連載・Yoko Ueno Lewis|暮らしノート・第8回 スウェーデン直感紀行 Vol.1「スウェーデンのときめくシンプル“マグネティック・タウン Ystad(イスタ)”」
The Way We Live with “STYLE”
暮らしノート 第8回 スウェーデン直感紀行 Vol.1
「スウェーデンのときめくシンプル“マグネティック・タウン Ystad(イスタ)”」
8月の終わりから9月はじめにかけての10日間、Copenhagen(コペンハーゲン)2泊、対岸のスウェーデンのMalmo(マルメ)とYstad(イスタ)に計2泊、そしてStockholm(ストックホルム)3泊の旅をしてきました。エネルギーシフトを考える『節電と省エネの知恵123』の執筆と出版を終えたばかりの箕輪弥生さんとのふたり旅でした。
写真と文=Yoko Ueno Lewis(Oct. 2011)
陸橋を渡ると、そこはスウェーデンでした
コペンハーゲンからオーレスン橋で対岸のマルメに渡り、さらに列車を乗り継いで1時間足らず、バルト海に面した小さな街イスタに着きます。BBCのTVドラマ『Wallander(ワレンダー)』(スウェーデンの国際的作家 ヘニング・マンケルのミステリー)の舞台として知られる美しい街です。メランコリックでヒューマニストのミドルエイジ刑事 カート・ワレンダーの活躍でイスタは一晩で有名になりました。BBCのワレンダー・シリーズは日本ではWOWOWで放映されたそうですが、アメリカではイギリスのアクター Kenneth Branagh(最近では『マイティ・ソー』の監督を務めた)によって、はじめて英語を話すワレンダーが演じられたことで、イスタを訪れるアメリカ人観光客は2.5倍に急増、この小さな静かな街の様相が一変したのです。
ケニスの演じるワレンダーのリアルでマグネティックでさまざまなトラブルを抱えた人間くさい魅力と、ワレンダー自身と犯罪者の両方の心理を巧みに投影させた心象風景としての南スウェーデン スコーネ地方のランドスケープ、このふたつの要素がマジカルに絡みあったスウェディッシュ・ミステリーの世界に、一歩踏み込むことになったこの短い旅は、とても特別なものになりました。
結果的に、スウェーデンはワレンダーを超える、たくさんのことを教えてくれました
イスタで出会ったすべての街角の鮮やかなペンキの壁や、路地に誘い込むような大きな窓と魅力的なドア、夏の終わりを惜しんで揺れる通りの木々や庭先の可憐な草花、見上げた先の青い空に浮かぶ真っ白な雲のボリューム、そして、時間とひとがつむぎ出してくれたエキサイティングな偶然の数かず、それらを実感することで、スウェーデンという国の文化やスタイルや考え方、そこで現実的に暮らす人びとの体温に、わずかでも触れることができたような気がします。まちがいなく、スウェーデンという国はアメリカや日本などよりはるかにおとなです。
遺伝子的レベルとしか思えない感覚で“シンプル”の意味がこの国ではまちがいなく理解され、そして花開いているような気がします。シンプルをファンデーションとすることではじめて生まれてくる理性的で感性豊かな価値観、そしてそこから一歩進んだ“ゆとり”が生み出す色彩豊かな遊びやウィット……街を歩いたり、地下鉄や電車に乗ったり、小さな買いものをしたりすることで、その感性は水のように抵抗なくからだのなかにしみ込んできます。気の合う古い友だちといっしょに過ごす穏やかな時間のように、疲れない、あきない、せかさられない、居心地のいいスウェーデンのスタイル。
たった数日で何がわかるのかという反問が生まれるかもしれません……いえ、数日でわかり得ることこそ、ときには永遠ともいえる本質の理解をくれるのではないでしょうか? わからないことは、数年かけてもわからないのです。
絶対的なおとなの感性の国
北欧とひとことで呼ぶほどには、北欧を知らないのですが、スウェーデンにかんしていえば、短い夏の太陽の輝きをめいっぱい暮らしに取り入れることがとても得意な、彫りの深い端正な横顔をもつ町並みと、白いシャツや黒のジャケットの似合うスタイリッシュな姿が思わず振り返りたくなるほどステキで、男女を問わず黒い乳母車を押して歩く姿がとてもクールな人びと、25パーセントという高い税金がゆえに、成熟した無駄のない賢い消費文化を実践しながら、環境先進国として数かずの卓越したシステムを創造しつづけている、絶対的なおとなの感性の国といえるのではないでしょうか。
風を切りつつ行き交うシンプルな自転車、バリアフリーのトランスポーテーション、インフラの外観にかならず使われるガルヴァナイズ(亜鉛メッキのメタル素材)、このなんともいえないチープシックな美学、白木の家具や白い陶磁器とはっきりした色柄の存在、機能性とゆとり(遊び)の両方を備えたデザイン力と、無駄がなく、必要以上の安さを追求しないことで不必要なものをふるい落としている成熟したマテリアリズム、そして独特のアルファベット表記のビジュアルと、スマートに使われる国旗のブルーとイエローのアクセント、英語とスウェーデン語をこなす人びとの媚びない真摯なリアクションなど……スウェーデンを褒める要素は数かぎりなく存在します。
今回は、スウェーデン直感紀行「ときめくシンプル」の一段としてイスタの街をご紹介します。もしチャンスがあれば、ケニスの演じるカート・ワレンダーのすばらしいパフォーマンスをぜひご覧ください。数かずの賞に輝いたケニスの演技と南スウェーデン スコーネ地方の風景から伝わってくる神秘的ともいえる深くてリリカルな情感は、あらためてひとの生きる環境、社会と自然の両方の環境力とは何かを静かに教えてくれると思います。