第4回 調香師系フレグランスの楽しみ方:実践編
第4回
調香師系フレグランスの楽しみ方:実践編
倫理的なモテ
中野 「においたつような人……って思わずわたくしのなかの<おやじ>が反応して出てきてしまったのですが(笑)。あたりを輝かせるような、という暗喩的な意味での<においたち方>は歓迎されますが、香水そのものがプンプンにおいたってる人はちょっと敬遠ものですよね」
田代 「ええ、フレグランスはつけ方によってずいぶん変わります。外に向かってプンプンさせるのはどうかと……。香りは人によって好き嫌いが分かれますから」
中野 「それが人工ムスクたっぷりのものだったら……おそろしい(笑)。ちなみに田代さんは、フレグランスをどこにおつけになりますか?」
田代 「おなかです」
担当編集者マコトくん 「ええっ!? おなか?」
中野 「ああ、わかります。わたくしも、乳間につけますから(笑)」
田代 「体の前面、要は、自分が香りを楽しむため、ですよね?」
中野 「そうそう、まさしく、自分がいちばんその香りを堪能できるような場所、なんです」
担当編集者マコトくん 「でも、香水って異性にモテるために使う人のほうが多いんじゃないですか?」
田代 「う~ん……。自分がその香りによって気分が華やいだり、元気になったりして自信をもつ。そうして自分に自信をもった結果、モテにつながる。これで、どうでしょう?(笑)」
中野 「すばらしい! 異性を下等動物みたいに見なして、フェロモン効果でひきよせる、なんて理屈よりも、はるかに<倫理的>ですね!」
田代 「売り場でも、面接に合格する香りをください、なんていうお客様がいらっしゃることもあるんですが、一般的に好まれるかんきつ系、水系などを紹介しつつ、お客様がどんなものがお好きか、をうかがって選んでいただいていますよ。結局、自分が快いと感じなければ、自信も感じられませんから」
中野 「他人を意識してつけるときは、たとえば平安貴族の<追風用意(おいかぜようい)>の気持ちでつけるのもいいんじゃないでしょうかね? 立ち去るときにだけ、風とともにふわっと香る程度に」
担当編集者 マコトくん 「へえ……。日本人って昔から繊細な感受性をもっていたんですねえ……」
香りとトレンド
中野 「いまはバッグを筆頭に、旬のトレンドのもので売れ、っていう感じが強くなっていますが。田代さんは、フレグランスのトレンドなんて、意識して買い付けをなさいますか?」
田代 「わたしはむしろ、トレンドをつくらないようにしています。クラシックなものを揃えて、売り場に行けば必ずある、という安心感を与えていきたい。これってしばらくやりますよね?と気にする方がいらっしゃるので、あれはもうやめました、っていうのはお客様に申し訳ないと思っています」
中野 「まあ、それは田代さんらしい。あの売り場は、田代さんのパ-ソナリティも反映しているんですね。トレンドに流されない確たる芯があって、それが清潔感として漂っているような……。ファッション系のフレグランスは、たしかに<時代>のさなかには「いま!」って感じを与えてくれますが、古くなるのも早い気がします」
田代 「いかにも80年代の香り、とか(笑)。ファッションフレグランスは、ファッションのイメージをより高めるためのフレグランスですから、それはそれでいいんです。売り場全体のなかで多く売れるのはやはりファッションフレグランスですし」
中野 「つける人自身の<パーソナルな時代>とも濃厚に結びつきますよね、香りは。 21歳の青かった時代の記憶、とか、あきらめる術を覚えた33歳の記憶、とか……」
新しい感情、新しい人格を誘導する香り
田代 「香りとともに当時の記憶もよみがえる(笑)。だからかどうかはまた別問題ですが、わたしはアーティスト系のフレグランスでも、同じものには戻りませんね……。新しいものを発見すると、そっちに行きます」
中野 「あ、おんなじです。どんなに<これイノチかも>と思った香りでも、次のシーズンになると、ダメです、戻れないですね。新しい香りに出会ってしまうと」
田代 「新しい香りを発見するってことは、ああ、こういう自分もいていいなあ……って自分に対する意識が変わることでもあるんですよね。たとえば最近では、フレデリック・マルの<カーナル・フラワー>っていう新作には、そんな衝撃がありました。クールなのに、官能的。こういう自分もいていい、ってふうに気持ちを積極的に切り替えたいときにつけたりもします」
中野 「そうそう、感情とか、自分に対する意識を変える力がありますよね、フレグランスには。だから<新しい感情の次元>とか<これまでになかった自分>を発見してしまうと、戻れないのかもしれません」
田代 「だからこそ、何種類かもっていて、気持ちの切り替えに使うという楽しみ方ができるんです。一日の中でも、時間によって変えていったり、とか」
中野 「その点、男性は頑固な方が多いかもしれないですね。ひとつ<オレのにおい>を決めたらそればっかり、とか。これもひとつの美しきアティテュードですが」
担当編集者マコトくん 「生涯、紺ブレでいく、みたいな(笑)」
香りを表すボキャブラリー
田代 「売り場でも、いろんな楽しみ方があることをお客様に伝えるようにはしているんですが。専門用語を、いかにわかりやすく伝えるか、これがけっこう難しいのです。かいだ感じを自分のことばで言ってみるなど、工夫はしているのですが。香りを表現するボキャブラリーは、まだほんとうに少ないのです」
中野 「ワインブームが来たとき、ワインにまつわる独特の表現もどっと入ってきましたよね? 香水が文化として根付くためには、免税店では売ってないような芸術的フレグランスの紹介とともに、まずは香りをめぐる豊かなボキャブラリーも必要なんじゃないか、と思います。たとえば正体がわかりにくい成分の羅列ってありますよね? <アンバー、ブルガリアンローズ、シベット…>とか。これを解説しつつ、<マッコウクジラの胃の中の腐敗物と、午前4時50分から6時までの間につみとったブルガリアのバラの香り、そして良質の牛肉のみを食べたジャコウネコのお尻の分泌物が、らせん状に香る>……ってどうでしょう?
担当編集者マコトくん 「……ますますわからないんですけど……(笑)」
この項、了