2026年8月27日
【連載】時を繋ぐ人|教わったことに、とどまってほしくない。
時を継ぐ人|山崎秀也(セイコータイムラボ)
セイコーの修理部門で30年以上、腕時計の修理に携わってきた山崎秀也さんは、同社の修理技術者として最上級の称号「STLマイスター」を社内で最初に取得した人物である。その山崎さんが、後進の指導にあたって大切にしている考えがある。教わった基礎を守るだけでなく、その先へ進んでほしい——新人へのメッセージであると同時に、山崎さん自身が長年、自らに課してきた姿勢でもある。
Text by TSUCHIDA Takashi|Photographs by OHTAKI Kaku
分解と組み立てが、好きだった
時計に特別な興味があったわけではない。小さい頃から、物を分解したり組み立てたりするのが好きだった。金属加工を得意とする6歳上の兄の影響で、家にあったボール盤やフライス盤を使い、欲しい部品があれば自分で作っていた。
高校では自転車部に所属し、自分の自転車を自分好みにカスタマイズした。ギヤの調整も、誰に教わるでもなく構造を見ながら確かめた。整備することの楽しさを、そこで実感した。人と話すより、黙々と何かに向き合っている方が性に合っている——そう気づいた頃、求人票に「時計の分解・組立」という一文を見つけ、この一社だけを受けて採用された。時計そのものへの強い興味があったわけではなく、細かいものを分解し調整する作業が自分に合っていると感じた、それだけだった。
自転車も時計も大きさはまるで違うが、共通するものがあると山崎さんは言う。歯車が組み合わさって一つの機能が生まれる、その仕組みを知ることが昔から好きだった。今も自転車を分解して調整したり、車のサスペンションを組み替えたりする。「何かに触れているのが好き」という感覚が、山崎さんの根底には常に流れている。
秒針一本に、40分
1994年、山崎さんはセイコーサービスセンター(現・セイコータイムラボ)に入社した。当時、時計修理を体系的に教える専門教育機関はまだなく、技術は先輩の手元を見て覚えるものだった。
修理作業者として同期入社したのは3人。まず教わるのは理論ではなく「物に触れる」基礎だった。針を一本つけるだけで40分ほどかかり、「これでいいだろう」と見せても「これだとダメですよ」と返される日々が続いた。社内の練習機で腕を磨き、顧客の時計に触れられるまでには、3〜4ヶ月の研修期間があった。
「挫折はなかったですね。単純に面白かったんです」
入社した当初、時計修理とは「止まっている時計を再び動かして、それでおしまい」という程度の捉え方だった。その考えが変わったのは、仕事を通じて顧客の声に触れる機会が積み重なっていったからだ。喜びの声もあれば、「もっとこうしてほしかった」という要望もある。そうした声のうちに、一つひとつの時計には持ち主の思いが込められていることに気づいていった。
「そこから時計を直す気持ちがはっきりと変わっていったように思います」
急に変わったわけではなく、何度も声を聞くうちに少しずつ変わっていったそうだ。しかも、その変化は今もなお続いている。
メーカーだからできること
セイコータイムラボの強みとして、山崎さんが真っ先に挙げるのは、スプリングドライブ(※)のような複雑機構への対応力だ。
※機械式時計のぜんまいを動力源とし、クオーツ式時計の水晶振動子とICで正確な制御を行う、セイコー独自の駆動機構
構造を深く理解していなければ分解も組み立てもできず、組んだ後は通常の測定器では捉えきれないところまでデータを取り、不具合を見極める必要がある。クオーツに迫る精度を機械式で実現するための技術とノウハウは、他のどこにも存在しない。
純正部品の供給体制もメーカーの強みだ。部品はパーツセンターで厳重に管理され、手配依頼すれば翌日か翌々日には届く。「まるでAmazonのような感覚です」と山崎さんは言う。
もう一つの強みは、現場で見えてきた不具合の傾向を製造・設計部門にフィードバックすることだ。市場に出てから時計に何が起きるのか、それを知り得るのは修理の現場だけだと山崎さんは話す。
「ただバラして組んで元の状態に戻すだけでなく、壊れやすい部品が見つかれば新たな仕様にアップデートする。これがメーカーが修理部門を持つ強みだと思います」
ちなみに修理で本当に難しいのは何か。山崎さんの答えは意外なものだった。クロノグラフのような複雑時計は、実は技術者の慣れの部分が大きく、展開図さえ読めれば対応できるという。
本当に難しいのは精度調整だ。測定データを見ながら、問題箇所は歯車なのか天真なのか、不具合の在りかを探る。「この辺かな」という感覚で触り、データを見て初めて確信に変わる。100%当たるわけではない。この見極めが1日にこなせる修理の個数、つまり生産性に直結する。見つけられなければ1日1個、慣れれば1日3個——そこに歴然とした差が生まれるのだ。
もう一つ、山崎さんがいまだに難しいと感じているのが後進の指導。他の技術者から相談を受けても、実物を見ていない以上、想像でしかアドバイスができない。
特にヒゲゼンマイの「振れ取り」は、言葉で伝えることの限界を強く感じさせるという。「こう曲げるんだよ」と教えても、伝わるのは動作だけだ。ヒゲゼンマイは曲げると元に戻ろうとする力があり、その感覚をどこまで感じ取れているかまでは、言葉では伝えきれない。
見た目がきれいに仕上がっていても、歪みまでは山崎さんの目にも見えないことがある。また、何百回も触って仕上げたものと、数回で仕上げたものとでは違いが出るが、できあがったものを見ただけでは判断がつかない。確かめるために触れば、またバランスが崩れてしまう。そこから先には他者が容易に踏み込めない領域がある。
形見の時計と、向き合う
ヴィンテージモデルの修理にはさらに別の難しさがある。基本的に部品交換ができないことを前提とするため、今ある部品でやりくりするのが大前提だ。そして天真を折らないよう、慎重に調整していく必要がある。
そうした時計は、形見として持ち込まれることも多い。「触らない方がいい」という判断をする技術者もいるだろう。だが山崎さんは、とことん調整してしまうタイプだという。
「お客様にきちんと使っていただけるように、という気持ちもありますが、正直かなり自己満足も強いと思います。しっかり調整したものをお返ししたいという気持ちが根底にあるんです」
そこまで手をかけなくてもいいと言われても、黙って直してしまう。「やりきったものを戻すということが、自分にとっての誇りでもあります」
ところで、セイコーというブランドの歴史を内側から支えている感覚を、山崎さんはどう捉えているのだろう。
セイコーとは1877年、時計の修繕所として看板を掲げたのが始まりだった。1881年、服部時計店として創業し、修理に加えて製品販売も手掛けるようになる。創業者・服部金太郎が遺した「良品は必ず顧客の愛顧を得る」という言葉——誠実な仕事が顧客の信頼を得るというその精神が、今日のセイコーブランドの土台になっている。
「たとえ良いものであっても、作って終わりでは、ブランド価値は上がっていかないと思います。良いものが長く使い続けられ、その価値が永続していくということになって初めて、これだけの評価を得られてきたのだと思います」
近年は社外に出向き、アフターサービスの大切さを伝える活動にも取り組んでいる。反響が大きいのが、ヒゲゼンマイの振れ取り作業のデモンストレーションだ。来場者に自身のピンセットを貸し、実際に体験してもらったところ、ちょっと触れただけでヒゲゼンマイはぐにゃぐにゃに歪んでしまった。
「皆さんこうなりますよ」
その一言に、会場は驚きに包まれる。そうやって、「人の手でやっているんだ」という実感を持ち帰ってもらうのだという。
バトンをつなぐ
「時を継ぐ人」というテーマのもと、山崎さんは自身の技術をどう次の世代に手渡そうとしているのか。伝えたいことは大きく二つある。一つは、修理に必要な基礎技術。もう一つは——
「教わったことにとどまってほしくない、ということです」
社内には「マイスター制度」があり、最上級の称号を得た者がマイスターと呼ばれる。山崎さんはその第1号だ。誰かに教わって取った称号ではなく、自分で考えて積み上げてきた結果だった。
だからこそ、後進には試験対策だけで終わってほしくない。ピンセット一つとっても、作り方は教えるが、「自分の使いやすいピンセットを探しなさい」と伝えている。何本も作り、試し、自分に合うものを見つけ出す——その過程にこそ、成長があると考えている。
自分が何を継いでいるのか、と問われたとき、山崎さんはこう答えた。
「先代から受け継がれてきた信頼や確かな技術を、次の世代につなげていかなければならないと思っています」
セイコーという大きなグループ組織の中で、自分はその一端を担う一人の作業者に過ぎない。それでも、技術を伝えるということは、バトンを渡すことに似ている。
「その一本のバトンの重みは重くて大きく、途絶えさせてはいけない。しっかりと次の世代につないでいかなければならないという使命感があります」
言われたことをその通りにこなすのは、正直なところ得意ではない。教わったことはきちんと守るが、そのすぐ後に、自分なりのアレンジを加えずにはいられない。
「やらされている感覚よりも、自分でやっているという気持ちの方が大事です。そして仕事は楽しくなければ続けられないと思います」
止まった時計を、もう一度動かす。山崎さんが継いできたのは、精度を追い込む技術だけではない。教わったその先へ進もうとする姿勢そのものを、次の世代に手渡そうとしている。
山崎 秀也(やまざき・ひでや)
セイコータイムラボ株式会社 サービス部 東京ウオッチサービスステーション修理チーム所属。時計修理技能士1級、いわてウオッチマイスター。社内認定制度「STLブロンズマイスター」保持者(2019年、社内第1号として認定)。1994年、セイコーサービスセンター株式会社(現・セイコータイムラボ株式会社)入社。2004年「第17回時計技能競技全国大会」優勝。
セイコータイムラボ株式会社
セイコーウオッチグループ各商品の修理を請け負う腕時計修理専業会社。修理依頼は購入先の店舗経由のほか、オンラインではユーザーからの直接依頼を受け付けている。https://www.seiko-stl.co.jp