【連載】目利きの視点|SAKE HUNDRED生駒龍史さんが再構築した、世界に通じる辛口日本酒

2026年8月31日のメディア発表会にて、新作「来火」、フラッグシップ「百光」を紹介する生駒龍史さん。

LOUNGE / EAT
2026年10月19日

【連載】目利きの視点|SAKE HUNDRED生駒龍史さんが再構築した、世界に通じる辛口日本酒

 

目利きの視点|生駒龍史(SAKE HUNDRED)

 
ラグジュアリー日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を率いる、Clear代表の生駒龍史さん。自社で酒蔵を持たず、世界のテーブルでいま求められる日本酒を見定め、その答えを最適な酒蔵とともに機動的に形にしてきた。2026年9月に発表された最新作「来火(らいか)」は、フラッグシップ「百光」と双璧を成す辛口酒である。日本酒を細やかに見分ける目と、世界から日本酒を見つめる目。そのふたつを自在に行き来する、目利きの仕事に迫る。
 

Text by TSUCHIDA Takashi 

甘くて旨くて酸っぱいのに、ドライ

 
「高級酒で辛口って、ほぼないんですよね。辛口って、日本酒では経済酒なんですよ」
 
生駒さんが新たに世に送り出した「来火」は、その常識に挑む一本である。SAKE HUNDREDにとって、2年ぶりのレギュラー商品となる。
 
SAKE HUNDREDの酒は、「百光」を筆頭に総じて甘やかだ。国内外から「少し甘い」という声が届いても、生駒さんは応じてこなかった。糖化と発酵が同時に進む並行複発酵で造られる以上、米の酒に甘みがあるのは自然なことだからだ。
 
もちろん辛口を軽んじていたわけではない。「菊水」「船中八策」「菊正宗」と、好きな辛口の銘柄が次々に挙がる。「僕はもともと酒オタクですから」と笑う生駒さんだが、それでも造らなかったのは、日本酒の辛口が「甘くない」ことで成り立つ酒だからだ。日本酒度という指標が示す通り、日本酒における辛さとは甘さの不在を意味する。
 
「甘くない、旨味がない、酸度もない。その“ナイナイ尽くし”で出来上がるのが、スパッと切れる辛口なんです。そうした引き算の酒造りでは、個性の出しようがないんですよね」
 
転機は発想の反転だった。最終的にドライであればいいのなら、要素を削る必要はない。甘味も旨味も酸も備えたうえで、最後に鋭く切れる酒は設計できないか。3年ほど前から温めてきた問いが、この1年で一気に形を結んだ。
 
メディア発表会にて、新作「来火」の開発背景、世界のニーズを語る生駒龍史さん。
 

まだ、ブルーオーシャンなんです

 
では、なぜいま辛口なのか。その答えは、日本の外にあった。
 
SAKE HUNDREDが展開する香港、台湾、タイなどのアジア市場では、純米大吟醸が一大ブームを迎えている。牽引するのは「十四代」「獺祭」「新政」といった銘柄だ。ジューシーで、フルーティーで、華やか。高級日本酒の輸出を押し上げているのは、こうした酒である。
 
日本酒を細部まで飲み分けてきた生駒さんにとって、この3銘柄はまったく別の酒だ。だが海外のテーブルに目を移すと、その違いはほとんど意識されていない。
 
「世界の解像度は、もっと粗いんですよ。“甘くてきれいな酒”という一つのカテゴリーになっちゃう」
 
細やかな目で見分けているからこそ、世界の見え方とのずれが浮かび上がる。そこから見えてきたのは、世界のレストランに並ぶ高級日本酒が、どれも似た役割しか担えていないという現実だった。
 
甘く華やかな酒は、前菜や野菜、繊細な魚料理には寄り添う。だが寿司や、フレンチの主菜、脂の乗った魚や肉料理を受け止めるには力が足りない。「百光」でさえ、コース前半で供されることが多い。裏を返せば、コースの後半は、日本酒にとってまだ手つかずの領域なのだ。
 
甘く華やかな酒が担ってきたのはコースの前半。「来火」は、主菜までを視野に入れて設計された。
 
辛口が求められる理由は、空白を埋めることだけではない。ドライであることは、世界の美食の場で磨かれてきた価値そのものでもある。ワインやウイスキーの世界では、ドライな味わいは酒を評価する重要な価値軸の一つであり、ソムリエも飲み手もすでにその言葉で酒を語っている。ドライな日本酒は、その共通言語の中にそのまま入っていける。
 
しかも、最後にスっと切れる酒は料理を選ばない。脂の乗った魚や主菜の肉はもちろん、スパイスを効かせた料理でも、口中をリセットして次のひと口へと橋を架ける。
 
「今の日本酒は、まだ一部しかカバーしていないけど、本来、日本酒が担えるカバー範囲は、もっともっと広いと思うんです」
 
国内に目を戻しても、フルーティーで飲みやすい酒の流行は一巡し、振り子は再び辛口へ向かいつつある、と生駒さんは読む。ただしドライであるだけでは高級酒にはなれない。1980年代に一世を風靡した新潟の淡麗辛口が、世界の高級酒の列に並ばなかった理由を、生駒さんはふたつ挙げる。ひとつには価格が手頃すぎたこと。そして、ワインやウイスキーの高級品が備える“複雑性”を欠いていたことだ。
 
「スパッと切れるのはいいが、そこにドラマティックな味わいの押し引きがないんですよね」
 
ドライでありながら、複雑であること。世界の高級酒に共通するこの条件を日本酒で満たせば、まだ誰もいない市場が開ける。生駒さんの言葉を借りれば、そこは「まだ、ブルーオーシャン」なのである。
 
その読みは、すでに現場で裏付けられつつある。「来火」はプレセールス段階から、和食店を中心に飲食店への納入が相次いでいるのだ。ミシュランガイドTOKYOにも掲載されている「聖坂 和敬」も、「来火」のオンリストを決めている。
 
主菜の皿が並ぶコース後半にこそ、「来火」の出番がある。

前半はいろんな味がしていい

 
生駒さんが設計図として描くのは、具体的な製法の指示ではなく、飲み手としての詳細なリクエストである。その目的は、口に含んでから余韻が消えるまでの「体験の時間軸」を酒蔵と完全共有するためだ。「前半はいろんな味がしていい。でも後半はグッと絞れるような設計にしてほしい」。その背後には、味覚の順序への緻密な読みがある。
 
口に含んだ瞬間、人が最も早く気づくのは甘味だ。続いて旨味が量感となって膨らみ、酸がその輪郭をなぞる。一方で、苦味は後に残りやすく、シャープな酸も長く尾を引く。ならば前半には甘味と旨味を惜しみなく口中に広げ、後半には苦味と酸をしっかり残せばいい。そうすれば多彩な要素はすべて、最後のキレへと収束していく。
 
甘味があり、旨味があって、酸が強いのに、飲み終えた印象はドライ。辛口を「引き算」ではなく、時間の流れの中で立体的に組み立てる。日本酒の辛口を、構造から捉え直す発想である。
 
口に含んでから余韻が消えるまで。「来火」は、香り・味わいの時間軸から設計された。
 
造り手選びにも、生駒さんらしい手順がある。商品開発責任者の河瀬陽亮さんとふたりで辛口日本酒数十銘柄をブラインドで試飲し、ともに最高点をつけたのは新潟・佐渡島の天領盃酒造だった。蔵元の加登仙一さんは、協業の打診に「絶対に辛口だと思っていました」と応じたという。SAKE HUNDREDのラインナップには、辛口の場所がぽっかりと空いていたからだ。
 
天領盃酒造 代表取締役社長兼製造責任者・加登仙一さん。「来火」は同蔵にとって初めての高精白の酒造りとなった。
 
時間軸の設計図は、佐渡の素材によって形を与えられた。前半の膨らみを支えるのは、佐渡最高峰・金北山の伏流水。カルシウムを多く含むこの水が、旨味のボリュームを引き出している。掛米には、佐渡の飯米「こしいぶき」を選んだ。辛口によく使われる五百万石は発酵の途中で栄養が尽きやすく、糖を使い切れずにイメージに合わない甘味や余計な苦味を残す可能性が高い。こしいぶきは、後半の引き絞りに必要な距離を、ちょうど走り切ってくれる米だという。麹米には安定感のある岡山県産山田錦。精米歩合は、磨きすぎれば軽くなりすぎ、磨かなければ重くなる、その間に見い出した28%。透明感と骨格を両立させる数字である。
 
世界のテーブルから逆算したリクエストを、佐渡の米と水と造り手に託す。日本酒を細やかに見分ける目で世界のニーズを拾い、その空白に根ざす一本をプロデュースする。両者の専門領域を軽やかに往復する姿勢が、日本酒の次なるフェーズを切り拓くのだ。
 
新潟・佐渡島の天領盃酒造。江戸時代から続く蔵を、2018年に加登仙一氏が継いでいる。

溢れる個性、味わう辛口

 
グラスに注ぐと、「来火」は淡くイエローを帯びた輝きを見せる。白い花を思わせる香りが繊細に立ち上がり、若い洋梨や白桃の皮のような瑞々しいアロマが重なっていく。
 
口に含めば、アタックはクリーンで鮮烈だ。白玉や求肥を思わせる米の旨みに、シャープな酸が一直線に走る。山椒の若葉やセルフィーユを思わせるハーバルな清涼感が、余分な甘さを感じさせない。後半には蕗の薹やグレープフルーツピールのようなほろ苦さが現れ、昆布出汁を思わせるミネラルが冷涼な輪郭を与えながら、澄み渡る余韻へと消えていく。設計図に描かれた時間軸が、そのまま味わいの流れになっている。
 
外観は淡くイエローを帯びた、輝きのあるクリスタル。
 
酒器によっても表情は変わる。小ぶりの白ワイングラスでは香りが華やかに開き、甘味、旨味、酸が立体的に感じられる。一方で、飲み口の薄い平盃では香りが抑えられ、辛口としての骨格が際立つ。前者は酒質の複雑さを、後者は酒質の鋭さを引き出すのに都合がいい。
 
平盃で味わえば、輪郭の引き締まったシャープな表情に。推奨温度はよく冷えた5〜10℃。
 
ボトルには、SAKE HUNDREDとしては異例の透明な瓶を選んだ。黒い瓶では、古き良き辛口の印象に引き寄せられてしまうからだという。光を透かす瓶は、これが新しい辛口であることを、手に取る前から伝えている。
 
「来火」(左)と「百光」(右)。甘やかさと鮮烈なキレ、対を成す二本がSAKE HUNDREDの柱となる。
 
完成した酒を初めて口にした日を、生駒さんはこう振り返る。
 
「涙が出ました。自分の頭の中で描いていたものが、目の前に現れて」
 
生駒龍史(いこま・りゅうじ)
株式会社Clear 代表取締役CEO/SAKE HUNDRED ブランドオーナー。1986年、東京都生まれ。IT企業などを経て2013年に株式会社Clearを設立。2014年に日本酒メディア「SAKETIMES」を立ち上げ、2018年に日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を創業。国税庁主催「日本産酒類のブランド戦略検討会」委員(2019〜2023年)。2024年、日本醸造学会若手の会より醸造文化賞を受賞。
 
来火|RAIKA 
製造者|天領盃酒造(新潟)
原料米|佐渡産こしいぶき、岡山県産山田錦
精米歩合|28%
アルコール|13.6%
内容量|720ml
価格|2万2000円(税込)
 
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