フェラーリの聖地、マラネッロを行く Vol.2|Ferrari
Ferrari|フェラーリ
フェラーリの聖地、マラネッロを行く Vol.2
技を伝承すること、パッションを共有すること
イタリア・モデナ県マラネッロに本社を構えるフェラーリ。連載1回目は、その心臓部ともいえるファクトリー内部に潜入したが、今回は往年の名車を管理する特別部門「フェラーリ・クラシケ」と、プライベーターのためのF1マシーンや、スペシャルモデルを管理する「コルセ・クリエンティ」を案内したいとおもう。
Text by Akio Lorenzo OYA Photographs by Fabrizio Gremo
ヒストリック・フェラーリのサービス部門「フェラーリ・クラシケ」
フェラーリのヒストリックカーサービス「フェラーリ・クラシケ」は、2006年に設立された部門である。部屋のドアを開けた途端、古いクルマ特有の香りに包まれた。新車のファクトリー・ツアーのあとだけに、それはさらに強調される。同部門のコマーシャル&マーケティング・ダイレクター、マルコ・アッリーギ氏によると、現在の業務は3つである。
・オリジナル認定証明書の発行
・修復
・ヒストリック・フェラーリ用パーツの製作
オリジナル認定証明書は、古い車両が本当にフェラーリで製造されたものであることを確認するものである。アッリーギ氏いわく、シャシーの鑑定は実際の持ち込みが原則だ。いっぽう、「F40」「Daytona」「Dino」といった時代のモデルなら指定部分の写真のみで可能で、一般的な所要期間は3カ月であるという。日本や米国のオーナーは各フェラーリ正規ネットワークを通じても申請が可能である。
部門の一角には照会のための、歴代生産車種に関する膨大なアーカイヴ(書庫)も備えられている。修復業務は、部門設立から今日までに85台を手がけてきた。ヒストリックフェラーリでレースやラリーに参加する愛好家のための整備も手がける。とくに毎年忙しくなるのは、春のミッレミリア前だという。「ニュージーランドから参加のために、ここマラネッロまで持ち込むクライアントもいらっしゃいます」とアッリーギ氏は明かしてくれた。
アッリーギ氏自身は1978年に入社。「最初の仕事は308GTBでした」というエキスパート中のエキスパートである。ただし、スタッフ全員が彼のような熟練工出身かとおもいきや、それだけではないという。若手も共に働かせることによって、技の継承を図っているのだ。
新車のファクトリーで前回お伝えしたような近代的品質管理制度が導入されている傍らで、中世の職人師匠と弟子のごとく、レストア技術を伝えているのが興味深い。
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フェラーリの聖地、マラネッロを行く Vol.2
技を伝承すること、パッションを共有すること(2)
ヒストリックF1を販売、サポートをおこなう「コルセ・クリエンティ」部門
次に訪問したのは、︎「コルセ・クリエンティ」と呼ばれる部門である。フェラーリ ファンならその名を知らぬ者はいないフィオラーノ・テストコースの傍にある。こちらの主な業務は、下記の通りだ。
・プライベート・レーシングチームのサポート
・フェラーリ・レーシングデイズなどの主催
・ヒストリックF1(デビューから最低2年経過したマシーン)の販売とメンテナンス
マーケティング担当のフェデリカ・サントーロ氏は、「技術アシスタント、チーム運営の指導から、ホテル手配まで、トータルでプライベートチームのサポートをおこなっています」と胸を張る。マルク・ジェネ氏をはじめフェラーリの元F1パイロットも、運営に協力している。
続けてスポーツ部門技術ダイレクターのジャコモ・デッビア氏に話を聞いた。彼は1989年入社。F1の電装担当を、1991年からフェラーリがコンスラクターズチャンピオンとなった2003年まで務めた。「最後のサーキットは、スズーカ(鈴鹿)でしたよ」と懐かしげに語る。そののち、コルセ・クリエンティに配属された。
コルセ・クリエンティは、ヒストリックのフェラーリF1を購入する熱心なプライベート・クライアントへのサポートもおこなっている。そのレクチャーの難しさを、デッビア氏は語る。「F1は、わずか600kgの車体に800馬力のパワーをもつエンジンが搭載されています。一歩間違えれば、まさに石鹸が滑ってゆくがごとく飛んでゆくものなのです」。ファンならご存じのとおり、発進およびコーナリングでかかる加速度も、並大抵のものでない。
それでも、フィオラーノでトレーニングを数日にわたり積めば、顧客はある程度操縦できるようになるという。F1を手に入れる資力のあるエンスージアストは、果敢なチャレンジ精神と体力も持ち合わせている、と筆者は改めて確信した次第。
ちなみに彼の机の背後には、いくつものF1のステアリングホイールが厳重に保管された暗証番号付きのケースがある。「F1のステアリングはロックを外せば簡単に着脱できます。サーキットやイベントでの盗難トラブルを避けるため、大半のクライアントは、実戦でF1パイロットたちが使用したオリジナルを私たちに預けているのです」。
ボトルキープならぬ、ステアリング・キープである。最後にデッビア氏に、仕事の喜びを聞いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。「パッションをクライアントと分かち合うことです」。彼の口髭をたたえた顔は、輝いていた。