大谷達也による イギリス モータースポーツの中心地
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2014年12月10日

大谷達也による イギリス モータースポーツの中心地

What is the British Motorcar?|英国車ってなんだろう?

大谷達也による

イギリス あるいはモータースポーツの中心地

産業革命を成し遂げ、帝国主義を振りかざして世界各地に植民地を広げたイギリスは、シェイクスピアを生み出し、ビートルズを世に送り出した文化の国でもある。では、クルマ文化ではどんな役割を果たしたのか? ここでは、モータースポーツを切り口にして、イギリス・クルマ文化の一端をご披露したい。

Text by OTANI Tatsuya

F1の中心はイギリスだ

モータースポーツといえば、まずはF1。シリーズを統括するFIA(国際自動車連盟)の本拠地がパリのコンコルド広場8番地にあることはあまりにも有名だが、イギリスこそF1の中心であると言い切っても、異論はあまりでないだろう。

そもそもF1世界選手権が1950年にはじまったとき、開幕戦として開催されたのがシルヴァーストーンでのイギリスGPだった。ちなみに、このときのウィナーはアルファロメオに乗るニーノ・ファリーナ。彼はこの年のチャンピオンにも輝いているが、アルファロメオがF1設立直後に活躍できたのは戦前のマシンをそのまま投入できたからで、F1の歴史全体をひもとけば、ウィリアムズ、マクラーレン、ロータスなどのイギリスチームが合計33回と飛び抜けて多くのコンストラクターズタイトルを獲得した事実が浮かび上がる(チーム単独としてはフェラーリの16回がトップだが、これはミハエル・シューマッハー全盛期の1999年から2004年までに計6回タイトルを勝ち取ったことが効いている)。

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DFVに初勝利をもたらしたLotus 49

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1950年 はじめてF1を制したアルファロメオ 158 アルフェッタ

シャシーの製造というコンストラクターズ選手権では他国を圧倒しているイギリスだが、おなじF1でもエンジンとなると、フォード・コスワースDFVが計7回のコンストラクターズタイトル獲得に貢献したのが目立つ程度で、フェラーリの16回、ルノーの10回など、いわゆるヨーロッパ大陸系メーカーのほうが優勢だ。伝統的にいって、F1に参戦するのは、ヨーロッパ大陸系が自動車メーカーを中心とするにたいし、イギリスは中小のコンストラクターが大多数で、これが「エンジンのヨーロッパ、シャシーのイギリス」という傾向を生み出しているのは否定のしようのないところだが、エンジン開発で言えば我らがホンダも計6回のタイトル獲得に貢献するなど、ヨーロッパ大陸系のお家芸とばかりは言い切れない。

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イギリス あるいはモータースポーツの中心地(2)

ブリティッシュモータースポーツの極意

なぜ、イギリス人はF1シャシーの開発、もしくはF1チームの運営に長けているのか?

話がやや入り組んでしまうが、その説明として、先ほど紹介したF1エンジン、フォード・コスワースDFVの例を取り上げてみたい。

フォード・コスワースDFVとはいうものの、フォードは開発の資金提供をおこなったスポンサーで、実際の開発はイギリスの独立系エンジンコンストラクターだったコスワースが請け負った。コスワースDFVのデビューは1967年。その前年、F1はレギュレーション変更がおこなわれ、エンジン排気量はそれまでの1.5リッターから一気に3.0リッターへと拡大された。これによりF1はパワー戦争の時代に突入すると考えたフェラーリやホンダが、出力的に有利な12気筒エンジンを投入したのに対し、コスワースは出力面での不利を承知のうえで、敢えて8気筒のDFVを開発した。なぜか?

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1986年 通算400基目のフォード・コスワースDFV F1エンジン

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1967年のフォード・コスワースDFVエンジンと開発者たち

コンパクトな8気筒エンジンであればバランスのいいシャシー開発が容易になる。事実、フェラーリやホンダはエンジンが重すぎて最低重量を大きく越える車重となり、これがせっかくの大パワーを相殺してしまったとされる。いっぽう、コンパクトなDFVは、これまた軽量コンパクトなロータスのシャシーに搭載され、デビュー翌年の1968年にタイトルを獲得。それ以降も1974年まで7年連続でシリーズを席巻し、一時代を築き上げたのである。

コスワースDFVは軽量コンパクトだっただけでなく、燃費もよく、出力面でもフェラーリやホンダに大きく劣ってはいなかったとされる。また、エンジンをクルマ全体の強度部材として使うストレスマウント方式を全面的に採用したのも、このコスワースDFVが最初だったとされる(これについては諸説あり)。

いまにしておもえば、なるほどコスワースの設計思想は理にかなっているが、それをシャシー開発者でなく、エンジン開発者がおもいついたというところに、イギリス人ならではの発想の自由さを見て取ることができる。通常、エンジン開発者であれば、エンジン出力を最優先してしまい、シャシーに搭載されたときの総合的なバランスなどには意識が向きにくくなる。けれども、コスワースの技術者は、ある意味で自分の立場をいったん忘れ、「速いF1カーをつくるにはどうしたらいいのか?」という視点に立ち、柔軟な発想により8気筒という答えにたどり着いた。これこそ、イギリス人らしい着眼点だとおもわずにはいられない。

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バランス感覚と独創性

では、F1のシャシー開発はどうか? エンジンであれば、出力、サイズ、重量、燃費、信頼性など、考えるべき項目の数は限られている。けれども、F1シャシーは強度と軽量化、サスペンションと空力など、相反する様々な条件を総合し、最良の妥協点を見つけ出さなければならない。そのうえで、これまでにない、あたらしいアイデアを投入していくことで、ライバルとの差別化を図っていく。そうした、的確なバランス感覚と革新性の両方を持ち合わせていなければ、優れたF1シャシー開発者とはなりえないのである。

ひるがえって、イギリス製のロードカーはどうか? 飛び抜けてパワフルなエンジンを積んだモデルはどちらかといえば少数派で、それよりも、全体のバランスが絶妙だったり、これまでにない発想で誕生したモデルが少なくないような気がする。ロードカーとしてのロータス、ジャガー、ロールスロイス、ベントレー、ミニなどは、いずれもこの例に漏れない。

バランス感覚と独創性。イギリス人がクルマ文化に貢献した資質として、私はこのふたつを挙げたいとおもう。

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OTANI Tatsuya|大谷達也
1961年、神奈川県生まれ。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に二玄社に就職し、月刊自動車雑誌「カーグラフィック」の編集部員となる。以降、スポーツエディター兼副編集長として同誌の企画、取材、執筆、編集を担当する。2010年3月に独立、フリーランスのライターとなり、新車リポートだけに留まらず、最新技術やモータースポーツを含め自動車の楽しさと奥深さを幅広く紹介している。日本モータースポーツ記者会副会長。

           
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