Vol.5 山口 誠 インタビュー
DESIGN / FEATURES
2015年3月6日

Vol.5 山口 誠 インタビュー

Vol.5 山口 誠インタビュー

最善に近づくための建築

「軽井沢の別荘」や「狛江の住宅」などの作品で海外での評価も高い山口誠氏。一見あたりまえななにげない建築のディテールに、見過ごされてしまうようなデザインの多様さが潜んでいることがある。
建築家山口誠がつくり出す空間は、時間の経過とともに日常が深みを増すような気づきの建築であるともいえる。建築とプロダクトをおなじ方法でデザインするということ。豊かさとデザインはおなじ方向をむきながら建築の未来を作り続けている。

インタビュアー、まとめ=加藤孝司

──山口さんがはじめて建築を意識したのはいつ、どのようなときでしたか?

父親が職人なんです。大工なのですが、それで小さい頃から現場に行く機会があって、最初に建築現場に行ったのは幼稚園の頃でした。自分が入学する予定の小学校のプールをつくっていたんです。
まだパイプが組まれたままのコンクリートを打設して間もない状態で、コンクリートってアルカリ性なのですがそのアルカリっぽい匂いというのが印象に残っています。だから今でも現場に行くとその時の懐かしい記憶というのがよみがえってくるんですね。

そこでは匂いというのがとにかく強烈で、自分の普段過ごしている日常の雰囲気とは全く違う荒々しい建築の現場が、とても強い印象を持った、質感が溢れかえっている感じというか、こういうところもあるんだな、とものすごいインパクトを受けました。

その時が、無意識ですが初めて空間というものを体験したときだと思います。
そういう経験というのは僕のなかで建築を考えるときに、理性的に考えるべき部分というのも勿論大きいのですが、多分、建築というものがそういう生々しい素材感や、物質としてある存在感を持っていると捉える意識がすごくあって、その原点というのはその幼い時の体験にあるかもしれません。

──そのなまの建築のむき出しのところは、山口さんが建築をデザインするうえでどのような点に影響していますか?

具体的に何でできているのかという素材感とか、実際にその空間を体験してどのような印象を受けるのかというような、空間がフィジカルな経験としてどうなっているのかが、僕の中ではすごく重要なんです。多分先ほどお話した小さい頃の経験が、そういう今の僕の建築に対する考方えのベースになっているような気がしますね。

工事中の現場というのは単に出来上がったものというよりもエネルギッシュな強い印象があります。工事が終わって完成した状態を見ると、あたかも以前からそこにあったかのような、すましたものに見えてしまうのに対して、工事中の現場というのは何かこう、その剥き出しの素材感の印象もあるのかもしれませんが、動的な雰囲気というものが強く感じられます。

工事中というのは日々進行して変化していくかと思えば、休日になるとピタリと動きが停止したり、変化のギャップがその空間自体から感じられます。昨日は力強く動いていたのに、今日は全てのものが一切動くことなく静まり返っている様子は、何か恐怖感を感じさせるくらいのおごそかな感じをもっています。今僕がつくっているものはわりと白っぽいものが多くて、表面はペンキの白だったりするわけです。それは一見素材感が無視されているように見えますが、とにかく抽象的なテクスチャ―にするという視点で素材感を気にしていると思います。意図があれば別ですが、素材感を感じさせてしまう素材を安易に選ぶよりも、抽象化した表面が今までのプロジェクトでは相応しいと判断してきたところがあります。

その抽象的な表面をもった壁や床、天井という建築のパーツが集まったときに、ここが重要なのですが、空間そのものがネガティブな意味で抽象的になり、無表情になってしまうのではなく、その空間のどの場所にいても魅力的な体験が出来るのかということをいつも気にしています。

軽井沢の別荘

──軽井沢の別荘(2003年)は自然のなかにあるとても抽象的な建物のような感じがしましたが、森のなかに建てるということで、そういった記号的なものに対する意識はありましたか?

何を抽象化するということもあると思うんですが、軽井沢の場合はスケール感を抽象化したほうがいいのではないかと思いました。
たとえば東京で建物をつくる場合には、具体的に隣の敷地にある家であったり、その家の窓や屋根の形を含め既に様々なスケールが溢れているのですが、軽井沢のような自然のなかではそれがあまりない。もちろん森の中にもスケール感はあるのですが、それがたとえば葉っぱの大きさや木の幹の太さ、建物の敷地の大きさといったことは、それが本当の森の中にあるので、一つ一つの大きさが見えるというよりは、延々と広がっていく山があったり谷があったり、風景が抜けていたりというような場所として見えます。敷地は、そんな膨大な、目の前にあるものがどのくらい先にあるものなのかわからなくなるような環境だったんです。

そこでそういう日常のスケール感とは異なる環境のなかで、普通の意味で建築を建ててしまうとそこだけ違和感が出来てしまうのではないかなと思いました。そういう状況はこの場所にはふさわしくないんじゃないかと。
そこで、建てるということそのものを抽象化というか、僕は「漂白」といっていましたが、存在感を無くすというのではなく、なるべく濃度を薄くしていく。僕が軽井沢の別荘で考えていたのは、建物自体をなくすというのではなくて、スケール感を薄めるということでした。

狛江の住宅について

──狛江の住宅(2007年)は軽井沢と真逆な、郊外によくある同じような一戸建ての家がたち並ぶ住宅街に建てられた個人邸ですが、こちらはどうでしたか?

住宅地というのは住宅、地というくらいですから、住宅がたち並んでいる地域のわけですが、住宅としての似たようなスケール感が溢れた場所です。そういう意味で軽井沢とは全く正反対の場所です。

敷地は狛江市にありますが、その近隣周辺を眺めてみると、ひとつひとつの住宅がそれほど大きくなく、庭はたいがいちゃんとありますが、敷地がそもそもあまり大きくないので、全体的にこじんまりした地域です。同じ住宅地と言っても、一方で都心には広い敷地に大きなスケールでいわゆる豪邸が建っているような地域もあるわけですから、一概に住宅地と言ってもいろいろありますね。

建物をある敷地に建てる場合、設計の最初の段階でボリュームのスタディをするのですが、狛江の敷地に対して必要になりそう面積をかたまりしたものを置いてみると、敷地面積が近隣よりも大きかったということもあって、周辺のボリューム感からすると突出した大きすぎる印象になってしまいました。それはちょっと周辺に対しても敷地自体に対しても、馴染んでいないなと思いました。

そこでその大きなボリュームをそのまま地上に表出させるのではなくて、かなりの部分を地下に埋めることで調整しました。
最初に敷地周辺の状況を見たときに、それぞれの住宅が控え目に建っているように見えて、それがこの地域に固有の魅力に思えたんですね。それでこれから建てようとする建物は、その魅力的にみえた部分を採り入れる感じで控えめにしたら、風景も連続して全体としてもより良く見えるんじゃないかなと思いました。

実際の建物では間口全体の真ん中で少し隙間をあけるようにして、小さな平屋が二軒たっているように見せる。そのことで周辺よりもさらに控え目な佇まいになりました。周辺に住んでいる人にとっても、そこだけさらに空が大きく見えるようになったと思います。もちろんこの家に住む人にとっても、自分の家が空が大きく見えるという状態を作り出しているわけですから、そこに住むことの気持ち良さにつながっていると思います。
そういったことは周辺環境ですでに存在している状況を建築家として捉えて判断や整理をして行なったことです。周辺のことも含めながら、結局はこの家にとってどうなると良い状態になるのかを、僕なりに解答したデザインだと思います。

無垢の「フレーム」と「建築」

──無垢というテーマは前々からもっていたものなのですか?

無垢というのは今回のフォトフレームをつくるときに発見したテーマです。それを僕が手がける建築やプロダクトに関連づけることは可能だと思います。でも今までの建築を無垢というテーマで何か捉えられるかというと、まだそこまで整理ついていないような気がしています。ただ、無垢とはずいぶん違うかもしれませんが、建物の材料はなるべく多くしたくないという方向は僕の中に確実にあると思います。
また、これはフォトフレームと被るのですが、なるべく簡単、単純にモノが作られているような、そういう状態に近づけたいという思いがあります。そういう作り方と無垢というのは、僕にとっては同じような意味だと最近感じています。

そう考えてみると、これまでつくってきた作品も無垢ということに繋がると思います。無垢というのは僕の中では「ものすごく単純なこと」を感じさせます。無垢で出来ているというだけで、何かそのものを分かったつもりになれるような気もします。作るための遠回りな手順や理屈を感じさせない。そういう具合に建築ができればいいなと思っています。
そういう風に実際につくるのは、実は普通につくるよりもずっと大変ですが、出来上がった時にはこみ入っているようにはしたくないのです。

──山口さんの建築にはそのような無垢感につながるような、単純なシンプルさがあると。

そうですね。でも、出来上がる空間が単純というよりも、作り方の問題だと思いますね。
軽井沢の別荘のプランの考え方にしても、いびつな六角形の三つの辺に穴をあけて、その頂点を繋いだだけでそれ以上のことはあまり行なっていません。狛江の住宅も平屋に見えるということと、内部は曲面だけで出来ているという、ざっくりした感じというのが僕にはしっくりきています。そういう作り方で、複雑だったり多様性を感じられるような空間がどこまで出来るかというところに、一貫して興味があります。

だから、建築の考え方としてざっくりと出来ているのに、たくさんの種類の素材を使っていたり、それらを納めるディテールの細かさといったものを感じさせてしまっては、実際にはざっくりできていないことになってしまいます。
ざっくりとした考え方で建物が出来ているならば、それを見たときも苦労のあとが見えないような極めて自然なディテールになってなければ嘘になってしまうんではないかと。

無垢のフレームにしても分厚い木板があってそれを削っただけに見せたい。その板をどんな機械を使ってどのように削ったかを表現したい訳ではないです。「削っててつくった」という程度のことを端的に感じてもらうくらいの状態が、僕にとって納得感のある作り方ですね。そういう風に建築もつくれたらいいなあ、と思います。

(なるべく)ロハスな建築を

体に害がありそうなものが嫌なんです。
例えは建築でペンキと一口にいっても製品によって大きな差があります。僕は同じ白いペンキを使うにしても、当然といえば当然なんですが、なるべく害がないものを使いたいと思っています。
デザインをするときはあくまでもクライアントにとってどういう価値があるのかが大切で、僕自身がどう思うかはそれほど重要じゃないことも多いです。しかしクライアントにとって何が相応しいかを考えたときでも、僕が現場にいて頭痛が出てしまうものでは僕が困ります。そして僕が頭痛するのであれば他の人も同じ可能性があるわけで、せっかくクライアントにとって良いだろうと思って作っているものが、頭痛がするんですよ、って言われたら根本的なところで悲しい。

電磁波の問題にしても、電気式の床暖房では電磁波が発生するんです。なるべく電磁波の発生を抑えている床暖房も当然あります。でもなるべくならゼロが良いわけです。僕はそういうものを探したいと常に思っています。だいたいゼロなんだけどちょっと発生する、というのではなく、どうせならまったくのゼロを使いたい。
そういうことは表にでてこない部分で、いわゆる作品性とは関係がない。でもそれを使う人にとっては、環境にも体にも良いということは、長い目でみたら本当に大切で、そういうことはデザインを支えるためにも必要だと思っているんですね。
だから一見コンクリートの床だったり、白いペンキの塗られた壁だったりという印象は、あまり健康に配慮しているようには見えませんが、実は体に害のない厳選した材料や製品を使いたいというのが基本的なスタンスとしてありますね。一方で、もし配慮していることが見えてしまっては良くないとも思います。

──山口さんの口からそういうことを聞くのは初めてですね

そういうことはあまり聞かれたことがなかったし、書く機会も今までなかったですから。

──そういう視点というのは建築をこころざした当初からあったんですか?

建築を実務で始めた頃というのは、イメージしているデザインをどのように具体化するかという方にどうしても意識が向かいがちでしたけど、今はそれ以外にも目を向ける余裕が少しはでてきたと思います。

その時に一番肝心だと思うのが、デザインと両輪で、体に害の無い建築やモノをどうやってつくっていくのかということです。だからフォトフレームも無垢でできていることが僕にとっては価値があることで、単純な話ですが、そうすると複数の部材を繋げるための接着剤を使わずに済みます。

それと関連して最近、日本の伝統的な建築やそのつくり方に興味があります。

当然に昔ながらのつくり方というのは、化学系の接着剤は使っていないし、材料をそのまま活かすような日本建築には非常に興味があります。

──山口さんの建築は今後どのような方向性をもって進んでいくのでしょうか?

素材感を大切にしながら、かつ日本の伝統的な工法でつくり、あきらかに日本のものなんだけど、どこの国のものか分からないようなものに憧れます。

日本の伝統的な木造の工法、あるいは例えば瓦屋根なんだけど伝統そのままとは異なる文脈でのデザインをしてみたいですね。

また一方でリアルに起こる結果をコントロールしたいし、デザインに結びつけていきたいという思いもあります。
具体的に言えば、東京都内で室内の空気環境を良くすることを考えたときに、果たして自然換気は良いことなのか?アレルギーをもっている人には相応しいのか?それをロハスだからと行なってしまうのではなく、プロジェクトのケースごとに本当に良い効果が起こるのかをちゃんと考えたい。

そんな方向性で建築なりプロダクトなりがつくれたらいいなと思っています。

山口誠
1972年 千葉県生まれ
1994年 青山学院大学経済学部経済学科卒業
1999年 東京藝術大学大学美術学部建築科卒業
2001年 東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士課程修了
2001年 山口誠建築設計事務所設立
2007年 株式会社山口誠デザイン設立
芝浦工業大学非常勤講師
東京芸術大学非常勤講師

           
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