Truefitt and Hill|トゥルフィット&ヒル モニターレポート|宮本益光(バリトン歌手)_Vol.1
トゥルフィット&ヒル モニターレポート
宮本益光(バリトン歌手) イタリア滞在記(前編)
庶民派オペラ歌手と「トゥルフィット&ヒル」の真摯な対峙
4月24日、津田ホールで行われた「宮本益光リサイタル 日本語訳詞で聴くオペラ名場面集」で満員の観客を魅了したバリトン歌手、宮本益光氏。現在はイタリアに滞在中の彼に「トゥルフィット&ヒル」の体験レポートを送っていただいた。
写真=Jamandfix文=宮本益光
ベートーヴェンの「英雄」とおなじ年齢となるトゥルフィット&ヒル
200年以上の歴史をもつという世界最古の理髪店、トゥルフィット&ヒル。英国紳士のみならず、世界中のジェントルマンたち御用達アイテムとして君臨するその魅力をひも解いてみよう……そんな企画なのだが、愛媛の田舎に生まれた僕が、いったいどこまでその魅力に迫ることができようか。ハッキリいって自信なし。
ぶっちゃけ「どんなに気張っても、結局はただのヒゲソリ屋だろう……」という第一印象は拭えず。とはいえ、このままでは埒(らち)があかないので、トゥルフィット&ヒルの生まれた時代と、僕の仕事であるオペラの歴史との接点を探ることで、まずは親近感を得る作戦を展開する。
トゥルフィット&ヒル、その創業は1805年10月21日。1805年といえば、かの大作曲家ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)が、唯一のオペラ「フィデリオ」を初演し、大失敗に終わった年でもある。ムムム……縁起でもない。もっとマシな例はないのか。おお、おなじくベートーヴェンの作品で、革新的な交響曲と評され現在でも高い人気を誇る「英雄」の初演も1805年である。うん、トゥルフィット&ヒルの歴史をたとえるにじつにふさわしいではないか。最初からこちらを出せばよかった。
ベートーヴェンの「英雄」とおなじ年齢となるトゥルフィット&ヒル、たしかに英雄の称号を得るにふさわしいといえなくもない。世界最古の理髪店は伊達ではない。
トゥルフィット&ヒルを経験することで、フィガロを演ずるための糧となるか
世界最古の理髪店と聞いて、オペラ歌手ならば触れねばならぬ作品がある。トゥルフィット&ヒルの創業と、ベートーヴェン「英雄」の初演からさかのぼること30年前。1775年に発表されたボーマルシェ(Beaumarchais、本名: Pierre-Augustin Caron 1732-1799)の戯曲「セヴィリアの理髪師」である。
主人公のフィガロがセヴィリアの理髪師という役どころで、理髪のみならず街のよろず相談所的な役割を担っている。フィガロの使用していたシェービング道具一式は、歴史的にみてトゥルフィット&ヒルのものではなかろうが、トゥルフィット&ヒルがシェービングだけでなく、ウィッグ、フレグランス、ネイルサロン、果ては英国紳士の社交場と、その活動の場を拡大していったことは、フィガロを知る者であれば重要な共通事項として納得できよう。理髪師の社会的地位、その成功による貴族に対する影響力など、「セヴィリアの理髪師」のみならず、続編である「フィガロの結婚」からも十分うかがい知ることができる。
モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) 作曲の「フィガロの結婚」にも、当然フィガロが登場する。残念ながら僕が得意とする役は、フィガロが仕えるアルマヴィーヴァ伯爵である。スペインの貴族であるアルマヴィーヴァ伯爵の歌詞に「私はロンドンの大使に任命されて……」というものがある。おお、ロンドン。ちょっとだけトゥルフィット&ヒルに近づいてきたか?
フィガロの理髪師としての仕事ぶりを発揮するチャンスは、「セヴィリアの理髪師」では主人のヒゲを剃るシーン、「フィガロの結婚」でも奥様の髪にあたるシーンとしてしっかり用意されている。二大オペラに登場する理髪師の理髪師たるシーン……考えてみると、歴史的な意味においても、生活文化を知る意味においても、それは理髪師の存在価値の証といえよう。トゥルフィット&ヒルを経験することで、フィガロを演ずるための糧となるか。ふむ、トゥルフィット&ヒルの歴史の豊かさはわかった。できる理髪師のスティタスも理解できなくもない。残された問題は、いかにわが生活へと迎え入れるかだ。
いま僕の眼前にシェービング・セットが一式、デデンと並んでいる。僕はヒゲが濃いほうではない。ゆえにヒゲソリもシャワー中になんとなくすませる、ハッキリいってテキトーな行為でしかない。自分にとってさほど意味をもたぬヒゲソリのために、かくも美しく高そーな道具が存在感豊かに並んでいる。
トゥルフィット&ヒルよ、お前は僕にいかなる感動を与えてくれるのか。我が家の雑然とした洗面台では、トゥルフィット&ヒルの精鋭たちも居心地が悪かろうと、僕は仕事で訪れたイタリア・ミラノにてその実力を発揮してもらおうと考えた。
この広く美しい洗面所。トゥルフィット&ヒルの洗礼を受けるのにこの開放的な環境は最良に思える。早速、洗面台にトゥルフィット&ヒルの精鋭たちを配置。入浴に必要なのは石鹸だけ……というほどの豪の者ではないが、それでも適当なシャンプーとリンスがあれば事足りる僕にとってトゥルフィット&ヒルの製品群はまるで女性の洗面台を彩るコスメのようだ。しかしなんだかカッチョイイ。
イタリア滞在記(中編)へつづく
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