江戸火消しの魂が宿る、世界初“ストレッチ刺子”という革命
FASHION / NEWS
2025年9月19日

江戸火消しの魂が宿る、世界初“ストレッチ刺子”という革命

亀紺屋|chessストレッチ刺子スイングトップ

江戸時代の火消しが命を懸けて着用した刺子の半纏。その丈夫さと職人の誇りを現代に蘇らせるべく、新潟の老舗紺屋が277年の歴史で初めて挑んだ革新がある。世界初のストレッチ特性を持つ刺子織で仕立てたスイングトップは、伝統の本質を守りながら現代の機能性を纏った、まさに「新たなる伝統」だ。

Text by TSUCHIDA Takashi

火消しの命を守った、究極の丈夫さ

刺子織は、その名の通り「刺す」の文字が示すように、糸と糸、生地と生地を重ね合わせ、一針一針刺し縫いで仕上げる織物だ。この技法により生まれる生地の厚みと強度は、古くから鎧の下着として重宝され、特に江戸時代の火消しにとっては命を守る防護服でもあった。目が詰まった刺子は空気を通さず、水を被ると燃えにくくなるのだ。
参考品
「表は黒なんですけども、屋根に上がって、纏(旗印)を振るときに裏返します。で、粋な柄が出てくる」——新潟の亀紺屋代表取締役の藤岡利明氏はそう語る。刺子の半纏を着て火事場に向かい、消火後には裏返して粋な柄を見せる。そんな江戸っ子の心意気と職人の誇りが、この丈夫な織物には刻まれている。
創業1748年、277年の歴史を持つ亀紺屋は、代々「亀」の字の付く名前の当主が紺屋(染物屋)を営んできたことから、地元で“亀紺屋”(かめこんや)と呼ばれるようになった老舗だ。九代目の藤岡氏は2022年、伝統の技を現代に伝えるべく、刺子織を使ったプライベートブランド「chess」を立ち上げた。過去にはアメリカンブランドLeeとコラボレーションしたカバーオールを20着限定で制作し、17万円という高額ながら、ユナイテッドアローズ主要店舗で即完となる実績も残している。
Leeとのコラボによるカバーオール

世界初の挑戦、ストレッチ特性を纏った刺子の誕生

そんなchessが今回挑戦したのは、これまで存在しなかったストレッチ特性を持つ刺子織の新規開発だった。きっかけは顧客の声である。「既存品のカバーオールジャケットを買っていただいたお客様から、モノは丈夫でいいのだけれど『生地が硬いんだよ』という声が聞こえてきた」と、藤岡氏は開発の経緯を語る。
その技術開発を担ったのは、見附市の織物工場「匠の夢」の太田博之氏。綿糸にポリウレタンを織り込むことで新たな質感を生み出した。「刺子でポリウレタンを使うのは初めてですし、しっかりした丈夫な生地にストレッチ特性を出すのは難しい。それでも完成させることができたのは、これまでの技術の蓄積だと思います」と、太田氏は振り返る。
横方向に生地が伸びることで、服地とした際に身体の動きに生地が追従。しなやかさが加わり、格段に着やすくなった。しかも肌触りが滑らか。
完成した生地「SSF(Stretch Sashiko Fabric)」は、横糸にわずか1%のポリウレタンを織り込むことで、従来の刺子織の5倍の伸縮性を実現。「縦には伸びません。縦まで伸ばすと、織機が機能しなくて、まともに織り上がらない」というが、そうした技術的な制約を巧みにクリアしていることが何より素晴らしい。
この革新的な生地を用いて完成したのが、ストレッチ刺子のスイングトップ。デザインは、なんと国内一流ブランドの紳士アウターのパターンなど手がけてきた76歳のスタッフが参画。「実際にスイングトップのパターン作成を行なってきた人物が関わっています。彼の経験をもとに、リブの硬さ、襟裏の毛玉にならない加減などを決定していきました。彼はすみずみまで理解しているので、各所でマイナーチェンジの手を入れています」と、藤岡氏。長年培ったノウハウが、ディテールに息づいているわけだ。
また、裏地には赤いチェック柄を採用。「この決定には何日もかけました。これが失敗したら全部ダメになると思った」と、藤岡氏が語るように、表生地の紺黒に対比する絶妙な色合わせが施されている。
裏地は赤系タータンチェックが覗き、コーディネイトのアクセントとなる。

高倉健が愛したスイングトップの美学

スイングトップの制作にあたり、藤岡氏は故・高倉健さんの関係者を訪ねた。そこで聞いたのは印象的なエピソードだった。
「高倉さんはバラクータをクタクタには着ないんだと、(カジュアルな)ジャンバーに見えるけども、ジャケットと一緒なんだと、うかがいました。パリッと着て、メンテナンスをしっかりして高倉健さんは着ていた……、そういう貴重なお話を聞かせていただきました」
この言葉は、chessのスイングトップのコンセプトに大きな影響を与えた。「ガシガシ着るというよりは、上品に着こなしていただきたい」という言葉通り、刺子生地の適度な張りは、独特の気品を宿している。
今回リリースされるストレッチ刺子スイングトップは、価格18万7000円(税込)。確かに値は張るが、277年の歴史と世界初の技術、そして職人の魂が込められた一着と考えれば、納得がいく。
火消しの半纏から始まった刺子織が、現代のファッションシーンで新たな輝きを放つ。それは単なる復刻ではなく、伝統の本質を理解し、現代の技術と感性で再構築した「新たなる伝統」の誕生と言えそうだ。
chessストレッチ刺子スイングトップ
価格:18万7000円(税込)
販売|公式サイトほか、有名デパート
問い合わせ先

亀紺屋
Tel.090-4052-6281
https://1748.jp

                      
Photo Gallery