連載・藤原美智子|2010年10月エッセイ「自然遊びがマイブーム」
「自然遊びがマイブーム」 (1)
最近、自然のなかで遊ぶことが多くなった。静岡 下田市の海辺に週末の家を構えたことが発端なので、海はもちろんのこと、今年の夏は川辺でピクニックをするというのが我が家のお気に入りの遊びだった。それというのも夫がフライフィッシングをするようになり、よく釣りをする川の近くにピクニック用のテーブルやイスを広げたり涼んだりするのにピッタリの場所を見つけたからだ。
文・写真=藤原美智子
気分を盛り上げるために欠かせない小道具
ピクニックに行く日の朝は大忙しである。なにしろ“かたちから入る”のがわが家流なので、用意をするものがたくさんあるのだ。まずはオープンサンドイッチ用の具材の野菜やチーズ、ピクルス、カリカリに焼いたベーコンや目玉焼き、デザート用の果物をそれぞれタッパーに詰め込み(ときには夏野菜たっぷりのラタトゥイユも)、粒マスタードやケチャップ、マヨネーズ、ウスターソース、塩、こしょうなどを専用のかごにセット。トーストにしたパンはバターを塗って布ナプキンで包み、そして結構な重さになるのは覚悟のうえで、グラスやお皿、カトラリーなどは紙やプラスティックではなく家で使っているものを持っていく。テーブルや人数分のイス、それにテーブルクロスも忘れてはならない。なにしろ、それをテーブルにサーッとかけるだけで、一緒に行った皆から「おー!」という感嘆の声が出るのだ。気分を盛り上げるためには欠かせない小道具なのである。ほかには、バトミントン道具や草の上に寝転ぶためのラグも必需品だ。川辺に着いたら、それらをセッティングする。そして各々が好きなものを好きなように具材をトーストの上にトッピングしながら食べるという寸法だ。
食後は、男子たちは釣りに。女子たちは脚がパイプ製の折りたたみのイスを川のなかに持ちこんで足を冷やしながらオシャベリしたり本を読んだり、あるいはバトミントンをしたり昼寝をしたりなどなど。自然のなかにいると、それこそ自然にノンビリと時を過ごしたくなる。川の流れの音や鳥の声、風の気持ちよさなど自然の恩恵に身を任せたくなる。すると、大きく伸びをしたように身体も気持ちもフワーッと緩んでくる。アクセクと気忙しく過ごしている日々がリセットされる──。これが、私が“川辺のピクニック”を気に入った理由なのかもしれない。もちろん自然のなかで、皆で食べるランチ(ビールや白ワインも!)が最高においしいことも!
はじめてのことを体験すると体中の細胞が活発になる!
さて、これからの季節は山登りだ。最近、“山女(やまじょ)”ブームだが、私も昨年、ご多分にもれずデビューをした。登ったのは、下田にある寝姿山や長九朗山など登りやすい高さの山なのだが、どちらも途中で登山コースをまちがえてしまい少し冷や汗をかいてしまった。おもしろい体験ではあったのだが、どんなに簡単そうな山でも自然を軽んじてはダメ、油断は禁物という山登りの鉄則を、はじめたそうそうに体験することとなった。
そんな山登り初心者の私だが、もちろん格好はいっぱしの登山家ふうだ。なにしろ専門店でウェアや靴、小物にいたるまで“あーでもない、こーでもない”と時間をかけて選んだのだから。でも時間がかかった本当の理由は、いつもの洋服選びとは少しちがう観点でモノを選ばなければならなかったから。たとえば、“これぐらい鮮やかな色のウェアのほうが山のなかで目立って、なにかあったときに見つけてもらいやすいだろうな”’と、いままで着たことのない色を選んだり、“インナーは軽くてあたたかいフリース素材のものにしよう”と着たことのない素材を選んだり。ただ“かわいい!”だけではなく、安全や機能の面も考慮しなければならない。当たり前のことなのかもしれないが、初心者の私にしてみれば「ほー、こういうものが適しているのか」と知らなかったことも多くて、久々、モノ選びが新鮮で楽しかったし、得をした気にもなった。なぜなら、私ははじめてのことを体験すると体中の細胞が活発になると信じているからである。
「自然遊びがマイブーム」 (2)
私たちは自然のなかで生かされている
ところで肝心の山登りの感想は「気持ちよくて、楽しくて、うれしい」。空気のおいしさや景色のきれいさは気持ちがいいし、地を感じながら考えながら、ときには「オットトー」と足を踏み外したりしながらも一歩一歩、歩を進めるという行為そのものが楽しい。遥か遠くに思えた頂上が、いつの間にか目の前! というときの感激がうれしい。「へぇー。いつの間にか、こんなに登ってきたんだー!」と我ながら驚くやら感心するやら。歩を進めると必ず目的地に着けて達成感を味わえる、自分の脚を使って辿り着けるから感動もする。そこに山登りの醍醐味があるのだろう。
もちろん、持っていく食べ物も忘れてはいない。山登りにはなぜか、おにぎり弁当が合う。おかずは卵焼きと手羽元のつけ焼き、お漬けものが定番。それを下界の風景を見下ろしながら食べる気持ちよさとおいしさは家で食べるときとはまたちがって、病みつきになりそうなほどだ。それに、なぜか食べものがとってもありがたく感じる。だから、よく味わって食べる。いつも、これぐらい味わって食べたいものである。そうそう、なにかあったときに備えてチョコレートも必需品である。
それにしても山のなかに“入る”と、普段は“ひとはひと、自然は自然”と感覚的にも距離があったことを痛感する。たとえ新緑や紅葉に“きれいー”と遠くから見て感激したりありがたく感じたりして“自然”を身近に感じても、それはあくまでも外から眺めたひとごとのよう。それが自然のなかに一歩入ると、その存在感も感激もありがたさも何倍も強まる。自然に対して畏敬の念を覚えるというが、本当にそうだ。そして、私たちは自然のなかで生かされているという気持ちになる。ひとが偉いのではなく、自然が偉大なのだと。でも残念なことに、というか私が凡人だからなのか下山して時間が経つと、そうした感激も感謝の念も薄れてくる。だから、その感覚を甦らせるためにも今年もまた登りたいと思っている。もちろん、おにぎり弁当とチョコレートをリュックに詰め込んで……!