第27章 学問として経済学誕生──国富論を知ることの重要性
第27章 学問として経済学誕生──国富論を知ることの重要性
文=今 静行
古典は生きている──カネ儲け最優先を憂える
いまほど実学的というか、実践的経済学が重宝がられる時代はないといっても決して言い過ぎではないのです。
ようするにカネ儲けがすべてという経済が最優先しているのです。儲けるためにはなんでもありです。モラルも企業の社会性も二の次というのが実情です。
ここで、もともと経済学という学問はどんなカタチで誕生したのか、出発点はどうであったのか、謙虚に振り返ってみましょう。あれもこれもではなく、私たちの生活にいちばん関わりの深い税金と税収の関係にマトを絞って展開します。
いまも生きている、アダム・スミスの名著『国富論』と税金
アダム・スミス(1723 - 1790年)はイギリス(スコットランド)生まれの経済学者、哲学者(倫理学者)で経済学の始祖といわれています。おそらく、世界中で日本ほどアダム・スミスの名が広く知られている国はないでしょう。スミスの名著『諸国民の富』が『国富論』という名で訳され出版されたのが、じつに1882年(明治15年)。以後今日まで経済学に関する書物で、スミスに触れていないものは皆無といって差し支えないでしょう。
そしてスミスといえば「“自由放任主義”の経済理論をはじめて体系化した古典派経済学者」と答える人が多いのです。
自由主義経済学の基礎をつくったスミスの『国富論』のなかに税金に関して次のような一節があります。
重すぎる税金は、税収の減少を招く
「高率な租税は、消費の減少をもたらす。また密輸を増やすだろう。このため税の上がり高は、もっと控え目な率の租税から得られる税収よりも、小額の収入しか政府にもたらさないことがしばしばある」
文中の「密輸」を現在に置き換えてみたらどうなるでしょうか。正解は「脱税」になるでしょう。今日では、密輸によって一国の税収が大きく左右されるような国は、先進諸国はもとより皆無といって間違いないのですが、230年以上も前の時代では、経済規模も極めて小さく、密輸の税収に及ぼす影響は大きかったのです。だからアダム・スミスは密輸を取り上げているのです。
重税は消費を減少させる
疑いもなく、重税は消費を減少させ、減税は消費意欲をかり立てることは、はっきりしてります。今日も不変の理論として生きているのです。
身近かな具体例があります。
少し古い話ですが、1997年4月から日本の消費税率は3%から現在の5%に引き上げられました。じつに66%のアップでした。政府は税率アップによって初年度(98年度)に3兆6000億円の増収を見込みました。
結果は惨たんたるもので、増税によって国民の消費意欲は減退し、景気の停滞を一層深刻なものにしました。安易な増税のツケに政府があわてふためいたのです。まだ記憶に新しいケースです。
一方、増税を回避するための、アノ手コノ手の脱税行為やテクニックが国中に蔓延しました。
各国の理論的な柱となっている減税と景気浮揚策
『国富論』の初版刊行は1776年3月で、アメリカが独立宣言する約4ヵ月前でした。覚えておくと役立つでしょう。
電話、整備された統計もなく海外との交流もほとんどない時代のことです。
いってみれば、通信、情報ゼロの時代に、アダム・スミスが書き上げた『国富論』が現在も凛として生きていることに、感動に近いものを覚えます。もちろん古典といわれるもののうちには、現在にまったく通用せず、半分以上破り捨てなければならない内容のものもあります。
『国富論』だって例外ではないのですが、それにしても先人のモノの考え方に、あらためて敬意を表したい部分が多いことを知ってほしいと思います。
そういえば、レーガン大統領時代の「供給サイド経済学」、つまり供給重視の経済学の中核をなすラッファー曲線は税率と税収入の関係を明示したものですが、何のことはない、アダム・スミスが指摘した租税論(税率をある限度以上に高くするほど税収入は減る)そのものといえるのです。
いまも各国に共通した景気刺激策の最有力な手立ては“減税”なのです。日本もおなじように減税を最重視しています。歴史は疑いもなく生きているのです。目先を追いかけるだけでなく古典を学ぶことの大切さを身につけてください。