マドンナから櫻坂46、島から島へ。TAKAHIROのマゼラン力とは
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2026年8月10日

マドンナから櫻坂46、島から島へ。TAKAHIROのマゼラン力とは

 

LOUNGE|TAKAHIRO(ダンサー、振付家)インタビュー

 
23歳で単身渡米し、ヒップホップの聖地アポロシアターのアマチュアナイトで9大会連続優勝という前人未到の記録を打ち立てた。その実力がマドンナの目に留まり、ワールドツアーの専属ダンサーに抜擢される。ポップスの女王の舞台に、日本から渡った一人の青年が立った。それが、ダンサー、振付家のTAKAHIROさんだ。
帰国後は活動の軸足を振付・演出へと移し、ルイ・ヴィトンやラルフ・ローレンといった最高級ブランドのイベント、NHK大河ドラマ『平清盛』、大阪世界陸上の開会式まで、ジャンルを越えて表現をつくってきた。
近年は櫻坂46の楽曲で新たな表現を模索し、ライブ演出にも領域を広げている。常に動き続けてきた彼に、これまでの歩みと、これからの展望を聞いた。
 

Text by TSUZUMI Aoyama|Photography by TAKAYANAGI Ken

マゼランのように漕ぎ出す

 
TAKAHIROさんは、自分を突き動かす力を「マゼラン力」と呼ぶ。水平線の向こうに宝の大陸があると想像したら、何があろうと船を漕ぎ出してしまう衝動のことだ。
 
「若い時は、さらにその衝動は強かったですね。途中で嵐が来て、転覆して船が壊れるようなことだってあったけれど、それでもなんとか漕いできました」。
 
ダンサーになる夢を諦めきれず、渡米を決めた23歳の頃。英語も十分でなく、知り合いもいない土地で、毎週のようにアポロシアターのステージに立ち続けた。連続優勝の記録は、才能だけで成し遂げられるものではない。異国の観客の前で踊り、評価され、また次の週も踊る。その繰り返しを可能にしたのは、想像した未来を現実に引き寄せようとする執念だった。
 
マドンナのツアーに参加した経験は、ダンサーとしての技術と経験の研鑽以上に、エンターテインメントの設計思想を学ぶ機会になったという。世界最高峰の舞台で、照明、音響、衣装、演出がどのように組み合わされ、観客の感情を動かすのか。その全体像を体感したことが、後の振付家・演出家としての仕事の土台になっている。
 
 

足し算の王国で、引き算を考える

 
TAKAHIROさんの仕事場には、東山魁夷の版画が飾られている。憧れの作品は緑の草原に一本の道が奥へ伸びるだけの絵だ。この絵には、意外な制作過程がある。最初は道の脇に馬がいて、家もあった。しかし東山は、馬を消し、家を消し、道だけを残した。足すのではなく、引いていく。その果てに、あの一本道は生まれた。
 
照明を足し、音を足し、衣装を足し、ダンサーを足していく。ショーアップされたステージが主戦場であるはずのTAKAHIROさんが、なぜ引き算の絵を敬愛しているのか。
 
「足せば足すほどいいものになるわけじゃない、と、わかってきたんです。情報を増やしていけば、その時の興奮は作れる。だけど、感動には必ずしも至らない。家に帰った後に余韻が残って、夜寝る前にふと思い出す。そんな深い感動を与えるモーメントは、引き算で生み出したいと、いまは思っています」。
 
キャリアを重ねるほど、引き算の価値が見えてくる。要素を削ること自体が目的ではない。何を残し、何を削るかを見極める判断力であり、その判断を可能にするのは、足し算を繰り返してきた経験の蓄積だ。
 
 

島から島へ、経験という物資を積んで

 
TAKAHIROさんが振付家としての仕事を本格化させたのは、30代半ばだった。ダンサーとしてのキャリアを十分に積んだ後の転換だ。この歩みを、TAKAHIROさんは島々を渡る航海に喩える。水を向けると、まるでそれは自身の人生を賭けた冒険譚だった。
 
「“ダンサーの島”で物資を蓄えたら、“振付の島”にも行けるんじゃないか。“振付の島”で蓄えた物資と“ダンサーの島”の分とを合わせたら、“演出の島”まで行けるはずだと考えるんです。着いてみたら、モンスターみたいなのがいて、コテンパンにやられたりもしますけどね。 “役者の島”に上陸したときは、見事に打ち返されて、まだ早い!ここは撤退だ!ということもありました」。
 
挫折すら航海日誌の1ページになる。本人は「それでも旗は残したから、上陸したとは言えるでしょ」と笑う。上陸できないことを恐れるよりも、漕ぎ出さないことを恐れる。その姿勢は20代の渡米から一貫している。
 
 

壁の越え方、一歩の踏み出し方

 
では、人はどんな瞬間に壁を越えるのか。
 
「人は自分の中にこう見せたい、こう見られたいっていう偶像のようなものがあると思うんです。だけど、さらにその中に、心の扉がある。ファンの前に立つ立場の方ほどその傾向は強い。でも、その扉を開いてみせ、偶像の自分を脱ぎ捨て、生身の自分を見せることを受け入れることができたら、その瞬間こそが壁を越える瞬間なのかなと。アーティストの中で、観客の前で一瞬見せたパーソナルな自分、すなわち感情をむき出しにした瞬間を見せることで、観客の共感を生み、そこがハイライトになる。それは、表現者として壁を超えた、ということだと思うんです」。
 
その最初のひと押しを、「つま先だけ出す」と表現する。何千回と立ってきた舞台で、まだ見たことのない感情に出会う。そのきっかけは、拍子抜けするほど些細なことでいいという。
 
「バタフライエフェクトみたいなのがたくさんあって。小さなことが、気づいたらすごく大きくなっているとか。だけど、最初の蝶の羽ばたきを起こさないと、新たな可能性は生まれてこないですよね。例えばいつもとは違う道で帰ってみるとか。いつもより目線を少し上げるとか。すると、今まで気づかなかったお店に出会って、お気に入りになるかもしれません」。
 
新しい発見は、遠くにあると思われがちだ。けれど、ほんの一歩隣に、いくらでも転がっている。ほんの少し、つま先を出してみればいい。
 
 

ふとした会話からアイデアは生まれる

 
近年、力を入れているのが櫻坂46の振付だ。最新曲では、格闘術「52 Blocks」の動きを採り入れた。きっかけは、あるメンバーとのふとした会話だった。「学生時代に見知らぬ人に後をつけられ、怖い思いをしたことがある。もっと強かったらよかった」と彼女は話したという。
 
TAKAHIROさんはその言葉から、かつてニューヨークに住んでいた時に学んだ、防御を主とした「52 Blocks」という格闘術をダンスにしたスタイルを思い出した。それを女性アーティストにマッチする動きに転換させた。
 
「身を守るっていうことは、今の若者にとってのテーマでもあるんだなと思ったんです。守りながらも、自分の意思を主張する。それをダンスで表現したかった」。
 
抑圧から生まれた技を、現代の若者を守る振付に変換する。歴史を学び、文脈を理解し、目の前のアーティストに必要なものを見極める。振付家の仕事は、ダンスの技術だけでは完結しない。
 
 

AIの時代に、人間が握るもの

 
生成AIが振付まで作れる時代になったが、TAKAHIROさんは、AIを敵視しない。
 
「AIは、自分からしたら、“一人のすごいクリエイティブな人”。最近のAIはこういうことをやるのか、だったら俺はこうしてみようかな、っていう存在です」。
 
人間のフィールドを奪うと警戒されがちな存在も、彼にとっては新たな島の一つに見えているのかもしれない。ただし、AIにはできないことがあるとも言う。振付を解釈し、過去から今を生成することはできる。けれど、0から1を生み出すことはできないだろう。
 
その違いを、映画『ブレードランナー』から考える。寿命を4年と限られたアンドロイドたちが、自分の写った写真に執着する物語。本来は持てないはずの感情を、狂おしいほど欲しがる。
 
亡くなった父親が晩年になって撮り続けた何でもない写真についても話してくれた。「電車の手すり。街の一角。理由はわからないんですが、撮らずにはいられなかったんでしょう」。そんな衝動もまた、機械には届かないものだと考えている。
 
「人間が最後に世界へ伸ばす『つま先』に、心は宿っている」
 
 

やりたかったことは何ですか

 
TAKAHIROさんには、同世代に向けて届けたい思いがある。好きだったことが、いつのまにか「やらなければいけないこと」に変わってしまった人たちへのメッセージだ。
 
「やりたかったことを取り戻してほしいんです。みんなが初めに手にした宝物を、あなたがやりたかったことを、誰にも奪わせないでほしいんです。人生の主役はあなたなんだから」。
 
新著『「私なんて」と考えてしまうあなたも、絶対に前向きになれる40の言葉』の中で、一番大事な言葉はどれかと尋ねると、それは「あとがき」なのだそうだ。ゲームのエンディングと同じで、そこにたどり着くために途中がある。通過点としての言葉たちが、最後の一文に収斂していく構成を意識したのだという。
 
足し算の王国で引き算に憧れ、内向的な性格を抱えながら、遠い島へ漕ぎ出し続ける。矛盾は解けていない。解けないまま、その人を遠くへ運んでいく。
 
振付家という職業をこれからどうしていきたいか。その問いに、TAKAHIROさんはこう答えてくれた。
 
「振付家がクレジットされることは、まだ多くない。世界のショービズでも、振り付け賞なんてあまり聞かないじゃないですか。でも、パフォーマーの存在が当たり前になりつつある今、振付家はもっと知られていい。そうすれば、次の世代を担う人が必ず出てきますから」
 
漕ぎ出してみないと、わからない。わからないから、漕ぎ出す価値がある。それが、TAKAHIROさんの航路だ。
 
 
 
 
TAKAHIRO(上野隆博)
ダンサー・振付家。ダンサーになる夢を諦めきれず、23歳で単身渡米。ニューヨークのアポロシアターで開催されるアマチュアナイトにおいて、ダンス部門で9大会連続優勝という前人未到の記録を樹立した。その実力はマドンナの目に留まり、ワールドツアーの専属ダンサーに抜擢される。帰国後は振付・演出へ活動の軸を移し、ルイ・ヴィトン、ラルフ・ローレンなど最高級ブランドのイベント、NHK大河ドラマ『平清盛』、大阪世界陸上の開会式などを手がける。『Newsweek』誌の「世界が尊敬する日本人100」に選出。近年は櫻坂46の振付や中島健人のライブ演出など活動領域を広げている。2026年2月、著書『「私なんて」と考えてしまうあなたも、絶対に前向きになれる40の言葉』(PHP研究所)を刊行した。
 

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