藤原美智子|10月エッセイ「私がNYCハーフマラソンで得たもの」
BEAUTY / THE EXPERTS
2015年5月12日

藤原美智子|10月エッセイ「私がNYCハーフマラソンで得たもの」

2009.10  「私がNYCハーフマラソンで得たもの」

「あれーっ、歩行者天国になってるー!」
ニューヨークに着いて3日目。翌日のハ―フマラソンのレースに備えて「朝練でも」とホテルを出ると、目の前のパークアベニューが自動車通行止めになっていたのだ。なんでも、8月の土曜日の午前中は、“Summer Street”として、ランナーや自転車のためにセントラルパークまでの区間を開放しているらしい。さすがニューヨーク、やることがちがう!

文=藤原美智子Photo by VOCE and Jamandfix

2009年8月16日、朝7時スタート

それにしても都会のビルのど真ん中を走るのは、なんて気持ちがいいんだろう!

明日はもっと長い区間、この気持ちよさを味わえるんだ。なにしろ、スタート地点のセントラルパークのなかはもちろん、7thアヴェニューからニューヨークの西側のハドソン川沿いを真っ直ぐ下って、ゴールのワールドトレードセンターまでの道程すべてがランナーのために開放されるんだもの。
そう思ったら、やっとニューヨークのレースに出場するという実感と、遠くまできたもんだという想いが湧いてきた。走りはじめた今年の元旦には30メートルしか走れなかった私が、8ヵ月後の明日には21.1キロ(13.1マイル)走る……。
少しずつ練習を積み重ねて、ここまで走れるようになった――。そう思うと「自分で自分を褒めてあげたい」という気分になってくる。

自分は自分なりの走りをすればいいだけ

さて、翌朝のまだ朝も明けきらない5時半ごろ。セントラルパークに行くと、ぞろぞろとたくさんのひとたちが集まりはじめていた。それは、そうだ。参加人数は1万人以上という大きな大会なのだから。
老若男女、人種もさまざまといったところがNYCハーフマラソンならではというところか。意外だったのが、仮装しているひとがほとんどいないこと。きっと、走るという行為が特別なことではなく日常のことであり、その延長線上にハーフのレースがあるという感覚なのだろう。

軽いジョグをしてから申告したタイム別のスタートブロック(私は最後尾から2番目)に着いて、まずは準備体操。まわりを見回すと、なぜかカップルで抱き合ったままのひとがいたり、ペチャクチャ友達とお喋りに夢中のひとたちがいたり、目を閉じてイヤホンで音楽を聴きながらコンセントレーションしているひとがいたり、とさまざまな過ごし方でスタートを待っている。
――みな、レースに馴れてそうだし、速そうに見えるな……。でも、誰かと競争するのではない。自分は自分なりの走りをすればいいだけ、と緊張で少し鼓動が早くなる自分に言い聞かせながら、私もそのときを待った。

思い起こすと、6月に練習がてら出場した山形の10キロマラソンのときも、やはりスタート前はドキドキだったけど、走りはじめたらなんだか楽しくってズーッと笑顔になっていた。それに伴走してくれたスタッフたちと話しながらも、自分なりに好タイムで完走できたんだもの。今回もきっと楽しんで走れる!

「藤原さん、急にスピードは上がるし笑顔になったよ」

そして、いよいよ7時。スタートの号砲がなった。まずはセントラルパークを一周(11.2キロ)だ。これが結構、キツイ。公園なのにアップダウンの連続だし、いくら緑のなかで気持ちがいいとしても景色は単調。それに応援してくれているひとも少なく、ただモクモクと走ったという感じだった。
それが街中に出た途端、状況も私のマインドも一変した。ワァーという歓声とともに沿道にはたくさんの応援してくれているひとたちがいるし、素人バンドがあちこちで演奏してくれている。なによりも、タイムズスクエアまでの真っ直ぐな道路がランナーで埋め尽くされている光景を見たら感動で鳥肌が立ち俄然、やる気が!
私のペースメーカーとして一緒に走ってくれたスタッフにあとで、「藤原さん、急にスピードは上がるし笑顔になったよ」と言われたほどだ。

それにしても応援がこんなにも実際の走りに影響するというのは、ランナーになるまでは知らなかったこと。よくマラソン選手が「みなさんの応援が後押しをしてくれました」とコメントをするが、それまではリップサービスかなと思っていた。が、とんでもない!

特別、私個人に応援をしてくれているわけではないことはわかっているのに、声援が聞こえてくると不思議に身体の奥から活力が湧いてくるのだもの。その活力が“やる気”を邁進させてくれる、という感じだ。
そんなビタミン剤とやる気をもらえたあとは、最後尾からのスタートということもあるが、ほかのランナーをどんどん追い越していくという走りに変わった。その気持ちよさといったら! もちろん競争するのが目的ではないけれど、人に追い越されるだけだったら、せっかくのやる気も萎えていったに違いない。

しかし、「快調、快調♪楽しいな、ルンルン」と走りつづけられたのはゴール2キロ手前まで。そのあとの、“もう少し”の辛かったこと。
「あと1キロ、あと800、あと200メートル」と踏ん張りながら、そして、ふくらはぎの筋肉の痛みに給水所でもらった水をかけながら走りつづけた。
「なんで私は、こんなに辛い思いをしながらマラソンなんかしているんだろう」とも思った。でも、ゴール近くを一緒に走っている見知らぬランナーたちも息を切らして苦しそうに走っている。みな、苦しいのはおなじなのだ。歩きだしているひともチラホラいるが、「歩かないで走りつづける」ことを一つの目標に自分に誓ったのだから走る! それだけを自分に言い聞かせながら走っているうちにゴールした――。

今回のマラソンに挑戦したことへの、ご褒美

「やったー……」。走り終えた途端、それまでの辛さは拍子抜けするほど私の心や身体からスーッと消えていった。

“NYCハーフマラソンを走る”という取材の責任を果たせてよかったー! という安堵感と、完走できたという達成感でいっぱいになった。
タイムは2時間12分3秒。スタッフの予想よりも速いタイムだ。それが、どれくらいの速さなのかハーフマラソンがはじめての私には見当がつかない。
完走できたこと、予想タイムよりも早くゴールできたことが、私の8ヵ月間の練習の成果なのだ。そして自分で決めたことを実現できた自分、こつこつと積み重ねる努力をつづけることができた自分……。そうした体験を味わうことができたこと。それが今回のマラソンに挑戦したことへの、ご褒美なのだ。

<br /><br /><h1>2009.10  「私がNYCハーフマラソンで得たもの」</h1><br /><p>

走りはじめたころ、「どうして走るんですか」と聞かれ、答えに窮したのだが、いまならこう答えるだろうか。「自分で走ると決めたから。ただ、それだけ」と。
シンプルななかにたくさんのよろこびを詰められるかどうかは、そのひと次第――。そう、それが身体ごとわかったことが一番の成果なのかもしれない……!

今回のマラソンへの挑戦は雑誌、『VOCEプラチナム 2009年秋号』(10月1日発売・講談社)に掲載されています。ちなみに、この号は70数ページに及ぶ私の特集で、表紙にも出演しています。手にとって読んで、そして見ていただけるとうれしいです!

NYC Half-Marathon
Distance:13.1 Miles, 21.1 Kilometers
Date/Time:August 16, 2009, 7:00 am
Location:Central Park to Battery Park, NYC
Weather:77 degrees, 74% hum., wind 6 mph.

           
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