第2回 伊勢丹メンズ館フレグランス売り場にて
第2回 伊勢丹メンズ館フレグランス売り場にて
フレグランス学徒の聖地とも呼びたい場所のひとつが、ここ。
東京・新宿の伊勢丹メンズ館である。
セルジュ・ルタンス、ロレンゾ・ヴィロレッツィ、メートル・パフュメール・エ・ガンティエ、アクア・ディ・パルマ…などなど、およそ香水好きならば思わず背筋がのびてしまう、アーティスティックなブランドがさほど広くない売り場のなかに、すべて、すっきりと、無駄なくそろう。
文/中野香織
フレグランス学徒の虎の穴、
「フレデリック・マル」コーナー
なかでも、入り口から足を踏み入れて左側にある、濃密な空間。
冷蔵庫、2本の巨大な円筒、そして壁にかけられた9人の外国人の肖像写真が視界に入る。
いったい、ここは何を売るところなのか?
ほかならぬ、「フレデリック・マル」の売り場である。
正式には、「エディション・ドゥ・パルファム・フレデリック・マル」。
「パルファム・クリスチャン・ディオール」の創始者であるセルジュ・エフトレール・ルイシュの孫、調香師フレデリック・マル(わたくしと同じ、1962年生まれです)が選んだ9人の調香師が創造したフレグランスのコレクションである。壁に飾られる肖像は、その9人。贅沢な成分、イマジネーションの豊かな躍動を感じさせるフレグランスは、まぎれもない、芸術品である。
この芸術品の品質を一定に保つため、フレグランスはすべて中が見える冷蔵庫に保管されているのである。
2本の巨大な透明の円筒、これは試香のための装置である。
パリから運ばれてきた、というこの巨大円筒のなかに、しゅっとフレグランスを一吹きする。その後、顔を円筒のなかに入れる。そうすると、香りの広がりを空間のなかで体感することができるのである。試香紙の「紙のにおい」(!)に妨げられることもなく。
苦いオレンジの香り
ちなみに、わたくしがこの夏、どっぷりはまったのは、このコレクションのひとつ、ジャン=クロード・エレナ作の「ビガラード・コンサントレ(BIGARADE CONCENTREE)」、苦オレンジの香り、である。
一吹きすると、絞りたてオレンジの新鮮な香りで幸福感に満たされる。
少し時間が経つと、フレッシュな幸福と感じた香りのなかから、かすかに苦みが広がっていく。
このグレイッシュな苦みが、心に静かな落ち着きを、長く与えてくれる。
ボトルの中身が終わる頃には、少量の「苦み」は静かな幸福の持続に不可欠なのかもしれない、とまで考えていた。
メンズフレグランスではなく、メンズ的発想のフレグランス
ところで、こんなすばらしい売り場には、当然、立役者がいるのだが、
その人こそ、伊勢丹のフレグランスのバイヤー、田代直子さんである。
伊勢丹メンズ館をリモデルするにあたって、「男性用品」をただこっちにもってくるだけでは意味がない、と田代さんは考えたそうである。そこで、こういう切り口から、発想してみたという。
「男の人は、何に関心があるのか」
「男の人は、どんな買い物の仕方をするのか」
デザイナーのオーダー会をやれば、靴でもワイシャツでも、男性は、集まる。
また、男性は、成分にこだわりがあって、歴史などのウンチクが語れる商品であれば、嬉々として、手に取る。
ならば、フレグランスも、「人」や「歴史」や「成分」に焦点を当てた、これまでとは異なるまったく新しいやりかたで、できるのではないか。
その結果が、調香師に焦点を当てた、いまの品揃えになった。
メンズフレグランスではない、<メンズ的発想のフレグランス>ですね、と田代さんは売り場のラインナップを総称するのである。