その価値、1億円以上。盆栽は、80年先に届く手紙だ。
LOUNGE / ART
2026年6月4日

その価値、1億円以上。盆栽は、80年先に届く手紙だ。

 

LOUNGE|眞庄代表 眞利子大輔

 
東京・江戸川区の住宅街に、不意に視界が開ける場所がある。眞利子盆栽園。1974年に眞利子三次氏が開いたこの園は、3代に渡り内閣総理大臣賞をはじめとする日本最多の受賞歴が88回を数える、盆栽の世界において揺るぎない存在のひとつだ。その三代目を継ぐ、眞利子大輔さん。「唯一の“生きている美術品”が盆栽だ、と僕は思っています」。穏やかだけれど重みのある語り口に、職人の矜持とビジネスマンの胆力が同居していた。
 

Text by TSUZUMI Aoyama  l  Photograph by KEN Takayanagi

360日が5日に凝縮される、皐月の花

 
眞利子盆栽園が得意とするのは、皐月盆栽だ。
「皐月は2000種類ぐらいあるんですよ。だから、色彩の幅が途方もなくて。一年のうちたった5日間だけ花を元気よく咲かせます。360日の手入れがその一瞬に凝縮されるんです」。
 
園を案内してもらうと、溶岩石にしがみつくように根を張った松が目に入った。
「あの皐月も松も僕が作りました。皐月は根を岩の上に生やして、しがみつかせて。だからあれだったら荒波で」。
 
そういって指さした先には、力強い幹が激しく屈曲した、ダイナミックなイメージの松があった。盆栽には一鉢ごとに情景と物語があることをまざまざと見せつけられた。松のように皐月でも物語性を意識するのかと聞くと、「あります。全く同じです」と即答。
 
「皐月で僕ができることは、このように枝を構成することなんですけども、人さまに見せるには、この状態ではまだ恥ずかしいです。実際、しっかり根付き、美しい枝ぶりを構成するまでには20年ないしは30年の時間がかかるんですよ」(眞利子さん)
 
立派に見えた松の盆栽も、石に巻きつけてまだ5年ほどだという。完成形を見届けるのは、おそらく次の世代だ。30年後、50年後の誰かに届くことを信じて、今日も枝を整える。それが盆栽家の日常だ。
 

約3800鉢との対話

 
園内には約3800鉢の盆栽がある。毎日すべてに水をやる。夏場は朝と夕方の2回。ただ水をかける作業とは訳が違う。
 
「盆栽を作る際には、私の気持ちが1で、9が盆栽目線でないと、枯れるんですよ。一つ一つが異なる成長の仕方をするので、全く同じ型っていうのがないんです。この、型がないところが、盆栽の難しいところなんです。栄養剤には頼りません。水やりとか遮光の調整で、木が本来持っている力を引き出してあげるんです」。
 
約3800鉢それぞれに、それぞれの対話を要する。マニュアル化は、原理的にできない。3年から5年に一度は植え替えを行い、根をほぐし土を新しくする。効率化とは対極にある、途方もなく手間のかかる世界だ。
 
「枝が折れてしまったとしても、それを一つの味だと私は感じています。自然の中でも折れるものは折れますから」。
 
台風でやられた枝を嘆くのかと思いきや、眞利子さんはそこに新しい物語を見出す。自然がくれたアドリブを受け止めて形にする。即興演奏のセッションに近い感覚かもしれない。
 
眞利子家には際立った流儀がある。針金をほとんど使わない。盆栽の世界では枝を曲げるために針金を巻くのが一般的だが、眞利子家は剪定だけで樹形を仕上げていく。木が本来持っている成長の方向を見極め、不要な枝を切る。それを何十年も繰り返すことで形を作り、整え、初めてその木が活きる。途方もなく遠回りな芸術だ。
 
「自然の中にある木の姿をよく見に行くんです。特に、枝の角度、幹のうねりといったものを観察します。自然がつくる造形の中に、次の盆栽のヒントがあるので」。
 
「作っている感がない」と評される美は、こうした自然への没入と観察の蓄積から生まれる。眞利子さんはその技術と感性を、父・三次さんから受け継ぎ、磨き続けている。
 

革靴と地下足袋の二重生活

 
眞利子さんが盆栽家になるまでの道のりは、まっすぐではなかったという。父に弟子入りを志願したのは18歳。弟子入りこそさせてくれたものの、言葉数の少ない父は「継がなくていい」と、ぶっきらぼうに言い放った。
 
 
 
「もう根っからの負けず嫌いなんですよ、僕は。継がなくていいと言われたら、じゃあ結果を出して父を認めさせてから入ろうと思って。高級車のディーラーで営業から始めて、でも週末には必ず園に戻って剪定鋏を握っていました。平日は革靴で、週末は地下足袋。ずっとそんな生活を続けていました」。
 
弟子入りの最初の一年は、掃除ばかりだった。道具に触らせてもらえない。技術は「見て盗む」の世界だ。職人として一人前になるには10年かかるとされるこの世界で、眞利子さんは着実に腕を磨いていった。
 
「最初は正直、何が楽しいのかわからなかった。22歳のころですかね、ようやく自分で木を一から作れるようになったとき、はじめて盆栽のおもしろさが腑に落ちた感覚がありました」。
 
その後、平日のビジネスパーソンとしての眞利子さんは、外資系金融のマネジメント、ベンチャー企業の幹部と、ビジネスでも全力疾走を続けていた。
 
「30歳のときでしたね、父から、それとなく打診がありました。最近どうなんだ、とか、そろそろだな、とか。きっとそういうことなんだろうなと察しました」。
 

次世代のためにつくった株式会社

 
 
 
相変わらず言葉数の少ない父。それでも「継いで欲しそうな感じは少しづつ感じていたんですよね」と眞利子さん。ちょっとした言葉のなかにある、決定的なものを感じ取った。
 
「自分が家業を継いで何をするのかを考えました。自分の経験から気づいたことが一つあったんです。盆栽を学びたいと思っても、じゃあどこの会社に行けばいいのかといったら、日本どこにもないことに。まずはそれを作りたいと考えました」。
 
眞利子さんは家業をそのまま引き継ぐという形をとらず、自ら「株式会社眞庄」を立ち上げることにした。盆栽の売買を軸にしながら、ミシュラン星付きレストランや高級ホテルへの盆栽リース、日本庭園のコンサルティングへと事業を広げている。クライアントはレフェルベソンスや銀座小十、ブルガリ銀座店、セントレジスホテル東京など。
 
「盆栽を売るだけでは届かない場所がある。空間ごと設計して届けたかったんです」。
 

「JUME」という新しい扉

 
そしていま、眞利子さんは「JUME(樹命)」という新しい扉を押し開こうとしている。JUは「樹」、MEは「命」。命あるものが形を変えながら時を刻む、その営みを盆栽で表現するプロジェクトだ。株式会社眞庄こと「BONSAI SADASYO」とは別の軸として立ち上げた、アートとしての盆栽ブランドである。
 
 
 
 
「JUME(樹命)」は二つのラインアップで構成されている。そのひとつ、「匠景-SHOKEI-」は、伝統的な無形文化財・手漉き和紙などで盆栽の造形を一から再構築するものだ。
 
「JUMEの思いを体現する一つの形が“匠景”です。盆栽を飾りたいけれど管理が難しいという壁を、和紙で越えたかった。日本の文化を、まだ届いていない土地に届けたいんです」。
 
水やりも日光も不要。繊維が不均一に重なり合う日本の伝統的で特殊な和紙は、風化した樹皮や苔のテクスチャーを驚くほどの精度で再現する。生きた盆栽の輸出が越えられなかった、植物検疫という壁を、軽やかに越えていく設計は、海外への進出を睨むものでもある。
 
そして、もうひとつのラインである「無垢-MUKU-」は、生の盆栽が生命を終え、無垢になることで新たな生命を宿すそのものを作品として魅せるものだ。
 
 
 
「枯れたから捨てるんだろうって、多くの人はそう考える。けど、枯れたから盆栽の本来の価値がなくなるとは僕は思っていないんです。盆栽の付加価値は今までどのように生きて、盆栽家が管理をしたのか、その背景と物語が付加価値だ。そして、ありのままの姿のものがやっぱり美しい。無垢は、うちの針金を使わない技術があってはじめて成り立つんですよ。剪定だけで何十年もかけて導いた枝のラインは、木が命を終えた後もそのまま残るから」。
 
幹のひび割れ、枝のねじれ、根の露出。自然のまま生きた命が存在した証を、眞利子さんは「完成」と呼ぶ。生きている間に仕込まれた美が、枯れて朽ちてもなお消えない。侘び寂びの美意識を、盆栽で体現した存在だ。そこに眞利子大輔さんにしか作れないものがある。
 

80年先と今日を、同時に生きる

 
「日本文化の根底にある、気品というものを理解していないと、この日本文化も崩れてしまうと思っているんです。伝統的な文化や技術っていうのは軸として引き続き守っていくんですけども、それを尊重しつつ、壊さない形で新しい挑戦を私の代でチャレンジしていきたいんです」。
 
眞利子盆栽園の約3800鉢の管理、ミシュラン星付きレストランへのリース、JUMEの海外展開。盆栽の売買に始まり、空間設計、そしてアートへ。
 
眞利子大輔さんは、伝統と革新のあいだを毎日行き来しながら、盆栽の可能性を広げていこうとしている。80年先に届く手紙を書く人が、あなたの日常にも盆栽を届けるとしたら、選ばれるのはどんな一鉢だろうか。
 
 
 
眞利子 大輔(まりこ・だいすけ)
東京都出身。425年続く直系本家の長男として生まれ、眞利子盆栽園3代目。盆栽歴17年。眞利子盆栽園は3代に渡り内閣総理大臣賞をはじめ累計88回の日本最多の受賞歴を誇る。大手自動車メーカーや外資系金融で事業功績を達成し、ベンチャー役員等も務めた異色の経歴を持つ。2024年に株式会社眞庄、2026年に株式会社JUMEを設立。ビジネスの知見と伝統を融合させ、盆栽の真の価値を世界へ発信すべく業界の変革に挑んでいる。
 
眞利子盆栽園(BONSAI SADASYO) https://mariko-bonsai.com/
JUME BONSAI(樹命) https://jume-bonsai.com/
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