第11回 調香師は、アーティスト
Beauty
2015年3月18日

第11回 調香師は、アーティスト

パフューマー新間美也さんと、
“日仏フレグランス文化” の違いを考える

その1 調香師は、アーティスト

『恋は香りからはじまる』 (飛鳥新社) というエッセイを読み、フリーランスの調香師としてパリと静岡を拠点に活躍する日本女性がいることを知りました。新間美也 (しんまみや) さんです。
日本ではまだ珍しいかもしれない 「調香師」 の仕事とはどのようなものなのか、フランスと日本の香水に対する認識はどうちがうのか、また自分の魅力を演出することにかけてフランスの女性が抜きん出ている理由は何なのか……。
聞いてみたいこと、話し合ってみたいことを山のように抱えて、新間さんに会いにいきました。

text by NAKANO Kaoriphoto by Jamandfix

飛鳥新社にて。新間さんが手にしているのが自著『恋は香りからはじまる』です

情熱と根気で獲得する、絶対嗅覚

中野香織 はじめまして。新間さんのエッセイ、楽しく拝読しました。お目にかかれて光栄です。今日は新間さんご自身のキャリアや香水観をはじめ、パフューマーというお仕事のこと、フランスと日本の香水文化のちがいなど、いろいろな角度からお話をお聞かせいただければうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。

新間美也さん こちらこそ、よろしくお願いします。

中野 日本では 「調香師」 というと、香料会社や食品会社のラボで、白衣を着て化学式と取り組んでいる研究者のイメージが強いのですが。新間さんはOLを経て 「調香師になろう」 と思い立ち、単身、パリに向かわれたのですよね。いったいどうして?

新間 実は、調香師という職業があることすら知らなかったんです (笑)。OLをしていた頃にある女性誌を読んでいたら、調香師のインタビュー記事に出会ったんです。「調香師の仕事は作曲家と似ている。音を組み合わせてドミソなどの和音を作ることと似ている」 というようなことが書いてあって。

中野 香階ですね。作曲にご興味があったとか?

新間 小さい頃からピアノを習っていたんですが、先生が 「じゃあ作曲もやってみましょうか」 と気楽にやらせてくれる方だったんです。表現する楽しさの記憶が音楽と結びついているんですね。OL時代は自分の気持ちもはっきり言えず、自分が自分じゃない気がしていました。調香っていうのは作曲と同じように自分の気持ちを代弁する手段にもなるのか……ということを知り、いいなあ、やってみたいなあ、と。

中野 鼻はよいほうでいらしたんですか?

新間 小さい頃から 「このお肉は大丈夫か?」 なんて聞かれていたことはありましたけど (笑)。いちおう、パリに行く前にはお医者さんにみてもらいました。

中野 調香師向きの鼻かどうかってことを?

新間 いえ、ふつうに機能してるかどうか、ってことだけです。

中野 いいんですか、ふつうで (笑)? ふつうの鼻でも調香師になれるんですか?

新間 ええ、特別によい必要はないんです。正常に機能してさえいれば。いちばん大切なのは、情熱。それから継続していける根気ですね。

中野 情熱と継続。なにをやるにしても、ですね。

新間 とくに調香の仕事はけっこう根気がいるんです。最初は何百種類という香りの素を覚えることから始めます。このにおいがこれ、とわかるまで。それこそ絶対音感のように。

中野 絶対嗅覚?

新間 そう、絶対嗅覚 (笑)。和音を分解して、そこに何が入っているかわからなくてはいけない。さらに頭のなかでそれを組み立てて香りを作っていけるように訓練するんです。

調香師は、アーティスト

中野 一人前になれるまでの訓練期間は?

新間 人によって差がありますが……。2年間ぐらい先生について習い、さらに実際に作っていく段階で、商品として求められるものなのかどうか、見極めていかなくちゃならない。常に時代が求める香りを意識していなくてはならないので、その辺の研究も含めると……。

中野 終わりはない (笑)。公の機関が定める資格みたいなのは、あるんですか?

新間 フランスでは聞かれたことがないですね。調香って、アートなんですよ。作曲家に資格がないように、調香師にも資格はありません。パフューマーはアーティスト、っていうのが、フランスでの位置づけです。

中野 そうか、調香は芸術! 調香師っていうから、美容師や調理師みたいになにか資格がいるのかとつい思っちゃいましたが。調香家って呼ばなくてはなりませんね。

新間 作曲家や画家のように(笑)。

中野 それに日本の調香師にはなんというか、学会で研究成果を発表したり、白衣を着て仕事したり、どこか化学者の延長のイメージが強くありませんか? もちろん全員がそうとは限らないんですけど。においの構造式のような難解な記号を読み解ける人たちだし。

新間 構造式がわかることは必須ですが、それほど重要でもないんですよ。たとえばバスクリンの調香には化学式が必要で、それはやはり専門に勉強してきた方が研究室で白衣を着て作ったりはします。でも、たとえばシャネルの調香師は、ヘビースモーカーですよ。

中野 エルネスト・ボーですよね。……って、たばこ吸っていいんですか調香師さんが!?

新間 調香の真っ最中にも吸ってるようですよ (笑)。たばこを吸っているときの香りは、彼にとってニュートラルなんです。だから、作っているときにも気にならない。人生を楽しもう、その楽しみの中から香りを作り出そうっていう考え方なんです。

中野 なるほどたしかに、香りは芸術、という捉え方をすれば……

新間 構造式の正確さうんぬんの問題じゃなくなりますよね。音楽も絵も、技術がどうのというよりも、感動を表現したもののほうが、人の心を打ちますもの。香水の仕事をやっている人たちに 「なぜこの仕事を?」 って理由を聞くと、何かきれいなものが作りたかった、人生を楽しみたかった、という答えがほとんどですよ。

中野 日本とフランスのフレグランス文化、そもそも作る人の立ち位置から根本的に違っていたのですね! 化学式に通じた研究者と、人生の感動を表現するアーティスト……。これはちょっと興奮ものの発見でした。

その2「日本とフランス、それぞれの文化における香水の意味」に続く

新間美也ホームページ
http://miyashinma.jp/index.html

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(新間美也著)

飛鳥新社
1,575円(税込)

パフューマー新間美也さんと、<br>“日仏フレグランス文化” の違いを考える<br><br>その1 調香師は、アーティスト

香りに恋してパリに飛び立って以来、著者がそこで体験した出来事をもとに書かれたパリの香り事情。
パリジェヌたちが教えてくれる、香りの使いこなし方、そして、香りと恋のたしなみ方について……。
パリの香りに満ちたお話です。

           
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