パリモーターショー2018 プロダクションカー編
パリ・モーターショー2018 プロダクションカー編
新時代のプロローグ
世界5大モーターショーの一つである「モンディアル・ド・ロトモビル2018」、通称パリモーターショーのリポート。前編のコンセプトカー編につづき、後編では特にプロダクションカーに焦点をあてリポートする。
report & photo Akio Lorenzo OYA
「第一次接近遭遇」失敗のあと
エレクトリフィカシォンélectrification──10月2日から14日まで開催されたパリモーターショー2018のキーワードを挙げるなら、フランス語で「電動化」を示すこの言葉であろう。
PSAのプレミアムブランド「DSオートモビル」は2025年には全モデルを電動化するとしている。会場で世界初公開した計3モデルも、すべてフルEVもしくはプラグインハイブリッドであった。
2020年までに全車フルEV化を明言しているダイムラーのスマートも、そうした時代の到来を予告するオープンEVコンセプト「フォーイーズ」(コンセプトカー編参照)を公開した。
参考までに英国「オートカー」誌によると、あのジャガーもフルEVメーカーへの転換を検討中であるという。
パリでは民間企業ボロレ社が約7年にわたって普及を試みたEVによるカーシェアシステム「オトリブ」が2018年7月に終了した。赤字の累積や「ウーバー」に代表されるライドシェアの普及が影響したかたちだ。
かくもEVとユーザーの“第一次接近遭遇”は失敗に終わったが、パリ市は2030年までに内燃機関車の乗り入れを全面禁止にする方針だ。
そうした意味で、パリは引き続きヨーロッパで最もエキサイティングなEVの実験場となる可能性を秘めている。今回のモーターショーは、その序章の役割を果たしたといえよう。
パリモーターショー2018 プロダクションカー編
新時代のプロローグ(2)
旧植民地・租界のブランドが上陸する時代
もう一つ今回のパリで際立ったのは、エクスクルーシブな場で発表された最新モデルのショープレミアである。
たとえばアウディは、8月のペブルビーチで展示したEVスポーツ・コンセプトカー「PB18 e-tron」(コンセプトカー編参照)を公開するとともに、9月にロサンゼルスのプレス向けイベントで発表した量産EV「e-tron」をいちはやく持ち込んだ。
メルセデス・ベンツも同じく9月の報道イベントで披露した量産EV「EQC」を並べた。フェラーリは9月18日の投資家向けイベントで披露したスペシャルシリーズ「イコーナ」の第1弾「モンツァSP1」「モンツァSP2」を初めて一般展示した。
こうしたタイプのクルマをいち早く鑑賞することができることをセリングポイントとして確立できれば、パリのエンターテイメント性は維持できるとみた。
いっぽう現地メディアが注目していたのは新興国のブランドだ。
具体的にはベトナムの自動車メーカー「ヴィンファスト」で、同国最大の民間企業「ヴィングループ」を親会社にもつ。初の自動車産業参入にあたっては、イタリアのピニンファリーナにデザインとエンジニアリングの協力を仰いだ。
ブースにはSUVとセダンの2台がディスプレイされ、「ミスベトナム」も現れて盛り上がりを見せていた。
開発に携わった関係者に聞いたところ、彼らの描く未来予想図は以下の通りだ。まずは今回のヨーロッパで話題をまく。その実績をアピールしながら世界最大の自動車マーケットである中国に進出する。まさにビリヤードのようなストラテジーである。
いっぽう中国のGAC(広州汽車)は、プレスデイ1日目、SUV「GS5」をワールドプレミアした。わずか10年前の2008年に創立されたメーカーが、いよいよヨーロッパ市場への進出を窺う。
それにしても、往年のフランスが植民地や租界として支配していた国のクルマが並ぶとは、時代を反映しているといえまいか。
パリモーターショー2018 プロダクションカー編
新時代のプロローグ(3)
ショーよ、アンデパンダン展たれ
話は飛ぶが、パリを代表する美術展の一つ「アンデパンダン展」は、アンリ・マティスなど、のちに著名となった画家も参加したことで知られる。審査がなく賞もない展覧会である。第二次大戦前の写真を参照すると、会場であるグラン・パレに作者たちが自ら作品を抱えて運び込んでいる姿を発見できる。
そのグラン・パレでは1950年代までパリモーターショーも開催されていた。歴史写真には、おびただしい数のメーカーやカロスリ(特注ボディの製作者)が確認できる。そしてスタンドは今日と違い、極めて簡素なものだ。
当時自動車はとてつもない高級品であり、アンデパンダン展と単純に比較するのは困難である。しかし、モーターショー出展の敷居は、現在よりかなり低いものであったことがうかがえる。
パリモーターショー2018の大会委員長ジャン=クロード・ジロー氏は、アジア新興ブランドの招致に意欲をみせる。
もし戦前のように多彩なメーカーやカロスリが最新作品を持ち寄る場が実現できれば、世界のモーターショーにおけるアンデパンダン展としてレゾン・デトル(存在意義)を確立できるかもしれない。そう思えてきた秋のパリであった。