三原康裕「オウプナーズ宣言」2
三原康裕「オウプナーズ宣言」 (2)
――現場でのモノ作りはいままでも続けられてきたのですか
僕自身もなるべく現場には行くようにしているし、僕が行けない場合はスタッフが必ず行くような体制でやってきました。
僕らが売っているのはイメージではなく、エモーションだと思っているんです。
一般企業でさえイメージ戦略を行う現在、ファッションにもイメージは付き物ですが、それとは別次元にあるものがエモーションだと思います。
それは自分たちが作りたいモノを実現するための意気込みだったり、達成感だったり、なにかにチャレンジすることなんです。
イメージだけを取り繕い、そんなエモーションが失われたモノを作っても面白くないし、嬉しくもない。
それは製品を通してお客さんにも伝わるし、伝わったときがなによりも嬉しいんです。
伝わらないとしょげますし(笑)、そこで超えられなかった壁も感じますけどね。
イメージだけなら、その工場の一番良いモノをちょっとアレンジしてもらって、ラベルだけ付ければ済んでしまうかもしれない。
だけど、その工場に行ってなにか新しい可能性を引き出したり、思いもしなかったアイデアを見つけたりしていきたいですね。
それもひとつの謙虚さかなとも思うんです。どっちが偉いから電話一本、というわけではなくて。
やはりこの連載のテーマは謙虚さですね(笑)。
――これまで日本の職人さんをすごいと感じたエピソードはありますか
数えたら切りがないくらいで、すごいと思うことに慣れてしまっているくらいですよ。
たとえば僕は靴の工場で働いていたこともあるのですが、一日に何十足も靴を作りながらクオリティのブレがなく、それを何日も集中力を絶やさずに続けられることだけでもすごいと思うんです。
つまり僕らがほんの数時間工場に行って分かるのは、ほんのわずかということ。
彼らが日常、どれだけの体力と集中力、忍耐力を使っていることか。
それに僕が作ったパターンや指示書以上の仕事をやってきたときなどもすごいと感じますね。
僕としては「勝手なことやりやがって」と思う反面、「でもこれは否定できないな、こっちのほうがカッコいいもん」と思うわけです。
気の合う職人さんと仕事をすると、お互いが「100%の満足はないだろう」と思っていながらも、ときとして想像以上のモノができることがある。
それはお互いが情熱をもっていて、認め合う関係だからこそだと思うんです。
そういった職人さんのすごさも、連載では伝えていければと思いますね。
――日本にはまだそういった職人さんが多くいるのでしょうか
やはり減ってはきていますね。
僕が一緒に仕事している靴の職人さんなどは、60歳代くらいは当たり前であり、若い人はけっして多くありません。
たとえば20年後にはそういう人たちは確実に現場を退いているわけで、そうした面にはかなり危機感がありますね。
この人がいなくなったら僕も終わりなんじゃないかと思う人が何人もいますから(笑)。
今回の連載には、見た若い人が少しでも職人の世界に興味をもってもらえたらという思いもあるんです。
ただし、職人さんは確かにカッコいいけど、そういったイメージだけではないし、勘違いはしてほしくないとも思っています。
――では最後に、本連載のスタートを待ち望んでいる読者にメッセージを
僕はファッショナブルなことだけを目的に動くことはあまりないので、毎回読者の方がドキドキするようなことはないかもしれません。
じつをいうと、この連載で一番ドキドキしたいのは僕自身なんです(笑)。
きっと10年後には行けない工場や会えない職人さんばかりだろうし。
でも、きっとすばらしいメイド・イン・ジャパンができると思いますので、どうかご期待ください。