Diary-T 232 セレモニー
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2015年4月15日

Diary-T 232 セレモニー

Diary-T

Diary-T 232 セレモニー

文・アートワーク=桑原茂一

その昔、comedy clubkingを製作中に知り合った
漫画家兼脚本家現在イラストレーター
沼田健(ぬまたたけし)君の結婚披露宴にお邪魔した。
時間を勘違いしたのか本来は友人たちや身内たちだけの結婚式のセレモニーにまで私は参加することになってしまった
ぽつんと。
しかもそこで行われているのはTHE結婚式場のいわゆるtheセレモニーである。
茫然自失に陥った私はこの現実が誠に腑に落ちなかった。
なぜここまでシステム化されてしまった形式的なセレモニーをこのまだまだ若い三十代のカップルは甘んじて受け入れてしまっているのだろうか?鞭で打たれ調教師の意のままに右へ左へ動かされる、まるでサーカスの動物たちのように…
それらのすべてが私にはコメディのように思えた。
かゆい背中のある部分に手が届かないときのように身悶えしてそこに私はいた。
が、が、が、そんな幼児性丸出しのアレルギー反応は、
私にはよくできたコメディであっても、そこに集合した参列者たちはそこで起こるすべてを満場一致で受け入れているのだ。可笑しいとか不思議な出来事だとは誰も微塵も思っても感じてもいないのだ。

そうか、日本人は逆らわない民族だったな。
朱に染まれば赤くなることに異を唱えない人たちだったな。
世間体を大事にし、決められたことならめんどくさい分別ゴミも決められた時間に決められた場所に出し後始末し、しかも天下りの土建屋たちもシキタリ通り年度末には実績で決められた予算をきっちり使い切るために今この時間に?こんな場所を?にっちもさっちもいかない渋滞をあんたら巻き起こしてるよ?もちろんそんなことは知らぬ存ぜぬで済ましてしまう非情なお偉いさんたちの意のままに忠誠心を守り抜き泣き言も言わず勤勉に働きその汗水出して働いたお金から文句も言わず黙ってきっちり税金を払っている健気な人たちがほとんどの国が日本国だったもんな。

泣きました。もらい泣きしました。生真面目で正義感に溢れる優しいこの国の普通の人々の当たり前の感性に、 私は自分が恥ずかしくなりました。文句だけ言って結局なんにもしない存在の自分に。ここには小さな幸せをみんなで分かち合おうとしている美しい人たちの集合場所です。
私のような感性は邪悪なくずでしかありませんよ。
異を唱えるならよくよく考えてからにしなさいよ。
次回から。
だからオルタナティブを目指そう!
もうひとつの優しさや暖かさや美しさを目指そう。
次回から。

私はいつも次回から、

そうなんですね。
帰り際には本人から、受付では健くんんもお母様から、
邪悪なくずが出席したことをあんなに喜んで頂いた。
誠にありがたいことです。

幸せは人の数だけあるのです。
人の不幸を笑う奴は、間違い。人の幸せを笑う奴は、
いつまでたっても幸せにはなれないのです。
そんな思いが頭をよぎりました。

まったくありがたいことです。
出席しただけで喜んで頂けるなんて、
これからは恥ずかしくても
お祝いのスピーチはもう断らないことにしょう。
ひとは必要とされてなんぼです。

幸せのセレモニーがどんなにシステム化されたとしても、
そのシステムに幸せを乗せることが出来るのなら、
つまらないシステムはいつのまにか消えてしまい。
そこには幸せになろうとする二人の深い思いが残るだけ…。
邪悪なくずはこうして懺悔と洗礼を済ませ、
ようやくふつうの小さなくずになっていくのです。
ちいさなくず。それでいいがな、
生きているだけで幸福だもんね。

私たちが生きられるのは、「いま、ここ」だけです。
 幸せを感じられるのも、「いま、ここ」だけです。
 幸せになるためには、今を大切にできるようになることが大事です。(相田みつお)人間だもの。

『一日の苦労は、その一日だけで十分である』 新訳聖書  

 『一度だけの人生だ。
  だから今この時だけを考えろ。
  過去は及ばず、未来は知れず。
  死んでからのことは宗教にまかせろ』 
  中村天風

  『未来の幸福を確保する最上の方法は、
  今日できうるかぎり幸福であろうとすることだ』 
  エリオット

『一大事と申すは、今日ただ今の心なり』 正受老人

そうそう、幸せの黄色いハン、ハン、ハン、反核運動、

幸せの黄色いハン、ハン、ハンカチって、どんなお話だっけ、

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