第1回 僕はチベット仏教の修業をしています
Fashion
2015年5月20日

第1回 僕はチベット仏教の修業をしています

第1回 僕はチベット仏教の修業をしています

あえて誤解をされるよう「spiritual」という、いまもっとも使ってほしくない呼称をタイトルにしました。
それは僕のマゾヒズムではなく、ひとつは僕のファッションの視点がいわゆるビッチーなモノイズムでなくなってしまい、たぶんにメンタルなものになってしまったこと。
そしてちまたでスピリチュアルと呼ばれることとはちがう、僕が想う本当のスピリチュアリティを伝えることで、世の精神世界ブームも斬りたかったからです。
しかし斬ることが目的ではなく、本当のことに気づく人が増えればという、生意気な想いからです。

もっとまとめますと、僕にとって衣服とは体でなく魂を包むものへと視点がかわり、そのような魂とかかわるスピリチュアリティの本当のこととは? というと、それは巷にあふれる霊魂がどうとかオーラがどうとかあの神この神のおはなしではなく、僕やあなたのハートの奥深くにある、1でも多でもない根源的意識のことです。
それはどのような言葉でも形容されず、あるともないとも、ありかつないとも、ありもしなければないこともないとすらもいえない、言語を越えた本質なことです。
それはお空のどこかにいる白髪の老人のような神様とよばれる存在のことではなく、あなたやあらゆる生き物、みんなにもとから内在されているものです。

それは木々を美しいと、そよ風にふかれながら感じるときにあなたの心に芽生えるものというか思い出すことで、僕が衣服を通じて着るひとに感じて欲しいのは、そのようななにげない幸せなのです。

文=信國太志Photo by Jamandfix

思いやりの心。すべての生き物を思いやる心

しょっぱなから、いきなり告(こく)ります。

僕はチベット仏教の修業をしています。

先生はダライラマ法王と同じゲルク派という派の修行者で、カイラス山という聖なる山の洞窟で年の10ヵ月を独り修業されている方です。
もうひとりはニンマ派というより古くからある派のパトゥルリンポチェというかたで、彼は19世紀初頭のチベットを遊行というか乞食されながら放浪され、各地で教えをといたかたの生まれかわりです。(リンポチェとはそのような転生者の呼称で彼はダライラマ法王に認定されています。)
参考│http://www.patrulrinpoche.org/
前生のこのかた(という呼び方にとまどう方もいらっしゃるでしょうが)は本当に多くの重要な教えを残されたかたで、ダライラマ法王も宗派を越えて先生を指名され、このかたが残されたテキストを丹念に学ばれています。

何故このような誤解もされかねないことをデザイナーでありながら述べるかといいますと、仏教とはみなさんが思われているようなお釈迦様を崇拝する宗教ではなく、自分で自分の心を良い方向、他者のためになる方向に変えていく方法論であり実践的な科学であることを伝えたいからです。

そしてそのような素晴らしい先生から僕が学ぶことはなにかといいますと、それは思いやりの心です。すべての生き物を思いやる心です。

ジェット・リーの言葉と行動に気づかされたこと

ところで、どうしてそんなことを公にお話しようと思ったかというと、友人のスタイリストであるジャイアン(長瀬哲朗)にこんな話を聞いたことがきっかけです。

ジャイアンがアクション俳優のジェット・リー氏と撮影の仕事をしたときのこと。ジェットは休憩中も独り過ごし、打ち上げにも来ず、付き合いをさけ孤独に過ごしていたそうです。よく見るとどうもお経らしきものをひたすら唱えているそうです。

何をしているのか思い切ってきいてみると、彼は仏教の修業をしていると答え、つぎのように丁寧に説明してくれたそうです。
「自分は貧しい生い立ちで苦労していまの地位やお金を手にして初めて心のバランスがとれたけど、ふと思い返すとたくさんの無駄なことをしてきたことに気づいたんだ。そんなときにはじめてチベット仏教に触れて、残りの人生をそこに捧げることを決意したんだよ」

そのような話をジャイアンから聞いて、まったく興味のなかったジェット・リーについて調べるうちに、彼が仏教についてファンに正直に丁寧に説明していることを知り、またそのようなプラクティスによる心の改造の結果として、彼は災害基金を設立し四川の地震においても多額の寄付金を集め、自身も相応の寄付をしていながらその額を明かしていないことを知りました。ひとりの人間の心がどのようなことを成し得るかを知るとともに、仏陀のティーチングの威力を実感しました。

彼にくらべれば僕など巨像の前の蟻のようなものですが、とくに仏教が、自分の外に真実や権威をみるという曲がったものに変質しているこの国で、正しいことは臆せず語る気になったのです。

閑話休題、きょう僕は志村ふくみさんという無形文化財の染色家の女性による『色を奏でる』という本を読みました。
その冒頭には“草木は人間と同じく自然より創り出された生き物である。染料となる草木は自分の命を人間のために捧げ、色彩となって、人間を悪霊から守ってくれるのであるから、愛(なさけ)をもって取り扱い、感謝と木霊への祈りをもって染の業に専心すること”という古代の染師に語り継がれた“染色の口伝”の一節が引用されています。

僕が仏教の先生たちに教わったのは、そのような慈愛の心で僕がつくりたい衣服とはそのような生き物のチカラが宿る素材による服です。
まだまだそれが実現できているとはいえませんが、そのような影響と目標をもって日々仕事をしています。

つづく
           
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