ロングドライブで体感したMP4-12Cの真価|McLaren
McLaren MP4-12C|マクラーレン MP4-12C
マクラーレンの目指すロードカーとは
ロングドライブで体感したMP4-12Cの真価
「マクラーレンMP4-12C」を国内で試す機会がついに訪れた。インプレッションの場としてわれわれが選んだのは、長野県の志賀高原に近い上林温泉。一般道、高速道、ワインディングを織り交ぜた、片道およそ250kmの道のりだ。ロングドライブで分かったこのクルマの本当の姿とは……大谷達也が試乗レポートする。
Text by OTANI TatsuyaPhotographs by ARAKAWA Masayuki
エポックメイキングなクルマたち
マクラーレンのロードカーについて語りはじめると、1冊の本ができあがる。
事実、世界最速のロードカーと謳われた「マクラーレン F1」を生み出したロン・デニスとデザイナーのゴードン・マーレイは、『DRIVING AMBITION』と題する大型本を2000年に刊行している。これはマクラーレン F1がいかにして考案され、開発され、そして数々の記録を生み出したかについての物語。その第1章として、レーシングチームとしてのマクラーレンを設立したブルース・マクラーレンの生涯が取り上げられており、そこにはブルースが1968-1969年につくり上げたロードカー「M6GTプロトタイプ」の写真3葉が掲げられている。
ここを出発点として「マクラーレン F1」が生まれ、「メルセデス・ベンツ SLR」が世に送り出され、そして2011年には「マクラーレン MP4-12C」が産声を上げた。この間だけでも大河ドラマに匹敵する数々の物語が誕生しているのだが、それらをすべて紹介していると、肝心のインプレッションに辿り着かない。だから、ここではマクラーレン・ロードカーの足跡を次の一文で要約させていただくことにする。様々な人々のおもいが詰まったマクラーレン・ロードカーの歴史の新たな1ページを切り開く作品が、ここに紹介するMP4-12Cである、と……
ディヘドラルドアを開けてこのクルマに乗り込む
いま、私は長野県の志賀高原に近い上林温泉に向けてMP4-12Cを走らせている。都心から250km余り。待ち合わせ場所の新宿で、特徴的なディヘドラルドアを開けてこのクルマに乗り込んだときから、私のこころはずっと穏やかなままである。妙な緊張は強いられないし、背中を押されるようにして精神が高揚することもない。冷静さを保ったまま、この高価なスーパースポーツカーを安全に移動させることだけに神経を集中できる。
なぜか? 理由はいくつもある。まず、前方と左右の視界が良好で、自分の周囲で起きていることが把握しやすい点。特に前方は、自分のつま先が見えるのではとおもえるほど、クルマの直前まで見渡すことができる。おなじく低いウェストラインのおかげで、たとえば交差点を右左折するときでも身を乗り出すような姿勢をとらなくて済む。ミドエンジンのスーパースポーツカーであることを考えれば、高速道路の合流などで必要な斜め後方の視界も悪くないし、ルームミラー越しに見える景色も多少天地に浅いだけで不満は抱かない。おかげで、全長4.5mのクーペボディをしっかりと自分のコントロール下においている実感を味わえる。
どっしりとしているようにさえおもえる直進性の良さ、乗り心地の良さも安心感を強めている。高速道路を100km/hで流すだけなら、ステアリングに片手を添えるだけで真っ直ぐに走りつづける。
路面のわだちで小刻みに進路が乱されることもないし、何かの拍子にいきなりリヤグリップが抜けるのではないかと不安を抱かせる兆候もない。それは、なにより4輪が滑らかに路面に追従している証拠だろう。その必然的な結果として路面から強い突き上げを受けることがなく、乗り心地は快適だ。
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プロアクティブ・シャシー・コントロールというマジック
「ヤワなサスペンションならハンドリングも鈍いはず」 そう考えるのは自然な流れだ。けれども、MP4-12Cに限っていえば、この公式は当てはまらない。ターンインの際のロール剛性は高く、おかげでレスポンスよく狙ったとおりのラインをトレースできる。
普段は柔軟にストロークするサスペンションが、ロールなどの不要な動きをピシャリと抑えてくれるのは、MP4-12Cが「プロアクティブ・シャシー・コントロール」という仕掛けを備えているからだ。これは、その名前から受ける印象とはことなり、サスペンション自らが伸縮しようとするアクティブ方式ではなく、ダンパーに工夫を凝らしたパッシブ方式のシステムである。その原理はヤマハの「X-REAS」と似ていて、前後左右のダンパーの油圧回路を相互に関連づけたものだ。
MP4-12Cのダンパーには圧縮側と伸長側の回路がそれぞれ用意されており、左右のダンパー間は圧縮側と伸長側が互いちがいに、前後のダンパー間は圧縮側同士と伸長側同士が連結されている。これにより、ボディが左右に傾くロールは
抑えながら、それ以外の路面からの入力には柔軟に対処する特性を実現させた。おかげで、乗り心地を悪化する要因となるアンチロールバーが不要となっている。これもMP4-12Cの乗り心地がソフトに感じられる一因だろう。
MP4-12Cとともにワインディングロードに足を踏み入れると、「プロアクティブ・シャシー・コントロール」のおかげで、ハイウェイをクルージングしていたときとはまったくことなる表情を見せる。ステアリングを切りはじめたとき、レスポンスの良さを不自然に強調するデバイスが存在しないこともあって、MP4-12Cはどちらかといえば穏やかな反応をしめす。
ただし、これはステアリング入力に対して的確に、そして正確にレスポンスするという意味であって、鈍いわけでもなければ遅れがあるわけでもない。そこからステアリングを切り増していくと、MP4-12Cのノーズは素直にイン側を向くが、そのときのヨーの立ち上がり方、つまりクルマが曲がろうとする力の発生する過程が、これ以上ないとおもえるくらい自然で扱いやすいのだ。
いや、これだけではまだMP4-12Cの本当の姿を伝え切れていない。MP4-12Cのコーナーリングはナチュラルで穏やかなものだが、絶対的なスピードは呆れるほど速く恐怖を感じるくらいだ。ただし、その恐怖感はクルマから伝わってくるものではなく、コーナリングスピードの絶対的な高さから意識されるものである。
実際のところ、並みのスポーツカーをはるかに凌駕する速度域でコーナーリングしていても、優れたロードホールディングのおかげで神経質な動きは一切見せない。ひたすら安定した姿勢を保ちながら、気がつけばとんでもない速度域に到達している。そんな調子なのだ。
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言葉にできないほどの恍惚感
MP4-12Cのコーナーリングをチェックしているとき、路面のつなぎ目に乗り上げて軽く車体が浮き上がり、リヤがじわりとスライドしたことが何度かあった。このときのスピードがどれくらいだったかは想像にお任せするが、私は何の緊張も覚えることなく、わずかなカウンターステアでその場を切り抜けたと記憶している。
なぜ、このような曖昧な表現になっているかといえば、まったく申し訳ないが明確な記憶が残っていないからだ。いや、クルマがスライドしたのは間違いない。けれども、自分の意思でカウンターを当てたのか、それともクルマにそう教えられてステアリングを逆向きに切ったのかが判然としないのだ。いずれにせよ、私の動悸が高まることはなく、またMP4-12Cが不安定な挙動に陥らなかったことだけは、いまもはっきりと思い返すことができる。
どこまでも冷静なままステアリングを握っていられるMP4-12Cは、ドライバーの精神を高揚させるスポーツカーとしての魅力を持ち合わせていないのではないか? そんな疑問を抱く向きもあるだろう。
けれども、私はワインディングロードを攻めながら、MP4-12Cとの対話を満喫した。時には、言葉にできないほどの恍惚感を味わった。ただし、それは自分の身の危険と引き替えに手に入れたものではなく、質の高いスポーツドライビングという知的な作業を通じて得た歓びだった。
おなじ歓びは、高速道路を坦々と巡航しているときにも味わうことができた。圧倒的に質の高いクルマを走らせていることによる感動は、ある意味、ロール・スロイス「ファントム」と共通するものだ。
もっとも、両者のハンドリングや乗り心地が似ているわけではない。クルマの質の高さが歓びに通じるというその構造が、ロールスとマクラーレンとではよく似ているのである。
DATA
湯宿せきや
長野県下高井郡山ノ内町上林温泉
問い合わせ|湯宿せきや
Tel. 0269-33-2268
http://www.yuyadosekiya.com
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マクラーレン総帥、ロン・デニスからスポーツカーへの解答
こうしたMP4-12Cの方向性は、マクラーレン・グループの総帥であるロン・デニスが定めたものではないのか? 私にはそうおもえてならない。完璧主義者のデニスであれば、質の高いスポーツカーで乗り手を楽しませるというあたらしい手法をおもいついたとしても、まったく不思議ではないからだ。
それとともに、やはりMP4-12CにはマクラーレンF1チームの哲学が色濃く反映されているのだろう。「レーシングチームがつくったクルマなら、ハンドリングはとびきりシャープで、運転している間中、ずっと心臓がドキドキしているんじゃない?」 その考え方は残念ながら正しくない。250km/hを越える速度域で命がけのバトルをおこなっているとき、クルマが不安定な動きを見せたらどうだろう? ドライバーの体内にアドレナリンが駆け巡り、正常な判断を妨げるようなクルマだったらどうだろう? そんな危険なレーシングカーに乗りたがるF1ドライバーなどいない。彼らは間違いなく、自分の生命を安心して委ねられるクルマを選ぶはずだ。
そして、それこそがまさにMP4-12Cの本質だとおもう。子供だましの仕掛けはない。F1のデザインを表面的に真似ただけのギミックもない。あるのは、妥協を許さない本質の追求である。そしてそれは、マクラーレンF1チームの思想と軌を一にするものである。そういえば、MP4-12Cの操作系は非常に整然としていて扱いやすい。スペースの使い方も無駄のない効率的なもので、これまでのスポーツカーには見られなかった発想が採用されている。まして、F1のコクピットを真似たものなどひとつもない。けれども、理想のドライビング環境を作り出すその考え方は、本質的な部分でF1のマシンつくりと共通しているようにおもえた。
カーボンファイバーをもちいたモノコック、600psを生み出す3.8リッターのV8ツインターボエンジン、シームレスシフトを採用したマクラーレンの7段デュアルクラッチギヤボックス、そして独創的な制御系なども、表面的な物まねではなく、より深い部分でF1カーと結びついている。これこそ、乗用車メーカーには決して真似することのできない、マクラーレンだからこそ実現できるクルマつくりではないのか。
であればこそ、その優れたクォリティ、気高い思想、そして圧倒的なパフォーマンスを備えたMP4-12Cの2,790万円という価格は、あまりに安すぎるとおもう。マクラーレンMP4-12Cとロングドライブに出かけて早くも2週間が過ぎた。しかし、「もう1度乗りたい」というおもいは、いまも募るばかりである。
McLaren MP4-12C|マクラーレン MP4-12C
ボディサイズ|全長4,509×全幅1,908×全高1,199mm
ホイールベース|2,670mm
トレッド 前/後|1,656mm/1,583mm
車輌重量|1,336kg(1301kg*)
前後重量配分|42.5:57.5
エンジン|3,799ccV型8気筒+ツインターボチャージャー
ボア×ストローク|93×69.9mm
圧縮比|8.7:1
最高出力|600ps(441kW)/7,000rpm
最大トルク|690Nm(約70.4kgm)/3,000-7,000rpm
駆動形式|MR
トランスミッション|7段AT(マクラーレンデュアルクラッチ シームレストギヤボックス)
サスペンション|ダブルウィッシュボーン(マクラーレン プロアクティブ シャシーコントロール)
ブレーキ|鋳鉄ディスク+鍛造アルミニウムハブ
タイヤ 前/後|235/35R19 / 305/35R20(ピレリP-ゼロ)
ホイール 前/後|8.5x19 / 11x20
最高速度|330km/h
0-100km/h加速|3.3秒(コルサタイヤ仕様 3.1秒)
0-200km/h加速|9.1秒(コルサタイヤ仕様 8.9秒)
0-400m加速|10.9秒@216km/h
0-1,000m加速|19.6秒@272km/h
200-0km/h減速|123m
100-0km/h減速|30.5m
最小回転直径|12.3m
燃費|15ℓ/100km(約6.6km/ℓ)
燃料タンク容量|72ℓ
CO2排出量|279g/km
価格|2,790万円
*ライトウェイトオプション装着車
マクラーレン東京
Tel. 03-6438-1963
マクラーレン大阪八光
Tel. 06-6121-8821