Grand Seiko Mechanical High-Beat 36000|セイコーのメカニカルウォッチが生まれる場所
Grand Seiko Mechanical High-Beat 36000|グランドセイコー メカニカル ハイビート 36000
セイコーのメカニカルウォッチが生まれる場所
「グランドセイコー メカニカル ハイビート 36000」搭載の10振動/秒ムーブメント。このキャリバー「9S85」は、セイコーのテクノロジーとクラフツマンシップを語る、岩手県・雫石の工房で生み出されている。
文=野上亜紀写真=西川節子
10振動/秒のムーブメントが生まれる場所
今年発表された「グランドセイコー メカニカルハイビート 36000」。この時計が搭載する10振動/秒のムーブメントは、岩手山を望む自然豊かな地、雫石にある「盛岡セイコー工業株式会社(以下・盛岡セイコー工業)」で製作されている。そしてこの社屋内にはメカニカルムーブメントの組立てを手作業で行っている「雫石高級時計工房」も存在する。ここはいわば日本のマニュファクチュールともいえる場所だ。
「盛岡セイコー工業」は、自動旋盤による部品の切り落とし、地板の型抜き、受けの削りだしのCNC工程などの1次加工に始まり、ネジの歯割加工やホゾ磨き、切削の2次加工、サブ組立てまでを行う。もちろん今回の10振動/秒のムーブメントである「9S85」に使用されているぜんまいやガンギ車もここで製作されている。「盛岡セイコー工業」は、生産ラインの向上に取り組んできた、セイコーの技術革新のベースでもあるのだ。
クラフツマンシップを語る「雫石高級時計工房」
「盛岡セイコー工業」が、パーツからベースムーブメントの製造までを行う、"テクノロジー"の担当だとするならば、同工房内にある「雫石高級時計工房」は"クラフツマンシップ"を語る場所。ここはグランドセイコー、クレドールのムーブメント組み立て、ケーシングの作業などを手作業で行っている。ここに日本の"匠"と呼ばれる組立ての名工がいる。それが長年、セイコーのメカニカルウォッチに携わってきた技能士、大平 晃さんだ。
大平さんがセイコーインスツル(SII)の前身である第二精工舎時代に入社したのは今から39年前。1982年にメカが復帰しセイコーの海外輸出が始まったころは、ブラジルでの海外赴任を経てセイコーの世界進出に貢献した。今は日本でグランドセイコーなどの、セイコーを代表するメカニカルムーブメントの組立てを統括している。もちろん、今回の新モデルの開発にも携わってきた。
「今回の10振動モデルは、新たにガンギ中間車を加えているんですが、やはりそこが組みづらくていちばん苦労しましたね。パワーリザーブも55時間ありますから、その分時間がかかります。香箱が変わると等時性、姿勢差などを調整しなければならず、精度の追い込みも大変。10振動の組立てひとつに、大体1.6~7時間ほどがかかりますね」。中身も負けないように、作ったものに妥協はしたくない、と苦労話さえも大平さんは楽しそうに語る。
垣根を超えた製作で生まれた機械式時計
また、若手の育成も、大平さんの仕事のひとつだ。雫石高級時計工房には、組立てと調整だけでもおよそ10数名の技能士がいる。中には40代、そして20代の若手も多いという。次世代に技術を伝えていくという仕事にも、太平さんは大切な意味を感じているようだ。
「誰が作っても同じ時計ができるようにならないと、という気持ちで教えています。人が変わったからといって、時計が変わってしまってはならないですから。組立ても調整も全て出来た上で、いちばんいいところを伸ばしてあげたいと思っています」
大平さんはムーブメントの組立てばかりはなく、メカニカルウォッチに関しては開発の段階から携わっている。1998年誕生の9Sシリーズも設計から関わっており、もちろん今回の「9S85」も同様だ。その分、やはり思いいれも深く、10振動の評判がいいのはことのほか嬉しいという。垣根を越えた製作の方法はいかにもセイコーらしく、今回のハイビートモデルを通して人々の絆もまた深まったようだ。テクノロジーからクラフツマンシップ、そして世代を超えた高い志まで――物づくりはひとりでは決して為しえないということを、この小さな機械式時計は教えてくれた。