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2026年7月3日
【特集】時を継ぐ人|本当の時計修理を提供したい。時代に取り残されたとしても。
時を継ぐ人|佐藤 努(株式会社ゼンマイワークス)
時計は時間を刻む道具だ。だが針が止まった先も、時間は流れ続けている。ケースを開けば何十もの精密部品が組み合わさった「時間の仕組み」がある。ゼンマイが巻き上がり、歯車が噛み合い、テンプが揺れる。機械式時計が1秒を刻むためだけに、途方もない精度と技術の積み重ねがある。東京・八重洲に工房を構えるゼンマイワークス代表・佐藤努さんは、 「本当の時計修理を提供したい。時代に取り残されたとしても。」という言葉を掲げる。
Photographs by OHTAKI Kaku|Text by TSUCHIDA Takashi
時計だけはやりたくなかった
面白いことは言えないんですけど……と、佐藤さんは小さく笑いながら話し始めた。時計が好きで、この道を選んだわけではない。むしろ「時計だけはやりたくなかった」に近い感覚だったと言う。
工業高校を出て、最初は車のチューニングショップに入った。しかし希望していた整備作業には就けず、部品作りばかりを任された。若気の至りで「じゃあ辞めます」と飛び出し、次に移ったバイクの部品を製造する会社でも、何か根本的なものが満たされなかった。
転機は20歳のとき。父親の知人が、「ブラブラしてるなら、うちに来ないか」と声をかけてくれた。「じゃあ見に行きます」という軽い気持ちで訪ねたのが、一新時計——パテック フィリップやショパールの輸入代理店として名を馳せた時計輸入会社だ。そこが、この世界への入口だった。
当時、時計師を養成する専門学校は、まだ機能していなかった。佐藤さんの世代は、どこかの関連企業に入って、ゼロから始めるほかなかった。最初はピンセットの握り方、工具の研ぎ方、部品の作り方など手を動かすことの基礎の基礎から始まった。
「面白かったですね」と佐藤さんは言う。工業高校で身につけた部品加工の感覚が、思いがけず生きた。先輩たちにはない視点で何かを作れる自分に気づいたとき、この仕事を続けようという気持ちが芽生えていた。
「ありがとう」の重み
一新時計のサービスセンターはワンフロアで、時計師たちの作業スペースと接客カウンターの間には、パーテーションが一枚あるだけだった。その薄い仕切りの向こうから、お客様の声が聞こえてきた。感謝の声も聞こえれば、不満の声も聞こえた。ただ、圧倒的に多かったのは前者だった。
「お金をいただいている立場なのに、すごく感謝していただける。そういう仕事って素晴らしいなという気持ちがありましたね」
21、22歳の頃のことだ。そうした声が、佐藤さんをこの仕事に繋ぎとめた原点になった。
今、ゼンマイワークスを訪れるお客様のほとんどは、長い時間をかけてこの場所に辿り着いた人たちだ。メーカーで受け付けてもらえなくなった後に、あちこちを経て、ようやくここへ来る。「ある程度、ネガティブな面があるとわかっているけど、それでもいいから直したい」。そう言って持ち込んでくれる方がとても多いと佐藤さんは言う。
「お客様もよく分かって来てくれるんですよ。そういう時計はお客様にとってもの凄く大切なものなので、預けていただくのは本当にありがたいと思っています」
愛着を持って時計を愛でてきた人の、最後の頼み先。そういう場所であり続けることが、この工房の根底にある。
「本当の修理」とは何か
東京都内だけで「時計修理」と検索すれば、何百もの受付場所が出てくる。しかし年代モノの時計の多くは、お客様が持ち込んでも「うちではやりません」「部品がないので無理です」という答えしか返せない。
「本当の時計修理というのは、部品がなければ作ってでも直す、レストアに近いことまでできる修理のことです」と佐藤さんは言う。「いわゆるオーバーホール屋さんじゃない修理を、きちっとやっていきたい。そういう場所はこの先どんどんなくなっていくんですけど、それでも直したいという人の時計を、やれることを全部出し切ってやる。それが自分たちのやりたいことです。
「オーバーホールと修理、どちらが技術ランクが上だと思いますか?」と尋ねると、たいていの人はオーバーホールと答えるという。だが佐藤さんの中での序列は逆だ。オーバーホールとは、修理という行為の過程で生じる一工程に過ぎない。それだけを提供する店と、本当の修理ができる場所を、同じ括りにしてほしくない……そこには、揺らぎのない矜持がある。
問題は、業界の構造そのものにもある。メーカーのサービスセンターでは、各修理案件に対して処理時間が定められている。数をこなさなければならない以上、傷んだ部品を一つひとつ修正するよりも、新しい部品に交換する方が早い。自ずと、部品交換が修理の主役になっていく。
今の時計業界を見ていると、まるでデジタル製品みたいだと感じることがある。壊れた基盤をそっくり新しいものに替えるのと、同じ発想になってきているのだ。それを加速させているのが、シリコン製ヒゲゼンマイの普及。スウォッチグループがヒゲゼンマイを生産するメーカーを吸収したことで部品供給が不安定になり、その代替として登場したシリコン製部品は、精度や耐久性の面では一定の性能を持つ。しかし、職人の手が入る余地を確実に狭めているようだ。「シリコン部品はやめてほしいですね。そのうちムーブメントごと全交換、という修理になりかねない」という佐藤さんの言葉には、危機感よりも静かな憂いがあった。
愛着を持って大切にしてきた実在するモノを、部品ごと別のものに替えて返す。果たしてそれが「修理」と呼べるのだろうか。その問いに対して、メーカー側は誰も正面から答えようとしていない。
開ける前に、すでに読んでいる
時計を手に取った瞬間から、佐藤さんの「読み取り」は始まっている。
まず見るのは、針の取り付け角度と文字盤の位置だ。針がどんな精度で取り付けられているか? そこに、前に手を入れた職人の仕事ぶりが滲み出るという。文字盤も、わずかに傾いていれば、お客様がどこかでぶつけたか、落としたかが分かる。受け取りのその場で「こちら側に文字盤が寄っていますね、何かぶつけましたか?」と問いかける。たいていは覚えておらず、「そうだったかな」と答えが返ってくることも少なくない。
ケースを開けると、今度は前の職人の痕跡が見えてくる。「ほぼネガティブなことですけど」と佐藤さんは苦笑するが、工具の当て方が雑だ、ネジが正しく締まっていない、なぜここを直していないのか、なぜこんなことをしてしまったのか……そういう発見が、「毎日あります」と言うのだ。たまに「ネジがちゃんと締まっている」と感じることもあるが、それは稀なことだ。
「製造から20年経つ時計に、何人かの時計師が手を入れてきたとして、まともな人、まともな人と続いてきたのに、一人でも変な人がその輪に入ってしまうと、もうぐちゃぐちゃになってしまう。消費者にとっては怖い話でしょうけど、それが現実です」
時計は記憶を持つ。そこに刻まれた痕跡は、次に開けた職人に必ずバレる。
何を繋いでいるのか
「時を繋ぐ人」——この特集のテーマを佐藤さんに問うと、少し間があった。
「そんなに高尚な考えを持っていないので……何を残しているんですかね。自分の恥ですかね」
「自分の恥」とはどういうことか。丁寧に仕上げなければ、次に手を入れる職人に下手さがバレる。だから「なくてもいいようなプライドで仕事をする」。それがこの職業の本質だと佐藤さんは言う。時計の中に刻まれるのは技術だけでなく、誠実さと矜持の痕跡なのだ。
お客様の中に、時折、こんな言葉を口にする方がいるという。「自分は今この時代に、この時計を預かっているだけですから」。
「すごいな、この人、と思うんですよ」と佐藤さんは姿勢を正した。自分が手元に置いている間にきちんとメンテナンスをしておかなければ、その時計が次の誰かのもとへ渡ったとき、まともな状態でなくなってしまう。そういう意識を持って時計と向き合っている人が、確かにいる。そういった人の存在が、この仕事の意義を深めているのだ。
独立時計師として有名なフィリップ・デュフォー氏は、その独自技術を周囲に包み隠さず、オープンに教えてくれるという。パーツの磨き方も、工具の作り方も、惜しみなくである。「俺が言わなきゃ、次の世代に伝わらないだろう」と言うデュフォー氏の言葉に、佐藤さんも深く頷く。やり方を教えることはできても、できるかどうか、やるかどうかは相手次第だ。しかも、技術は伝えられても、センスと姿勢は継承できない。「そこが一番難しい」という佐藤さんの言葉が、いつまでも耳から離れない。
業界の将来は二分されていく、と佐藤さんは言う。ネットで広く受注を集め、量産型でこなしていく方向に向かう店は増えるだろう。一方で、昔ながらの矜持で、本物の時計修理を続けようとするところは、激減していく。
「面倒くさいから誰もやらない、ということに尽きます。真面目にやればやるほど赤字になっていく」
それでも、佐藤さんは、この仕事をやめる気はないそうだ。「直したいという人の時計を、やれることを全部出し切ってやる」——その一点に、ゼンマイワークスの真の存在理由がある。
日の当たらない場所で、誇りを刻む
なかなか報わることのない、しかし男気あふれる仕事である。佐藤さんは「まあ、そういう仕事は、(他にも)たくさんあるんでしょうけどね」と笑った。
時計師は表に立つことを好まない。修理部門の時計師はなおさらだ。しかも、ケースの外側には名前が残らない。手掛けた仕事は、次に職人が開けるまで、誰の目にも触れられることはないのである。
それでも、一流の時計職人は目の前の機械に常に全力を注ぐ。普段から工具を手入れし、人目に触れないネジ一本を正確に締め、誰も気にしない細部まで整然と仕事をこなす。なぜか。それが次の職人にバレるからではなく、そうしないことに耐えられないからだ。佐藤さん曰く、「なくてもいいようなプライドで仕事をする」。その言葉の奥に、職人の気高さがある。
フランク・ミュラーも、フランソワ・ポール・ジュルヌも、修復から入っている。先人たちのさまざまな時計の思想を自分の中に受け取り、それを今の仕事に活かしてきた。やがて自分の時計を作る道もあるだろう。だが、あらゆる時計を開き、他人の思想を読み解きながら、命を繋ぎ続ける道もある。どちらも尊敬すべき仕事である。
時計の中には、時間だけでなく、誰かの誠実さが刻まれている。その仕事は、次の職人が開けるまで、静かにそこにあり続ける。
佐藤 努(さとう・つとむ)
ゼンマイワークス代表取締役社長。東京都中央区八重洲に工房を構える。ピアスにTシャツのスタイルは、いわゆる時計師のステレオタイプな像を吹き飛ばす。イエローの色付きガラスは、眼を労るというよりも、ただ、かけたいものをかける主義。ベスパを愛し、日々の通勤に使用している。じつは普段、白衣は着ないそうだが、この日、ライダーズジャケットのようなジップ開閉のオリジナル白衣が用意されていた。