩を書いたりしますが、すでに色の塗られたキャンバスが自分だとすると、いま目の前にいる子どもは真っ白なキャンバスで、これからいろいろな色を重ねていくわけです。生きていくなかで、周りの環境や人種、世界について学んでいく。この子が“いま見ているもの”と“これから目にするもの”を想像して詩を書くときには、物事の基礎になっている部分をしっかり見据えて書かなければいけないなとおもっています。たとえば抽象画の画家が花の絵を描くときには、正確に描かなくても、ザザザッと描いて「これが花です」と言えば、その人が表現した花だって言えるとおもうんです。でもわたしの場合は、そういう抽象的なことを歌にするのではなくて、この子が人の顔を見たときは、目や鼻や顔の輪郭とか、そういった当たり前のことをただ純粋に見つめているという事実を、大切に歌にしていきたいなとおもうようになりました。
──それでは最後に、番組恒例の質問を。あなたにとって音楽とはどういう存在でしょう? ひと言でお願いします。それといままで影響を受けてきた音楽のなかで、特に影響の大きかった曲を1曲選ぶとしたら、だれのなんという曲でしょうか?
もっとも影響を受けた1曲を選ぶとすれば、ダニー・ハサウェイの「いつか自由に(原題:Someday We’ll All Be Free」ですね。それから音楽をひと言で表すとすれば、「感情」という言葉しかないですね。音楽はそのときどきの感情の移り変わりを表現するためのもの。いろいろな人の意見はありますが、わたしにとっての音楽は、自分の人間性とか人生を表すもの。その瞬間の“自分の心”そのものです。それを表す手段として音符とかリズムがあるわけですが、もっと大切なのはそのときの感情であり、どんなグルーブでとかどんなリズムでっていうのは、二の次ですね。
協力: ブルーノート東京
今週の「TOKYO MOON on iTunes」
これまでに紹介した楽曲のなかから、選りすぐったものをここで購入できます。気になった楽曲がすぐ入手できる喜びを味わってください。記念すべき第1回目に紹介するのは、この季節にぴったりの愛の曲。セルジュ・ゲンスブールによる「La Javanaise」を、個性豊かな3人のアーティストが聴かせます。
あらかじめ「iTunes」ソフトをインストールのうえ、お楽しみください。
Juliette Gréco / La Javanaise 2010.3.28 ON AIR
Anna Mouglalis / La Javanaise 2011.5.15 ON AIR
Lulu Gainsbourg & Richard Bona / La Javanaise 2012.5.6 ON AIR
松浦俊夫『TOKYO MOON』
毎週日曜日23:30~24:30 ON AIR
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