クラシック マセラティの祭典、「マセラティ センテニアル ギャザリング」が開催|Maserati
CAR / FEATURES
2014年12月26日

クラシック マセラティの祭典、「マセラティ センテニアル ギャザリング」が開催|Maserati

The Maserati Centennial Gathering|マセラティ センテニアル ギャザリング

クラシック マセラティの祭典がイタリアで開催

創業100周年を迎えたマセラティ、その世界

1914年、イタリア中部の都市、ボローニャで誕生したスポーツカーブランド「マセラティ」が今年で創業100周年を迎えた。この記念すべき1年を祝うべく、小誌ではこれまでさまざまな特集記事を掲載してきたが、今回はその最終篇。9月に開催されたクラシック マセラティの祭典「マセラティ センテニアル ギャザリング」の模様を、モータージャーナリストの小川フミオ氏がリポートする。

Text & Photographs by OGAWA Fumio

167台の貴重なマセラティが勢揃い

2014年9月、中部イタリアを舞台に、クラシック マセラティの祭典「マセラティ センテニアル ギャザリング」が開催された。167台の貴重なマセラティが公道を400km以上走ったのは見ものだった。

2014年で創業100周年を迎えたマセラティ。皮切りはボローニャの路地にある工房だった。そこからアルフィエーリ・マセラティがクルマづくりをはじめ、弟のエットーレとエルネストが力を貸した。

エンブレムも兄弟の作品だ。ボローニャのシンボルともいえるネプチューンの泉で、海神が手にする三叉の銛(もり)がイメージソースなのは有名な話である。兄弟のなかでも芸術家気質の強かったマリオが、クルマに合うように意匠化した。

よくあるラジエターマスコットでなく、平面的なデザインにしたのは、レーシングカーづくりがマセラティの本懐だったからだろう。ラジエターマスコットはレース用マシンには不要である。

今回のセンテニアル(100周年)ギャザリングは、同社にとって思い出の地、ボローニャをスタート地点に、現在同社の本社があるモデナ、クレモナ、そして最終目的地のトリノまで走るというもの。戦後の貴重なモデルが勢揃いしたのは圧巻だった。

The Maserati Centennial Gathering|マセラティ センテニアル ギャザリング

クラシック マセラティの祭典がイタリアで開催

創業100周年を迎えたマセラティ、その世界 (2)

1971年のコンセプトモデル、ブーメランも疾走

「当時ボローニャの工場でレーシングカーを作っていました。工場からクルマが出ていくときは、近所の家の窓ガラスがすべてびりびりと震えました」。七男エルネストであるカルロ・マセラティ(1930年生まれ)は、今回ボローニャのスタート地点に登場し、当時の思い出を語ってくれた。

レーシングカーだから排気管にサイレンサーなどついていない。それでテストやレースに出ていくのを、マセラティ兄弟の母親はひどく心を痛めながら見送っていたそうだ。「無事に戻ってきて、とそれしか言わなかったそうです」。レースは戦場とおなじだったのだ。

今回のラリーには、さすがに1930年代から50年代にかけて、マセラティの名を世界的にとどろかせたレーシングカーは含まれていない。しかし、50年代に入ってから手がけたスポーツカーやGTの数かずは、ほとんどもれなく参加したといってもいいだろう。

もっとも目を惹いたのは、1953年にピニンファリーナがボディを手がけた「A6GCS」。それにトライデントのロゴが大きくボンネットに描かれた71年のコンセプトモデル、「ブーメラン」だ。どちらも個人オーナーのクルマである。これらがアウトストラーダを疾走したのだから、行く先々で拍手喝采を浴びたのは想像に難くないだろう。

The Maserati Centennial Gathering|マセラティ センテニアル ギャザリング

クラシック マセラティの祭典がイタリアで開催

創業100周年を迎えたマセラティ、その世界 (3)

私たちの偉大な財産

今年マセラティは世界各地で積極的にイベントを展開してきました」。センテニアル ギャザリングの企画を担当したマセラティの担当者は語る。

「いまマセラティは上り調子にあるんです。セールスは伸びているし、あたらしい市場でも認知が上がっています。米国ペブルビーチでも数多くの貴重な歴史的モデルを展示しましたし、京都のイベント(2014年7月の100周年記念アニバーサリーリレー)も成功裡に終わりました。クラシック マセラティの人気がどんどん上がっているいまだからこそ、私たちの偉大な財産を一般のひとに見てもらう、いい機会だと(センテニアル ギャザリングを)企画しました」

参加車は多岐にわたる。さきに触れたA6GCS(53年)をはじめ、スーパーカー世代におなじみの「ボーラ(71年)」や「メラク(72年)」、はたまた「ギブリ(67年)」「インディ(69年)」「カムシン(74年)」といったウェッジシェイプといわれたスタイリングを特徴とするスポーティモデルの数かず、「3500GT(57年)」や「5000GT(59年)」、さらに「クアトロポルテ(63年)」や「ミストラル(同)」まで並び、垂涎の内容だ。

参加国は多彩で、地元中部イタリアが多いが、スイス、フランス、イギリスといったナンバーも散見される。マセラティの魅力は、華美でなく、機能美とエレガンスがバランスとれているところとも言われるが、オーナーたちも華美でなく、クルマを愛する雰囲気を強くただよわせていたのが印象的だった。

The Maserati Centennial Gathering|マセラティ センテニアル ギャザリング

クラシック マセラティの祭典がイタリアで開催

創業100周年を迎えたマセラティ、その世界 (4)

100年のあいだ価値を保ちつづけるということ

プレス用には、今回の行程中、「クアトロポルテ」「ギブリ」「グラントゥーリズモ」といったモデルが用意された。この数29台。カーンと抜けるようなエグゾーストを響かせながら、現在のマセラティが疾走するさまもまた、すばらしい光景だった。

伝統的なトライデントをそなえたフロントグリルを低い位置に構える独特のスタイリングは、力強く、それでいてエレガンスを感じさせる。ドイツ車優先ともみえる高級車市場で、ひとり気を吐く存在感の強さも納得だ。

空間的な余裕はあるはずだが、スポーティさをウリにするGTにふさわしく、わざとタイトに作られた操縦席に落ち着くと、心が騒ぐ。これこそ100年間、ひとびとを魅了してきたマセラティの世界なのだ。

センテニアル ギャザリング3日目の最終日、トリノのピアッツァ サンカルロで、参加車を対象にしたコンクール デレガンス(イタリア語ではコンコルソ デレガンツァ)が開かれた。

グランプリは、60年代に名デザイナーのほまれが高かったピエトロ・フルアがボディを手がけた「メキシコ4200プロトタイプ(67年)」だ。

「このクルマの魅力は、エレガントでアンダーステーテッドという、マセラティのよさを体現しているところ」審査員を務めた、アドルフォ・オルシは語ってくれた。37年から68年までマセラティを所有したオルシ家の末裔で、クラシックカーへの造形が深いひとだ。「フルアのボディはじつに美しい。貴重なモデルでもあり、まちがいなくこれがグランプリです」。

マセラティというと、短絡的に、レースやスポーツカーから連想する、頭に血がのぼったような情熱や官能というイメージが浮かぶ。

しかし、知れば知るほど、その魅力はエレガンスだったり、ある種のインテリジェンスにあることが分かってくる気がする。おそらく、それでひとの心に届かなければ、100年のあいだ価値を保ちつづけることは難しかったかもしれない。

           
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