Truefitt and Hill|トゥルフィット&ヒル|モニターレポート|中野香織(服飾史家・明治大学特任教授)_Vol.3
Beauty
2015年5月11日

Truefitt and Hill|トゥルフィット&ヒル|モニターレポート|中野香織(服飾史家・明治大学特任教授)_Vol.3

トゥルフィット&ヒル モニターレポート

中野香織(服飾史家・明治大学特任教授)_Vol.3

『SPANISH LEATHER』と『FRESHMAN』、『CLUBMAN』の香りを語る

「トゥルフィット&ヒル」フレグランスモニターレポートの第3回(最終回)は、『SPANISH LEATHER』と『FRESHMAN』、『CLUBMAN』。今回も「トゥルフィット&ヒル」のフレグランス効果により、脳内に広がったジェントルメンズワールドを語ります。

文・写真=中野香織

SPANISH LEATHER

7つのフレグランスのなかでは、もっとも夜っぽく、ラテンっぽく、わかりやすく艶っぽい、こってりリッチな男の香り。旧きよきカスティリヤやグラナダのスピリットを再現したもの……だそう。スペインのコードバンレザー(馬のおしりの部分からとられた革)は、イングランドのそれよりも、祝祭的で甘くスパイシー……というイメージがあるそうですが、この「スパニッシュレザー」はみごとにそのイメージを反映している気がします。というか、もうはっきりいって、エロいです。すぐに浮かんだ顔が、髪をてかてかになでつけた、「風とともに去りぬ」時代の、クラーク・ゲーブル。

カスティリヤといえば、「カルメン」を連想してしまいますが、このフレングランスは、カルメン系の奔放で情熱的な女の挑戦を、堂々受けて立てるような、血中ラテン濃度の高い自信あふれる男にこそ、似合いそうな気がします。あるいは、一見、淡々としていておとなしそうな植物系の男から、至近距離に近づいたときにこのアニマル満開な香りがかすかに立ち上ってきたりしたら、そのギャップにどきっとする女性は少なくないかもしれません。いずれにせよ、香りの個性に負けない体力と精神力は、最低限、必要と思われます。

FRESHMAN

なにか過去に大ヒットした香水に似ているな……と思ったら、CK1? エタニティ? でもこの「フレッシュマン」の調香は1805年だから、こっちのほうがオリジナルなんですよね。似たようなトーンのフレグランスが何度も登場するということは、それだけ愛される度合いの高い香りのトーンでもあるということでしょうか。レモンやベルガモットといったかんきつ系の香りのまわりをセージやジャスミンがあたたかく包み込み、最後はウッドやムスクと溶け合ってしっとりと落ち着いていく……っていう感じ。「フレッシュマン」の名のイメージのとおり、ジェントルマンのサロンという敷居の高い世界をはじめて訪れ、受け入れられようと必死に背伸びして、でもその努力を見せまいとしている好青年を連想させます。英王室の次男坊、ハリー王子がこんなにおいだったらうれしいかも? モニター期間になぜかいちばん減りが早かったフレグランスがこれ。なんでだろうと思ったら、高校生の長男(17)がぞっこん気に入り、毎日ぱしゃぱしゃと使ってました(笑)。

CLUBMAN

1850年代のエクスクルーシヴなジェントルマンズクラブのメンバーっていうのが「クラブマン」の名の由来だそうですが。シトラスとミントのパンチが効いた、フローラルのようなウッディのような……。一筋縄ではいかない複雑な深みがあるのに、すっきりとあたたかくまとまった、都会的洗練を感じさせる香りです。連想したのが、典型的な紳士を演じたら右に出る男はいない、というデイヴィッド・ニーヴン。「80日間世界一周」のデイヴィッド・ニーヴンときたらば、「80日間で世界を一周できる」とジェントルマンズクラブで豪語し、全財産を賭けて、家来のパスパルトゥをつれ、大胆な冒険の旅に出て、次々と訪れるハプニングも常に紳士然と乗り切り、スマートにクラブへ戻ってきます。最後は運にも助けられる。豪放さと計画性、冷静さと寛容、実行力と強運。エクスクルーシヴなクラブマンって、そういうものを気負いなく兼ね備えた男なのではないかと憧れるのですが、そんな育ちのよさそうな男をイメージさせます。

ちなみに、19世紀のあるジェントルマンズクラブでは、新規会員が入会を希望する際、すでに会員であるメンバー全員が、白球(賛成)か黒球(反対)の投票をして、新人の入会を許可するかどうかを決めたそうです。黒球がひとつでもあれば、入会は許可されませんでした。この「クラブマン」は、なんというか、黒球をよせつけない、つまり他人に嫉妬や羨望や軽蔑といった黒い感情を抱かせない、「エリート(elite=選びぬかれた人)」の香り、という気がします。

「トゥルフィット&ヒル」のモニターレポートを終えて……

明確な個性をもった「トゥルフィット&ヒル」の七種類のフレグランスは、7タイプのクラシックなジェントルマン像をありありとイメージさせてくれました。ジェントルマンが何百年も男の理想型のひとつであり続けることができたのは、ジェントルマンの定義が時代とともに読み換えられてきたから。「ハードウエア」(社会的・経済的地位)の部分は変わらないとしても、ややあいまいな「ソフトウエア」の部分が時代に応じて柔軟に変わる。そんな芯の通ったしなやかさが紳士の強さの秘密です。

「トゥルフィット&ヒル」も実は、時代に応じて調香やボトルのデザインを少しずつ変えてきたそうです。基本はがっちりと守りながらも、変えるべきところは時代に応じてフレキシブルに変える。そうやって敏感に時代の変化に対応することで、「古くなる」ことなく、かといって「流行りモノ」として使い捨てられることもなく、常に信頼され愛され続けてきたのでしょう。まさにジェントルマンに似つかわしいフレグランスですね。

トゥルフィット&ヒル

           
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