第41章 家計・企業にとっての最優先事項は“ヤル気”
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2015年5月7日

第41章 家計・企業にとっての最優先事項は“ヤル気”

第41章 家計・企業にとっての最優先事項は“ヤル気”

――その理論的背景を改めて知る――

文=今 静行

鉄鋼も自動車も“賭け”だった

経済理論に「比較生産費の法則」と呼ばれる大変有力な学説があります。これはイギリスの経済学者デヴィッド・リカード(David Ricardo,1772年-1823年)が比較優位という概念を用いて初めて説明したものです。
このリカードの理論は、要するに、それぞれの国が他の国に比べ、相対的に生産費の安い商品だけを生産し、高い商品は輸入する方が、お互いに有利だという学説です。有利な商品(サービスも含む)に特化(専門家)し、不利な商品の生産をやめる、国際分業の効果を説いているのです。この理論はいつまでも第一線で生きています。
これまでいく回となく各国間の貿易摩擦が表面化したとき、それぞれの品目について比較優位が真剣に訂正されてきました。
どこから見てももっともな話であり、肯定の立場を取らざるを得ないでしょう。各国は比較優位の産業に集中するはずです。文字通り理論と現実が一致することになります。

戦後の日本経済は比較優位をブチこわした

それでは、戦後の日本経済はどうであったか。見るべき資源が何ひとつないうえに、狭い国土に一億人以上がひしめき合って生きてゆかなければならない。さらに太平洋戦争のため、海外との技術交流は途絶えてしまい、大きく欧米諸国に水あけられてしまいました。「比較生産費の法則」でいくと、戦後の日本は労働集約的な繊維産業、雑貨工業などに傾斜せざるをえないことになります。自動車工業の鉄鋼業をはじめることは、「比較優位の法則」からいえば大きく逸脱する、狂気の沙汰ということになります。
事実、昭和26年に川崎製鉄が千葉に鉄鋼一貫メーカーとして進出する大構想を発表した時、当時の一万田尚登(いちまだひさと)日銀総裁は、「アメリカの方が技術も優れており、鉄鉱石や石炭も安い。経済的な合理性からいっても、日本でやるべきではない。失敗ははっきりしている。」と決めつけ、「ぺんぺん草が生えるだけだ」と確信に満ちていい切りました。

国民のヤル気=意欲が成功をもたらした

乗用車の生産についても、まったく同じような見方が国会議員たちから出ました。工場設備、生産方式、どれひとつ取り上げてもアメリカと比べものにならないのだから、乗用車生産は中止すべきだ。そんなことよりも、繊維製品を輸出して、その輸出で稼いだおカネで外国の乗用車を輸入する方が国策に沿うし、また合理的だという主張を強く打ち出しました。結果は改めて説明するまでもなくでしょう。日本の鉄鋼生産と自動車産業もアメリカや欧州各国を抜いて世界の生産国になりました。両産業はいまも輸出を通して日本経済のけん引力となっているのです。

戦後は「富国強兵」に結集し、とにもかくにも欧米諸国を見返すだけの実績をつくり上げました。戦後は「強兵」という部分は消滅しましたが、そのかわり「富国」一本ヤリで欧米先進国に追いつき追いこそうと、猛烈に働いてきました。富国とは経済力そのものです。その意気込み、つまりヤル気は経済学の比較生産費説などの理屈を吹き飛ばしてしまいました。一言でいえば、日本国の“ヤル気”の成果です。ひたすら重工業国家を目ざした官民ならびに労使一体化の成果といえるのです。
最後にぜひつけ加えておきたいのは、過去の延長線上に立ったもっともらしい安易な見方を破り捨ててほしいということです。平均の原則的考え方から抜け出し、あえて挑戦していくという意欲をもってほしい。これからの生き方にとって“意欲”を持つことが決定的な力になることをキモに銘じてほしい。

           
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