第1回 においをあらわすことば
第1回 ウォーミングアップ
「においをあらわすことば」
フレグランス、ということばをタイトルに使いましたが、それは、香水ビジネス業界に携わるかたがたのことばづかいの慣例(と見えたもの)に従ってみたまでです。
香水売り場にまいりますと、「パルファム(parfum)」「オー・ド・トワレ(eau de toilette)」にはじまり、固体の練り香水や乳液状のボディクリームなど、ありとあらゆるよいにおいの製品が並んでおりますが、それらをひっくるめてなにか語るとき、バイヤーさんたちは、アバウトに、「フレグランス」と呼んでいます。
「香水」には女性用というイメージが濃厚につきまとうけれど、「フレグランス」ならば男性でも抵抗がない、という事情もあるようです。それはそれで流通していることばとして、尊重したいと思います。
<Perfume, Fragrance, and Aroma>
とはいえ、本道場では、まず基本として、「よいにおい」を表すいくつかのことばの、本来の意味のちがいを確認しておいたほうがよさそうです。高みをめざすために、まず、思考の土台となることばの基礎をがっちり、ってところです。
話を英語にかぎらせていただきますと、次のような感じ。香水の専門用語で使われる意味とはまたちょっとちがってくるのですが、ここでは、あくまで、一般的に使われることばのニュアンスのおさらいです。
Perfumeは、自然または人工の、強い豊かなにおい。
Fragranceは、とくに樹木や花、草などの発する、新鮮でかぐわしいにおい。
Aromaは、いくぶん刺激的なこうばしい香り(コーヒーのアロマ、とか)。
<Odor, Smell, Scent, Stench、and Stink>
「におい」を意味することばじたいも、ついでながら、区別しておきましょう。
Odorは特有の「におい」を意味しますが、においを発する源に重点があります。人間の体臭とか。「デ・オドラント」は体臭消し、ですね。
Smellは「におい」を意味する一般的なことばですが、形容詞をともなわないときには臭気をあらわすのがふつう。わざわざ形容詞がついてよいにおいにしてしまうときも、なんとなく、うさんくさい感じがします。たとえば、「成功の甘き香り」こと、sweet smell of success とか。
Scentは、ほのかで、かすかなにおい。アル・パチーノの盲目演技が光った「セント・オブ・ウーマン」はこのセントですね。
Stenchは、不潔でむかつくような、嫌悪感を催させるにおい。死臭なんかにはstench of death とこのステンチを使います。
Stinkも鼻持ちならない臭気。「いやななつ」のことをスティンク、と呼んだりとか。
<手にバラの残り香、かかとにすみれの涙香>
おーっと、くさいほうにいってしまいましたが、フレグランスに戻って話をしめくくりたいと思います。
Fragranceをめぐる、すてきなことばがあるんです。(説教くさく感じられたら、ごめんなさい!)
The fragrance always remains in the hand that gives the rose.
バラをだれかにあげたその手には、かならずバラの香りが残る。
Forgiveness is the fragrance the violet sheds on the heel that has crushed it.
スミレを踏んだ靴のかかとにただようスミレの香り、それはスミレの許しである。
解釈はいろいろあるでしょうが、次のように、わたくしは受けとめました。
バラ=戦利品をだれかに惜しみなくあげても、よいではないか。手には戦利品そのものよりも価値があるバラの香りが残るのだから。
踏みつけられて芳香を放つスミレを思い浮かべながら、先日、子供たちを理不尽にも学校で虐殺されたアーミッシュの人たちが犯人の家族にとった態度を連想しました。
自分たちのつらさをぐっとこらえ、犯人の家族に静かな許しを与えるアーミッシュのかたがたに、スミレの香りを感じとり、涙せずにはいられませんでした。
この項終わり