三原康裕的日本モノづくり「第1回 テーラー&カッター」(1)
MIHARAYASUHIRO×Tailor&Cutter
第1回 テーラー&カッター(1)
さる2007年9月、世界的ジャズピアニストの上原ひろみさんと結婚した三原康裕さん。おふたりの結婚式ではひろみさんのために三原さんがドレスをデザインしましたが、三原さんが着用したタキシードは青山のビスポークテーラー「テーラー&カッター」で仕立てたものでした。
連載第1弾であるこんかいは、同店のテーラー有田一成さんと三原さんのスペシャル対談を全3回にわたっておおくりします。
構成=竹石安宏(シティライツ)Photo by Jamandfix
テーラーのことも知らず、興味もなかった──有田一成
三原康裕 おひさしぶりです。その節はありがとうございました。まずあらためてお訊きしたいのですが、有田さんはテーラーのお仕事をはじめてから何年になるのですか?
有田一成 文化服装学院でファッションを勉強し、卒業してからすぐにイギリスへ渡ったので、14年くらいになりますね。
三原 イギリスに行こうと思ったキッカケはなんだったんですか?
有田 ぼくが通っていたころの文化は女生徒が8割くらいで、みんなウィメンズのデザイナーを目指していたのですが、それならぼくはメンズのデザイナーになりたいと思ったんです。でも、当時はメンズ科もなかったんですが、ぼくが2年生になったときにちょうど新設されて編入したんですよ。
だけど、1年めだったので先生たちもメンズを勉強しながら教えていたような授業だったので、これでは社会に出ても通用しないと感じたんです。だからまず、メンズをやるにはスーツを学ばなければと思い、どこがいいかといろいろ調べていたらイギリスのサヴィル・ロウのことを知って、ここだと思ったんですよ。
三原 最初からテーラーに入るつもりだったんですか?
有田 当時はテーラーのこともよく知らず、正直興味もなかったんです。ただ勉強させてもらえれば、という気持ちでしたね。だけどサヴィル・ロウに行って『ギーブス&ホークス』の店に入った途端、その雰囲気や世界観がすごくカッコいいなと感じたんです。
そして、たまたまかも知れないですけど、すぐにぼくが望んでいた現場に入れてくれたんです。日本だったら素人は雑用からはじめるのが一般的でしょうけどね。“ロイヤル・カッター”という王室御用達のカッターに付けてくれたんですよ。そこで1年間、カッターとしての仕事をまずはやらせてもらっていたんです。
英国の感性と日本の技術を合わせて広めたい
三原 いきなりですか?すごいですね。そこでの1年間はやはり得るものは大きかったですか?
有田 大きかったどころではないですね。まずぼくは社会すらも知らなかったので、当時学んだことはすべてにおいて、いまにも繋がっていることばかりだったと思います。それと、ぼくら日本人が知っているスーツとはなにか違うなと思ったことが大きかったですね。
三原 ぼくらが当時知っていたのは、いわゆる“背広”っていわれるスーツですよね(笑)。
有田 そうですね。なにが違うのかというと、たとえばおなじネイビーのスーツでも、着こなしやバランス、着たときのパフォーマンスなどがぜんぜん違うんです。それをイギリスで実感したので、日本にも広めたいと思ったんですよ。スーツって、ほんとうはこうなんだよっていうのを教えたいなと。そしてそのためには、テーラーになるしかないと思ったんです。
三原 ぼくも20歳のときにはじめてロンドンに行って、『ギーブス&ホークス』を見てきましたが、当時はまだ古いたたずまいで雰囲気がありましたね。
有田 ぼくがいた時期とおなじころですね。当時職人はイギリス人ではなく、イタリア人やアラブ系の人が多かったんです。それと日本人は手先が器用だし、“キレイじゃなければいけない”という文化のなかで育っているので、まつり縫いやボタン付けなどはとても丁寧でキレイなのですが、イギリスの職人は簡単にいうと雑に感じましたね。でも、それが粗悪なわけではなく“いい感じ”に雑なんです。
たとえば、スパンコールを日本人は絶対に取れないようにガチガチに付けますが、ヨーロッパの職人は揺れてキレイなようにブラブラに付ける。これは腕というよりも感性の違いだと思います。スーツのボタンも、日本人のテーラーは「ボタンは一生取れないように付けるものだ」といいますが、堅く付けすぎると生地ごと抜けてしまったりするんです。
それに比べてヨーロッパでは、動きに合わせて揺れるボタンがセクシーとされていたり、粗いまつり縫いで表地と裏地の動きをつくったりするんですね。そういう考え方も含めて日本に紹介したいと思っています。
スーツのオリジナリティ
三原 なるほど。そういったことを1年間イギリスで学び、帰国されてからすぐに自分でお店を出されたのではないですよね。
有田 そうですね。やはりカッティングというのは、基本はありますがセンスも必要なんです。それに対してテーラリング、つまり縫い方などはほぼこうしなければいけないということが決まっているんですね。
でも、テーラリングをイギリスで学ぼうとは思わなかった。なぜなら、縫製の粗さや甘さなどは日本で受け入れられないだろうと思ったからです。だから、日本に帰ってきてまずやらなければならないと思ったのは、日本で一番のテーラーで縫製を勉強させてもらうことだった。
それでフィッティングなどはイギリスで身につけてきたつもりなので、5年間テーラリングを中心に「壱番館洋服店」で学びました。そこで得た技術と、英国で得た感性やスーツの着こなしなどを合わせて広めていきたいと思っているんです。
三原 最初に有田さんとお会いしたときは、スリーピースをビシッと着てタイを大きめに結んでいたので、現代的でエキセントリックなイメージの方だなと思たんです。でも、実際に結婚式の衣装をつくってもらって着てみたら、イメージとは違うなと感じました。
つくってもらった衣装もフレアの袖やラペル幅など、ディテールだけを見るとエキセントリックな印象ですが、着ると全然そうではなかった。かといってオーセンティックかといえばそうでもなく、モードとも違う。ある意味オリジナリティを感じましたね。それもエゴイスティックなオリジナリティではなく。
ぼくもデザイナーなので、オリジナリティに関してはいつも意識しているんですが、有田さんはテーラリングにおけるオリジナリティとはなんだと思われますか?
有田 そうですね、たとえば仕立てでいうとイタリアのスーツの仕立ては、イギリスで学んだイタリア人が独自にアレンジしたオリジナルだと、ぼくは思っています。アンコンなどもオリジナルといえますが、ぼ
くにとっては軍服から発祥した芯がガッチリと入ったスーツが基本だと思っているんですね。
でも、スーツのオリジナリティって、表現しようと思えばいくらでも表現できると思うんですよ。
たとえば普及しませんでしたけど、半袖のスーツってありましたよね。誰にも受け入れられなかったけど(笑)、あれもオリジナルだし、ああいったものがあってもいいと思うんです。ただ、こういうときにはこういうものを着なければいけないというものだったり、その人のチカラになったりするのがスーツだとも思っています。だから、オリジナリティのあるスーツは休みの日に着ようとか、ふだんはぼくのスーツを着ようというように着分ければいい。
いずれにしろオリジナリティのあるスーツはいくらでもあってもいいし、あった方が楽しいと思いますね。スーツはこうじゃなきゃいけないと思ったことはないですから。
テーラー&カッター
東京都港区南青山6-3-11
Tel. 03-3499-7725
12:00~20:00
定休日|毎週火曜日
http://www.tailorandcutter.jp/