ヴィラ・デステ2025リポート──ラ・ムジカ!これは音楽だ
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2025年8月7日

ヴィラ・デステ2025リポート──ラ・ムジカ!これは音楽だ

Concorso d’Eleganza Villa d’Este 2025|コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ2025

イタリア古典車社交界における初夏の祭典「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」が2025年5月23日から25日にコモで開催された。今回もさまざまヒストリーに彩られた車たちが、湖畔で歴史絵巻を繰り広げた。

Text by Akio Lorenzo OYA|Photographs by Mari OYA/Akio Lorenzo OYA

美しくも消えていったモデル

「参加車が200台を超えるカリフォルニアのペブルビーチ・コンクールと異なり、ヴィラ・デステの良さは、規模が拡大されることなく、エクスクルーシヴな雰囲気が維持されていることに他ならない」と、ある欧州の愛好家は語る。
1929年の第1回以来の会場であるグランドホテル・ヴィラ・デステで、主役である参加車に先立ってスポンサーのBMWが世界初披露したのは、「コンセプト・スピードトップ」である。前年発表したカブリオレ「コンセプト・スカイトップ」のデザインランゲージを継承したシューティングブレークだ。
エンジンは4.4リッターV8ツインターボで、70台が限定生産される予定だ。ヨーロッパのメディアによると、価格は50万ユーロ(約8470万円)と噂されている。
BMW Concept Speedtop (2025)
ヒストリックカー部門には54台が8クラスに分けられて参加した。最古は1927年ロールス・ロイス「20HP」で、「フローズン・イン・タイム─1900年から1973年の未修復車」クラスに参加した1台である。先代オーナーは2017年に94歳でこの世を去るまで、55年間この“ベビー・ロールス”といわれるモデルを日常使いしていたというから驚きだ。
Rolls-Royce 20HP (1927)
対して最も若い車両は、2007年のマセラティ「MC12コルサ」だ。こちらは1980年代から2000年代に、最高速度・価格・デザインの限界を求めたモデルを集めた「偉大になるか・撤退か」クラスの1台だった。僅か3台造られたロードゴーイング・バージョンである。
右から Maserati MC12 Corsa (2007)、Mercedes-Benz CLK GTR (2005)、 Ferrari F50 (1996)
青々とした芝生の上では例年どおり、審査員たちによるチェックが行われた。オーナーやお抱えメカニックたちは短い時間に、車両の歴史にまつわる資料を手短に見せるとともに、良好な状態を示すべくエンジンを始動しなければならない。緊張の一瞬だ。それらを一部のゲストたちも、興味深げに見守っている。
ランチのあとは、各部門賞の授賞式を兼ねたパレードが待っている。過去数年なぜか雨にたたられがちだったが、幸いなことに今回ばかりは快晴に恵まれた。
クライマックスである招待者投票による「コッパ・ドーロ」賞を先に記せば、今回は1957年「BMW507ロードスター」に捧げられた。「スタイルの重要性─時代が永遠に変わる前夜の、豪華さと優雅さの出会い」クラスにエントリーした1台だ。
507はデザイナー、アルブレヒト・フォン・ゲルツによる傑作。ハンス・シュトゥックの操縦でメルセデス・ベンツ「300SL」、フェラーリ「250GT」といった好敵手を相手に果敢に戦ったことでも知られる。
しかし高い開発・製造コストがたたり、商業的にはBMWに成功をもたらさなかったばかりか経営さえも傾けた。参加車はわずか45台造られた初期型の1台である。
BMW 507 Roadster (1957)
一方、翌日のヴィラ・エルバにおける一般公開後には、ベスト・オブ・ショーが発表された。こちらは審査員13名によるもので、1934年アルファ・ロメオ「ティーポB(P3)」が選ばれた。
メーカーのセミ・オフィシャルチームだったスクデリア・フェラーリのもと、アキッレ・ヴァルツィ、ルイ・シロンに数々の成功をもたらしたという、この車両のヒストリーはヴィラ・デステに十分ふさわしいものといえよう。「走る彫刻—−レースで戦われた1928年から38年のクルマ」に参加した6台のうち1台である。
Alfa Romeo Tipo B (P3) (1934)
一方、5台が参加したコンセプトカー/ワンオフの部門賞には、アルファ・ロメオ「8Cドッピアコーダ・ザガート」が選ばれた。
かつて「8Cコンペティツィオーネ」の開発計画に参画したザガートが、当時のノウハウを駆使して、ある顧客のためにデザインしたものだ。チーフデザイナーの原田則彦氏によれば、ザガートらしい伸びやかさを表現するため、10回以上フォルムの修正を試みたという。
左からAlfa Romeo 8C Doppia Coda Zagato (2025) 、 Glickenhaus 007S LMH (2025)

ラルフ・ローレンの愛車が里帰り

実は同じクラスには、もう1台のアルファ・ロメオがいた。トゥリング製ボディの1938年「8C2900MM」である。 シャシーナンバー412030をもつこのクルマの戦績は痛快だ。
製造年と同年のミッレミリアにカルロ・ピンタクーダの操縦で出場。最終チェックポイントで予期せぬブレーキ故障により30分ものピットストップを余儀なくされる。だがその後、ドライバーの卓越した操縦技術により、2位でチェッカードフラッグを受けた。
第二次大戦後にはアメリカに渡り、のちにF1ワールドチャンピオンとなるフィル・ヒルが操り、ペブルビーチ・ロードレースで優勝している。
2004年からのオーナーは、世界屈指のカーコレクターとしても知られる米国ファッション界の帝王ラルフ・ローレンである。以来、彼のもとでミッレミリア参加時の状態に復元が続けられ、まずは2005年のペブルビーチで戦前型アルファ・ロメオ部門のベストを獲得した。
今回は、世界4大コンクールの総裁が選出する部門賞に選ばれた。パレードでは子息アンドリュー氏が助手席に乗って登場。笑顔とともに「父のクルマを(イタリアに)里帰りさせることができた」と喜びを語った。
Alfa Romeo 8C 2900 MM (1938)

デジタル時代ゆえの愉しみ

ローレンの8C2900MMが登場したとき、毎年司会を務めるジュネーブの古典車スペシャリスト、サイモン・キッドストンはイタリア語で思わずこう叫んだ。「エグゾーストノート、ギアの音、匂い…これぞアルファ。まさにムジカ(音楽)だ!」
音楽といえば、テノール歌手ヨナス・カウフマン—−彼は学生時代、BMWのイベントでショーファーのアルバイトをしていた—−が選ぶ「カント・デル・モトーレ」賞はもはや3回目を迎え、こちらには1956年アストン・マーティン「DB3S」が選ばれた。
Aston Martin DB3S (1956) and tenor Jonas Kaufmann (first from the left)
EVやハイブリッド車のデジタルな接近通報装置が街に溢れればあふれるほど、ヒストリックカーが発するアナログなサウンドやノイズは貴重だ。その最上を鑑賞できる点も、ヴィラ・デステの愉悦であることを付け加えておこう。
Ferrari F50 (1996)
                      
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