アウディ デザインの最前線 前篇|Audi
Car
2015年4月2日

アウディ デザインの最前線 前篇|Audi

Audi|アウディ

新&旧、デジタル&アナログ、独&伊―ことなる2つが生み出す

アウディ デザインの最前線 前篇

Vorsprung durch Technik──“技術による先進”をテーマに掲げるアウディ。それは、4輪駆動システム「クワトロ」や軽量化技術「Audi Ultra」、次世代パワートレーン「e-tron」をはじめとする数かずのテクノロジーとして具現化させている。そのいっぽうで、デザイン美への追求も彼らにとって大きなファクターのひとつ。9月のフランクフルトモーターショーでは、80年代のレーシングウェポンを現代的に解釈した「スポーツ クワトロ コンセプト」を出展し注目を集めた。そんなアウディのデザインはどのようにして生み出されるのか。大谷達也氏がその中心地ともいえる「アウディ デザイン センター ミュニック」をおとずれ、その秘密をさぐった。(後篇「クルマではない製品づくりからまなぶデザイン」はこちら

Text by OTANI Tatsuya

Photographs by OTANI Tatsuya & AUDI AG.

美術館とアウディの関係

ミュンヘンの「ピナコテーク デア モデルネ」は、20世紀から21世紀にかけて制作された世界中の芸術作品を展示する美術館として、パリの「ポンピドー センター」や「ニューヨーク近代美術館」とならぶ高い評価を受けている。


そのピナコテークでユニークな展示品の除幕式がおこなわれたのは、フランクフルトモーターショー開幕の翌日にあたる9月11日のことだった。


巨大な壁一面に取り付けられているのは、全長20cmほどのミニチュアカー。これは1980年に発表された初代「アウディ クワトロ」をかたどったもので、その数は合計で1,800個ほどになる。驚くべきは、このミニチュア クワトロを重さ7kgのアルミニウム インゴットから削りだすのに、1台あたりおよそ4時間を要することにある。かりに工作機械を24時間動かしつづけたとしても、1,800個を作るには300日もかかる計算だ。これを、ある芸術作品の背景として使ったというのだから、なんともぜいたくな話である。

Audi Sport Quattro Concept Art|アウディ スポーツ クワトロ コンセプト アート 04

Audi Sport Quattro Concept Art|アウディ スポーツ クワトロ コンセプト アート 10

この特別な“じゅうたん”の上に置かれた巨大なオブジェこそが、今回アンベールされた芸術作品の主役である「アウディ スポーツ クワトロ コンセプト」だった。そう、わずか1日前にフランクフルトショーのアウディ ブースでスポットライトを浴びていた「未来のスポーツ クワトロ」のモックアップが、ここピナコテークでは早くも芸術作品としてお披露目されたのだ。

ピナコテークはアート、グラフィック、建築、そしてデザインをあつかう4つの独立した美術館を集めた、いわば「美術館の集合体」。


ここで紹介する“アウディ デザイン ウォール”が展示されているのは、そのうちのデザインをあつかう「インターナショナル デザイン ミュージアム ミュンヘン」の一角で、今回公開された作品以外にもタトラ「T87」、フォルクスワーゲン「タイプ1」、ポルシェ「911」など、優雅な曲線をもつ自動車が何台も展示されている。

Pinakothek Der Moderne|ピナコテーク デア モデルネ 17

アウディは以前からこのピナコテークに協賛しており、3年前にはフルモデルチェンジしたばかりのアウディ「A8」をひとつの作品として展示したこともある。今回、アウディ デザイン ウォールが誕生した背景には、こうしたアウディとピナコテークの深い結びつきが存在していたのである。

Audi|アウディ

新&旧、デジタル&アナログ、独&伊―ことなる2つが生み出す

アウディ デザインの最前線 前篇 (2)

アウディにとって重要な「スポーツ クワトロ」

ピナコテークでの除幕式を取材した翌日、私はミュンヘン市内にある「アウディ デザイン センター」に招かれた。


住宅地に隠れるようにして建つその建物はじつに控えめで、品のいいアウディ デザインとどこかで通じ合っているような雰囲気を漂わせている。聞けば、心地よい環境のなかで自由に仕事に取り組むことが、デザイナーにとっては何よりも大切なのだという。


ここでは、現在アウディのチーフデザイナーを務めるウルフガング・エッガー氏の案内でデザイン作業の過程をつぶさに取材することを許された。そのスタジオの中央にどーんと置かれていたのが、やはりスポーツ クワトロ コンセプトである。


世界ラリー選手権を戦う初代「クワトロ」の戦闘力をさらに高めるため、極端なショートホイールベースとケブラーなどの軽量複合材をもちいて1983年に誕生したのが「スポーツ クワトロ」だが、それをモチーフとしたコンセプトカーが繰り返しとりあげられていた事実は、スポーツ クワトロがアウディ デザインにとっても、そしてアウディというブランドにとっても、じつに重要な存在であることをしめす証拠とかんがえてまちがいない。

Audi Sport Quattro|アウディ スポーツ クワトロ 21

Audi Sport Quattro

Audi Sport Quattro Concept|アウディ スポーツ クワトロ コンセプト

Audi Sport Quattro Concept

フランクフルトショーで発表されたスポーツ クワトロ コンセプトには、ブリスターフェンダー、幅広のCピラー、斜めのスリットで構成されたボンネット上のエアアウトレットなど、オリジナルのスポーツ クワトロを彷彿とさせるデザインモチーフが数多く採用されている。率直にいって、コンセプトカーらしい強烈なインパクトには欠けているものの、プロポーションの良さや細部まで丁寧につくり込まれている様は、現在のアウディデザインを象徴する一台だといえる。


そのいっぽうで、今後のアウディデザインへの提案も、派手にならない範囲でおこなわれている。シングルフレームグリルは内部のメッシュ部分が立体的な造形とされているほか、円筒の一部を切り取ったかのようなブリスターフェンダーにはまろやかな曲線が取り入れられ、現代的なスタイリングに無理なく溶け込んでいる。

Audi|アウディ

新&旧、デジタル&アナログ、独&伊―ことなる2つが生み出す

アウディ デザインの最前線 前篇 (3)

独伊が得意分野を出しあうところ

こうしたデザインは、どうやって生み出されるのだろうか?


他の自動車メーカーとおなじように、アウディでもコンピューター化されたデザインツールがもちいられているが、いっぽうで実物大のクレイモデルをもちいたデザイン作業もひきつづき大きなウェイトを占めているようだ。それとともにじつにユニークとおもわれたのが、彼らの紙テープの活用法である。

エッガーたちは、幅1cmにも満たない粘着性の紙テープをクレイモデルやドローイングボード上のデザイン図に貼りつけることで、ラインを微妙に変化させたときの効果を確認していたのである。彼らは、ほとんど無造作ともおもえるような手つきで紙テープを貼っていくのだが、そこで描き出された曲線は芸術作品にちかいうつくしさをそなえており、その手さばきの鮮やかさにはおもわず目を見張らされた。


紙テープを活用すればいちいちクレイモデルやデザイン図をつくり直すことなく、短時間で微妙な調整の効果を試せるので、より完成度の高いデザインに仕上げるには有効な手法だとおもわれた。

彼らがこだわっているのはエクステリアデザインばかりではない。たとえば、ボディを彩る塗装にしても、ボディパネルとおなじ素材をサンプルにもちいることで、量産車となったときにちかい色合いを確認できるようにしている。


しかも、そのサンプルにはボディのキャラクターラインをおもわせるプレス加工がほどこされているので、量産車同様、光と影によって微妙に色合いが変化している様子を見極められる。細かなことだが、デザイナーのイメージを正確に再現するためにはきわめて重要な工夫といえる。


いっぽう、インテリアでは見た目のうつくしさだけが要求されるのではなく、良好な操作性もあわせて追求しなければならない。このため、アウディはキャビンをクレイモデルで再現。ここに実際に乗り込んで各部の位置関係を確認することで、機能性とうつくしさを高い次元で両立しようとしている。

Audi Design Center|アウディ デザイン センター 34

Audi Design Center|アウディ デザイン センター 31

それにしても印象的だったのは、アウディのデザイン部門にイタリア系スタッフの多いことだった。いちいち彼らの出身を確認したわけではないが、言葉を交わすと、多くの場合、その英語にはイタリア訛りが混じっているのである。


フォルクスワーゲン グループ全体のデザインを統括しているのがイタリア人のワルター・デ・シルヴァ氏で、イタルデザインのジョルジョ・ジウジアーロ氏とも深い関係があるのだから当然かもしれないが、本来ドイツ人であるはずのエッガーまで、その英語にどことなくイタリア語的な響きが含まれていたことには、驚きを通り越しておかしささえこみ上げてくるほどだった。


ドイツのエンジニアリングとイタリアのデザイン。ふたつの国の特質を組み合わせることでより魅力的な製品をつくり上げることが、現在のアウディの重要な価値を生み出していることはまちがいないだろう。


後篇「クルマではない製品づくりからまなぶデザイン」へつづく

           
Photo Gallery