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2025年7月23日
時計が紡ぐ航空史への讃歌|ブレゲ タイプ XX 2075に込められた人類の挑戦
BREGUET|ブレゲ タイプ XX 2075
1930年9月1日から2日にかけて、パリからニューヨークへの大西洋横断無着陸飛行を世界で初めて成功させた「ブレゲXIXスーパービドン」。その機体に使われたアルミニウムを文字盤に採用し、70年前に実在したゴールド製「タイプXX」を現代に復活させた特別なクロノグラフが誕生した。ブレゲゴールドのケースに宿る航空史への壮大なオマージュと、手巻きムーブメントが奏でる純粋なクロノグラフ体験。時計製造と航空技術、二つの革新が交差する地点に生まれた記念碑的作品を紐解く。
Text by TSUCHIDA Takashi
ふたつの「ブレゲ」が刻んだ時計史と航空史
時計愛好家なら誰もが知るブレゲの名が、実は航空史にも深く刻まれていることをご存知だろうか? 創設者アブラアン-ルイ・ブレゲ(1747-1823)から5代目の子孫にあたるルイ-シャルル・ブレゲ(1880-1955)は、時計製造の血筋を受け継ぎながらも、その才能を大空へと向けた革新者だった。
高等電気学校を卒業した彼は1911年にブレゲ航空会社を設立し、50年間にわたって革新的な航空機を開発。第一次世界大戦で活躍した伝説的複葉機ブレゲ14、商用飛行の発展に貢献したブレゲ「ドゥ・ポン」、そして1930年の歴史的大西洋横断を成し遂げたブレゲXIXスーパービドン「クエスチョンマーク号」──これらの航空機は、ブレゲ家の革新精神が時計製造から空の世界へと拡張した証しである。
アメリカ人チャールズ・リンドバーグが1927年に達成した大西洋単独横断飛行の成功後、「パリからニューヨークに戻る飛行は可能か?」という報道関係者の問いに対し、ルイ・ブレゲと2人組の飛行士デュドネ・コスタ(1892-1974)、モーリス・ベロン(1896-1984)は「疑問符(クエスチョンマーク)」という象徴的な回答を選んだ。
この疑問符は、特別に仕立てられたブレゲXIXスーパービドン「クエスチョンマーク号」の赤い機体のコックピット前方に大きな白い字で描かれ、1930年9月1日から2日にかけて、世界初のパリ-ニューヨーク間大西洋横断無着陸飛行という偉業を成し遂げることとなる。
この歴史的飛行において重要なのは、当時の航空機の機体成分95%がアルミニウム合金「ジュラルミン」で構成されており、ルイ・ブレゲがこの軽量素材の先駆者であったという事実だ。この技術革新こそが、今回の新作タイプXX 2075の文字盤素材選択に深い意味を与えている。
1950年代初頭、フランス空軍は「タイプ20」というコードネームのパイロット用腕時計クロノグラフを製造できるメーカーを探していた。複数の有力企業の中で、ブレゲもこの技術仕様書を満たす時計を航空界に供給することとなり、1952年以降、軍用として空軍向けの「タイプ20」と海軍航空隊向けの「タイプ XX」が、そして民間用「タイプ XX」も製作された。
ここで重要なのは、軍用モデルがステンレススティール製であったのに対し、1955年に製作された民間用の3本のモデルは、なんとイエローゴールド製だったという歴史的事実である。ブレゲ社アーカイブによると、このモデルの文字盤はもともとサテン仕上げのシルバーだったものが、後にブラックに変更されたという変遷もある。
つまり、今回発表されたゴールドモデルは単なる派生版ではなく、70年前の正統な系譜を受け継ぐ復活品なのだ。現在、その1本がブレゲ・ミュージアムに収蔵されており、今回のモデルは、この貴重な実機を参考に忠実に再現されたものだという。
ブレゲゴールドが織りなす新たな美学──独自合金に宿る革新精神
今回のモデルで、さらに注目すべき技術的革新の一つが、ケース素材に採用された「ブレゲゴールド」である。この独自合金は、75%のゴールドにシルバー、コッパー、パラジウムを組み合わせた独自配合で、従来のイエローゴールドとは一線を画すブロンドカラーの色調を実現している。
このブレゲゴールドは、ブレゲ250周年の一環として発表された「クラシック スースクリプション 2025」で初披露された新素材であり、メゾンの技術革新への絶え間ない探求心を象徴している。直径38.3mm、厚さ13.2mmというケースサイズは、1955年の歴史的モデルと同一の寸法を採用し、オリジナルへの敬意と現代的な着用感を両立させたものである。
そしてブラック文字盤モデルに採用されたアルミニウム素材こそ、この時計の真価を物語る要素だ。これは1930年のブレゲXIXスーパービドンへの直接的なオマージュであり、7時と8時の間に控えめに記された「AL」の文字が、この特別な素材選択を静かに主張している。
表面処理には陽極酸化技法を採用し、深いブラックと抜群の耐久性を実現。この技術は現在も航空宇宙分野で使用されており、まさに空への憧憬を体現している。ブレゲがアルミニウムをタイプXXコレクションの文字盤に採用するのは、これが初の試みであり、歴史的意義は計り知れない。
一方、シルバー925文字盤モデルは250本限定で、縦にブラッシュ仕上げを施したスターリングシルバーが繊細で洗練された輝きを放つ。7時と8時の間に刻印された「Ag925」の控えめな記号が、この高貴な素材を示している。さらに、このモデルにはタキメータースケールが装備されており、実用性も兼ね備えている。
インターチェンジャブル機能を持つレザーストラップは、アルミニウム文字盤のモデルがブラック、シルバー文字盤のモデルがブルーのグラデーション加工を施している。この色彩選択も偶然ではなく、それぞれの文字盤の個性を引き立てる計算された美学である。リュウズにはブレゲのイニシャル「B」が刻まれ、ベゼルの数字もブラック文字盤モデルはブラック、シルバー文字盤モデルはブルーで統一されている。
手巻きムーブメントに描かれた飛行の軌跡──キャリバー7279/7278に込めた情熱
搭載されるキャリバー7279/7278は、2023年にブレゲが導入した5Hzの高性能ムーブメントをベースとした手巻き仕様の新派生機である。このキャリバー728系では初となる手巻き採用により、より純粋なクロノグラフ体験を提供する。
フライバック機能については特筆すべき価値がある。4時位置のボタン一回の操作でクロノグラフのリセットと再スタートが同時に行われるこの機能は、1930年代から1940年代に航空当局の要請から生まれたもので、パイロットにとって計測時間の短縮は文字通り生死を分ける重要性を持っていた。
ケースバック側のブリッジ(歯車の軸を支える地板)には、メゾンの工房で手作業によってすべて仕上げられた彫金が展開する。描かれているのは、大西洋を横断するブレゲXIX、1930年の正確な飛行経路、そしてヨーロッパと北アメリカ大陸の沿岸だ。この沿岸部分にはジーブル加工(フロステッド加工)が施されており、陸地と海洋の質感の違いまで表現している。1930年9月1日から2日にかけての歴史的飛行を、時計という小宇宙の中に永遠に刻み込んでいるとは、なんともロマンティックではないか。
両モデルには、当時ブレゲが使用していたモロッコ革のケースから着想した赤いレザーの250周年スペシャルエディションボックスが付属する。シルバー文字盤モデルは250本限定で、ケースバックのサファイアクリスタルに限定シリアルナンバー(1/250から250/250)が刻印される。
「ブレゲ タイプ XX 2075」は、70年前の歴史的モデルへの敬意、航空史への壮大なオマージュ、そして現代的な技術革新が見事に融合した、記念碑的作品である。時計愛好家にとっては、ブレゲの歴史的系譜を継承する正統なコレクションピースとして、航空史に興味を持つ人々にとっては、1930年の偉業を永遠に記憶する特別なタイムピースとして、その価値を提供している。
この時計を手にすることは、人類の挑戦と革新の歴史、そして時計製造技術の最高峰を体現する芸術作品を、自らの手首に宿すことである。
ブレゲ タ イプ XX 2075
Ref.2075BH/99/398、手巻きクロノグラフ、フライバック機能、18Kブレゲゴールドケース(径38.3mm)、アルミニウムダイアル、シースルーバック、カーフレザーストラップ、5気圧防水、596万2000円(税込)。
Ref.2075BH/99/398、手巻きクロノグラフ、フライバック機能、18Kブレゲゴールドケース(径38.3mm)、アルミニウムダイアル、シースルーバック、カーフレザーストラップ、5気圧防水、596万2000円(税込)。
ブレゲ タ イプ XX 2075
Ref.2075BH/G9/398、手巻きクロノグラフ、フライバック機能、18Kブレゲゴールドケース(径38.3mm)、シルバー925ダイアル、シースルーバック、カーフレザーストラップ、5気圧防水、世界限定250本、621万5000円(税込)。
Ref.2075BH/G9/398、手巻きクロノグラフ、フライバック機能、18Kブレゲゴールドケース(径38.3mm)、シルバー925ダイアル、シースルーバック、カーフレザーストラップ、5気圧防水、世界限定250本、621万5000円(税込)。
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