穂積和夫×中野香織 日本男児のダンディズムとは?(4)
穂積和夫先生に聞く(4)
日本男児のダンディズムとは?
文=中野香織Photo by Jamandfix
日本男児にはなぜスーツが似合わない?
穂積 幕末に背広が入ってきたでしょう? あの形式は、日本人も西洋人と同じ年月を着てるはずなのに、なぜ似合わないのか? 体格はよくなっているから、似合わないわけがない。それが問題だと思っています。
中野 着るものに対する考え方が根本的に違うからじゃないでしょうかね?
穂積 やはりファッションというのは教養としてとらえなきゃいけないと思っているのだが、日本にはそういうとらえ方がない。表面的なものにお金を使うのは、不良の始まりだ、とか思われてしまう。
中野 着るものに気を使うのは、軽薄で恥ずかしいことだという考え方が根強いんです。
穂積 江戸時代は、お金のある人がお金を使う、それで社会が成り立っていた。洋服を着るようになってから、そういう発想がなくなって、みんな平等でなければという思想になっちゃったんだね。変わったものを着ると、「なんだあれは」となる。
中野 スーツは「みんな平等でなければ」という思想を、促すような服でもありますしね。
穂積 ぼくが翻訳したおしゃれの本に、チャールズ・ヒックスの『男の着こなし』という本があるんですよ。それには、「スーツはセクシーではない」と書いてある。
中野 昔の男目線のスーツ観ですね。
穂積 ところがね、推理作家のスー・グラフトンという女性がいて、この人が書いたものを読んでいると、探偵役の女が、犯人にホレる。スーツがすごいセクシー、というので。
ホレちゃったからセクシーに見えたのか、それともほんとにスーツがセクシーでホレたのか?
中野 美術史家のアン・ホランダーは、『性とスーツ』という本のなかで、「スーツはセクシーである」と言い切っていますよ。私が10年ほど前に翻訳しましたが。
穂積 男自身が、長く誤解していたんだな。男の側がスーツはセクシーだと思っていなかった。
中野 自分ではセクシーだと気づいていないだろうなあ、というその前提のもとに、セクシーなんですよ。オレはセクシーだろうというのがちらとでも見えると、100メートルぐらいドン引きします。
穂積先生の「いいにおい」のもとは…?
穂積 あなたは香水が好きなの? 「オトコ香るガム」っていうの、見たことはないけど、興味がわいたなあ。
中野 穂積先生はグルーミングなど丁寧になさるほうですか? お肌、つやつやですよね。
穂積 化粧品はほとんど使わない。アフターシェイブローションだけ。それをつけて女子大の講義にいくと、何人かに「先生、いいにおいがする。香水は何つけてるの?」って聞かれるんだ。
中野 何をつけてらっしゃるんですか?
穂積 香水はつけてないよ。アフターシェイブだけ。トミー・ヒルフィガー。
中野 あら、若いブランドですね。
穂積 女子大生に「いいにおいがする」と言われてね。アフターシェイブだけだったんだけど、ひそかにオーデコロンをひとつ、買いました。
中野 か、かわいい……(笑)。
穂積 年とると加齢臭もあるから、気をつけないとね。
中野 首のうしろのほうから出るそうですよ。
穂積 首をよーく洗って待て、ってことか(笑)。
中野 そもそもトミー・ヒルフィガーを選ばれたのは、なぜ?
穂積 男性用化粧品売り場に行くとね、だいたい売り子さんが美人なんですよ。ほんとうはアラミスを買いに行ったんだけど、売り子さんが「新製品にこんなのが」とトミーをもってきた。
中野 販売員が美人だったので、トミーを(笑)?
穂積 それからそれにはまった。そんなきっかけも大事かもしれません。
中野 というか、男の人はそういうきっかけでもないと、香水を買わない(笑)。
価格と満足のバランス
穂積 それから時計だ。最近はすごい時計がたくさん載った本も出ているが。
中野 高級時計の世界は上を見たらキリがないですね。マンションが買えそうな値段の時計もどんどん出ているようで。
穂積 ぼくは機能先行で、針の回る時計で、文字盤が見やすい、っていうのが条件。こわれにくくて、めっきもはげない、最低、1、2万かそれくらいで、時刻さえわかればいい。
中野 今つけていらっしゃるのは?
穂積 三軒茶屋で見つけたんですが、とても見やすい。デザインは平凡で、とりたててグッドデザインというわけではないが、それだけにいちいち意識しないですむんだな。しかもなんと、1029円なんですよ。シチズンで。時計は高いもんだという意識がどっかにあったが、1000円で役に立つ時計があれば、それでいいんじゃないかという気がする。
中野 過熱して値段感覚がマヒしちゃってる時計ブームに警鐘をならしてください(笑)。
穂積 でもパイプはね、ダンヒルの高いやつほどおいしく吸えるんだ。
中野 ダンヒルだ、と思うからおいしい、ってことではなく?
穂積 そうじゃなくてやっぱり、いろいろ吸い比べてみると、ダンヒルがいちばんおいしく吸える。落っことしてなくしたんだが、痛恨のきわみだね。
中野 高価で、気に入っているものにかぎって、なぜかなくしやすいんですよね。
穂積 ブランドのよしあしはそういうふうにいろいろ、経験してみてわかる。ブランドだからって、名前だけで買っちゃうんじゃなくて。
中野 ばか高い時計をつけている人は、いい時計はやっぱり違うっていいますけど。きっと5000万円の時計にもその価格に見合ったよさがあるんでしょうね。
穂積 プライドとかね。満足できれば、それはそれでいいなあと思っている。自分で満足できるかどうかだね。
ダンディズムの条件に加えるべきこと
中野 いま、ダンディと言うことばを使うのが恥ずかしいという空気もありますけれど。昔はいかがでした?
穂積 ある程度、社会的地位もあり、センスのある人は、きちっとしたおしゃれをしていました。他の人もやっかんだりはせず、認められていましたね。戦前のことですが。
中野 特権的なおしゃれをする男性は、なんと呼ばれていました?
穂積 う~ん、なんだろうなあ……。伊達、かなあ……? そういえば陸軍の騎兵将校に、馬術でオリンピックの金メダルをとったバロン西という男爵がいてね。
中野 バロン西! 西竹一ですね。イーストウッドが監督した映画「硫黄島からの手紙」では伊原剛志が演じていた……。
穂積 馬具はぜんぶエルメスでね。ヨーロッパの社交界を席巻した東洋の貴公子なんですよ。そういう人間は硫黄島に飛ばされて戦死しました。死ななくていいのに。
中野 ほんとに惜しいことでした……。
穂積 華族だったからね。ある程度金持ちじゃないとできないってことはあるんですが、あまり若くないことってのも、ダンディズムの条件のなかにありますね。
中野 あまり若くないこと。たしかに。最盛期をちょっと過ぎた、ぎらぎらしたところの抜けた男の方こそ、おしゃれが似合うという感じはします。
贅沢とは?
中野 贅沢、リュクスということに関しては、どうですか? 戦前からみれば贅沢きわまりない生活がふつうになりましたが、そんな現代における贅沢ってどんなことでしょう?
穂積 お金を使う贅沢ばかりじゃなくて、お金をかけなくてもできる贅沢はあるのかな、と。「清貧」に走らずに、ね。
中野 それ、重要です。お金をかけない贅沢っていうと「一日絶食したあとたべるおかゆ」みたいな話になることがあって、なんかそれもちがうなあと。
穂積 自分の気持ち次第で、できるのかなとは思います。日本で今、お金があって贅沢している人で、趣味のいいヤツはいないですよ(笑)。
中野 本人が気に入っていればまあ、それは……。
穂積 一生、模索なのかもしれませんね。和の世界ではお祭りに行ったり、お座敷によばれていったりしますが、僕の「旦那」姿はコスプレの延長です。
中野 贅沢は非日常感覚のなかに楽しむものでもあると思うんですが、非日常感覚を味わうにはやはりコスプレが効きますよね。
穂積 このあいだ、芸者さんの前でうっかり、歌舞伎の桟敷席で見物したいなあと言ったら、「とれました」って電話かかってきたんですよ。団十郎の助六を。花道側で。
中野 すごいじゃないですか。
穂積 一番いいキモノを着て、芸者さんはちゃんと日本髪。
中野 時代錯誤……ではないですよね。歌舞伎世界の時代には合わせてる。
穂積 楽屋では不評サクサクだったみたいですよ。あいつら、なんだ、あれはナニモノだって。でも翌日になると「今日はああいうコスプレの客がいなくてつまんないな」って言われてたらしいけど(笑)。
中野 舞台上の人たちだって、張り合いがありますよ。客に気合が入っていれば。
穂積 休憩時間になったらこんどは客席からこっちに向けて、携帯でぱしゃぱしゃと。
中野 動物園状態ですね。
穂積 でも、あいつらナニモノなんだろうって思われるのは楽しいなあって思ったよ。役者でも噺家でもない……。
中野 存在感だけはある(笑)。
穂積 一生にいっぺんだけどさ。たいへんですよコレがかかって。終わったらちゃんと食事しなきゃいけないし、桟敷席二人前に花代……。でも、1000円の時計で満足してて、そういう機会に10万円近く使っても、それほどソンしたとは思わないんだな。
中野 一生に一度といわず、これからもぜひ、時々。
穂積 贅沢だなあ、と思えた日だったなあ。
中野 ああ、いいお話をうかがいました。