第36章 私のおカネがあり余るほどあってなぜ悪いの?
第36章 私のおカネがあり余るほどあってなぜ悪いの?
──15年振りの消費者物価上昇の受け止め方──
文=今 静行
やっかいな海外要因によるインフレ
総務省の最新発表によりますと、去る5月の全国消費者物価は前年同月より(一年前に比べ)1.5%上昇しました。じつに15年ぶりの上昇になりました。物価の持続的上昇がインフレーションですが、今回の大幅上昇も8ヵ月連続上昇しつづけ
1.5%という数字を記録したのです。インフレが生ずる原因は需要超過によるもの、要するに景気が過熱して「品不足」現象
が起きるデマンド・ブル(需要)型インフレや大幅な賃上げや原材料高騰が引き金になるコスト・プッシュによるインフレなどいろいろあります。いま起きているインフレは「海外要因」によるものだけに日本のような無資源国にとって
は手の打ちようがないというのが実情です。困ったものです。
原油100%輸入、食料も60%輸入の日本
原油は産業界にとっても私たちの暮らしにとっても最重要ですが、すべて海外に依存しています。日本経済が海外にがっちり握られていると表現しても決してオーバーではありません。その原油価格はいま1バレル=100ドルをこえ、年内に200ドル近くまで上昇するという声さえ出ています。さらに食糧自給率40%を下回る日本は食料の60%以上を海外に依存しています。原油・原材料高に歩調を合わせるように食料の価格上昇が続いております。ダブルパンチの日本経済です。国内のガソリン価格も1リットル=180円台に突入しています。景気が良くないのは当然でしょう。先行きは灰色といわざるを得ません。給料、ボーナスは上がらないのに海外要因で物価はどんどん上昇していくのですから、切なさだけが目立ちます。
困ったことにおカネの価値が下がっている
ところで多くの人は「だからせめておカネだけは十分持つようにしたい。そのために一所懸命に働いている」と言います。もっともな言い分と認めてあげたいところですが肝心な点を見落としています。インフレに対する理解不足です。おカネというものは、それなりのふさわしい値打ちで使えてこそはじめて「価値」があり「信用」できるのです。札束が目の前にうず高く積まれてもひどいインフレになれば、おカネの値打ちは激減します。
格好の例として第一次、第二次石油ショックを取り上げることができます。物価がインフレで30%以上上昇し狂乱物価といわれたころです。昭和49年春の賃上げ率はじつに32.9%と史上最高のベースアップを記録しましたが、実質賃金は下降し倒産が続出しました。3割以上の賃上げ率で、サラリーマンの暮らしはうるおい、楽になったでしょうか。不安で苦しい日々の生活であったと苦々しい思いでいっぱいなはずです。とりわけ高齢者層や金利を当てに生活していた人は悲劇的な立場におかれました。
インフレ退治と日本政府のチカラ加減は?
要するに、収入が増えてもインフレになれば、生活が苦しく、老後の設計の目安もたてられないのです。インフレになったからといって貯金通帳の額面が変わるわけでなく目減りするだけです。参考までに記しておきますと、狂乱物価時の昭和49年春の賃上げ率33%(正しくは32.9%)を毎年続けていくと、月給20万円の若いサラリーマンの給与は5年後83万円、10年後
346万円、15円後は1440万円になります。月給1440万円ともなれば、家族が旅行に出かける場合、リュックいっぱいにおカネを詰めて行くことになるでしょう。たとえばカツ丼5万円、カレーライス3万8000円、コーヒー一杯3万円などが当たりまえ
になります。インフレは不安と苦しみの代名詞といわれるのは、はっきりした根拠があってのことです。おカネだけたくさんあればというとらえ方は短絡的すぎるということをよく分かってくれたと思います。
最後に、海外要因によるいまのインフレを鎮静化するには各国政府と協力してやって行く以外に手立てはないでしょう。もちろん私たちひとりひとりが省エネする努力も必要であることは説明するまでもないでしょう。日本政府に海外に強力な影響力をあたえるほど外交能力があるかどうか、日本を信頼し協力してくれる国々を期待できるのかどうか率直なところ疑問です。いずれにしてもインフレーションの恐ろしさをこの機会にハダで感じとってほしいものです。