Diary-T 229 「透けて見える服」
オノ・ヨーコがユートピア・パークウェイに、
「透けて見える服」でやってきて、
その日のうちに、
レノンとふたりで十点のコラージュを買っていったことを
コーネルが興奮気味に話していたのを記憶している。
「コーネルはひとつだけ条件があると彼らに言いました」
「それは、ヨーコに頬にキスしてもらうというものでした」。
彼女は喜んで応じ、契約成立となった。
コーネルはほどなく、1960年代の美術界でおそらくもっとも風変わりで自己顕示欲の強い人物と親密になる。
才能ある日本人アーティストの草間彌生は、当時二十代半ば、小柄で黒い目をし、長い黒髪を腰まで伸ばしていた。
コーネルのファンだった彼女は、スケッチする彼のために喜んで地下の仕事場で服を脱いだ。
とりわけ目を引くのは、肥沃を象徴する古代の聖像に似たしゃがむ女性のヌードだ。それはびくびくするような、ほとんど見えないくらいの線で描かれており、コーネルがモデルに興奮するあまり本当に手が震えていたことを思わせる。
コーネルは彌生の愛の引き替えに現金と作品を差し出した。
「コーネルは私を見た途端に一目惚れしたのだと思います」と、彼女は後に記している。
「その最初の出会いから、昼夜問わず電話をかけてきて、数え切れないほどの手紙を送ってくるようになりました。一日に十三通の手紙を受け取ったこともありました」。
「コーネルは身体ではなく、頭のなかで生きているような人に見えました。」と彼女(スーザン・ソンダグ)は後に語っている。
「私が目にしたのは、傷つきやすく痩せて、半ば透き通ったような彼でした。彼の性的な行為に関しては言えば、当然何もしないものと決めつけていたと思います」。
だが、コーネルのソンダグに対する思いは本物だった。
スーザン・ソンダグの著書
「反解釈」に収録された最後の随筆
『キャンプ』についてのノート」を読んだコーネルは、
それが自分の作品の主題にどれほど深く関連するかを知って驚いたに違いない。
ソンタグがキャンプの例として挙げた
芸術作品や人物の多くが、コーネルの箱に登場していたからである。
「白鳥の湖」やグレタ・ガルボのことを、ソンタグは「キャンプ趣味にとって真摯な崇拝の対象」としている。
…彼は若くてきれいな女の子とセックスができるかどうかを空想していました」とリッチハイマー医師は述べている。
「彼女たちをどう愛撫し、裸にするかとも。私が診ていた時期は、彼はひどく欲求不満で落ち込んでいました。
冷蔵庫のなかを見ても何も入っておらず、何を食べているんだろうといぶかしく思ったのを覚えています。彼は、住む場所のあるホームレスのようでした。
コーネルから一緒に入浴して欲しいと頼まれ、それに応じている。また別のときにはオーラルセックスをした。
彼はどうやら、ずっとインポテンツのままで、ペニスを挿入することができなかったらしい。
「セックスをすると、
芸術家としての能力を失ってしまうと思う」。
コーネルはどのようにしてコラージュ映画という形式を思いついたのであろうか。
コーネルは本当に詩的な人物で、ほとんど滑稽すれすれなほどでした。
二十世紀のアメリカが生んだもっとも魅力的なアーティストのひとりといわれる
ジョセフ・コーネルのコラージュを私は、
河井記念美術館で初めて知った。
コーネルのコラージュに触発され売店にあった
デボラ・ソロモン著
ジョセフ・コーネル「箱の中のユートピア」
を衝動買いしてしまった。がこれが誠に面白い。
またもや勝手にコラージュ引用して遊んでしまったのだが、
今から数十年前のコーネルを取り巻くニューヨークのアート・シーンの奇妙さを垣間みる楽しさもさることながら、常軌を逸した人たちを覗き見るスリルは同時に、アーティストとは?アートとは?時代との相関関係をお勉強することにもなるから、気がつくと涙目になってしまうほど読み込んでしまう。
で、コラージュという手法は、
誰もが一度は夢中になるものなのだろうか?
コーネルの箱の中という極めて内省的みえる世界が、
今ではかえってモダンな気さえする。
その昔友人の芝居を見て箱庭療法を知りたいと一度は専門書を購入したが思ったよりぬずかしく手強く理解する前に挫折してもうた。で、その箱庭療法にみえなくもない箱の中のユートピアをこのまま常軌を逸した人たちだけの解放区にさせておくわけには参るまい。遊び道具は多彩に無限にこしたことはない。
といっても私の場合はアプリでお遊びだから、花からラベルが違うのだが…それはそれ、そういえば、時間と場所を超えてパネルディスカッションが出来るアプリの進行が遅れたまま早一年?が経過した。果たしてロンドンの才人の行方は…
ディクショナリー倶楽部のあるうちに、とお願いを新たにしなくっちゃ。
象徴主義の詩人と同じようにコーネルも、経験は繊細で間接的な方法で喚起されるべきものと考えていた。気質としても象徴主義者だった彼は、昼間よりも夜を、はっきりと見えるものよりも影を好み、真実を口に出すよりもその残響を大切にしていた。
購入はこちらから
http://ckstore.shop-pro.jp/?pid=41126971