第22章 経済学の身近かさを知る
第22章 経済学の身近かさを知る
文=今 静行
あらためて“経済学って何だろう”
このへんで「経済学って何だろう」と原点に立って考えてみることは決して無駄ではないでしょう。
経済学は「現実の経済を解明する学問」として定義づけることができます。経済学が学問としてかたちづくられて、まだ240年たらずですが、どの経済学者たちも、いま起きている経済現象や近い将来にスポットを当てながら、いま以上に住みやすい社会をめざしてきました。
より率直に言いますと、経済学は経済政策、つまり国民生活を豊かにする具体的な政策に奉仕する学問と私自身は受けとめております。政策や家計に役立たない経済学なら、学ぶ必要がないと言い切って差しつかえないのです。
経済は不変の最優先事項
経済に無関心な人はいないでしょう。政治、教育、文化、社会福祉、外交など、すべてのことに最優先するのは経済(経済力)であることは否定しようもない事実です。
人々は洋の東西を問わず、衣食住を整え、より豊かな社会、生活を求めて一生懸命働いています。生産と消費を繰り返しているのです。
ところで経済には好況時もありますが、いつまでも続くことがなく、必ずひどい不況がやってきます。人々の心のなかに先行きへの不安感が高まるばかりです。「本当のことを知る手がかり、足がかりはないのか」という思いが増幅する一方です。経済を動かす法則のようなものとか、経済活動の底にあるものの一端でもつかめたらという気持ちが強いのです。
そのためには「経済学」の基礎を学ぶことがどうしても必要となります。ところが経済学の無力化が言われて久しい状態です。
盲信の愚かさ、無知はさらに愚かである
たとえば1991年春に日本のバブル経済は崩壊しましたが、当時つぎつぎと打ってきた景気浮揚策は、ことごとく功を奏しませんでした。
政府部門には、著名な経済学者や、有能といわれた官庁、民間のエコノミストが多くいるのに、この体たらくです。経済学の限界、経済学の不信を指摘されて当然だと思います。
しかし私は、あえて次のように言いたいと思います。
「経済学を盲信することは愚かである。だからといって、経済学を無視することはさらに愚かなことである」