Truefitt and Hill|トゥルフィット&ヒル|モニターレポート|中野香織(服飾史家・明治大学特任教授)_Vol.2
Beauty
2015年5月11日

Truefitt and Hill|トゥルフィット&ヒル|モニターレポート|中野香織(服飾史家・明治大学特任教授)_Vol.2

トゥルフィット&ヒル モニターレポート

中野香織(服飾史家・明治大学特任教授)_Vol.2

『WEST INDIAN LIMES』と『GRAFTON』の香りを語る

「トゥルフィット&ヒル」フレグランスモニターレポートの第2回は、『WEST INDIAN LIMES』と『GRAFTON』。今回も「トゥルフィット&ヒル」のフレグランス効果により、脳内に広がったジェントルメンズワールドを語ります。

文・写真=中野香織

WEST INDIAN LIMES

私が夏の定番として愛用しているフレグランスに、「カルトゥージア」というブランドの、「メディテラネオ」という「地中海の潮風とレモン」系の香水があります(奇遇にも、OPENERSでも紹介されました! ホンネをいえば、あまりメジャーになってほしくない、秘密兵器的香水だったのですが)。最初の印象が、それと同じ系統かな、というものでした。ぎゅっと絞られたライムとレモンが潮風に乗ってやってくる……というような、リフレッシュ効果の高い香り。ただこの「ウェストインディアン・ライム」の場合、鮮烈な最初の香りは、最後にはオークモスとほんのりと混ざりあい、シブく落ち着いたさわやかさの余韻をあとあとまで残します。中年なのにムリなく若々しい男、若いのにドキドキするほど落ち着き払っている男、そんな、若さと熟成感を兼ね備えた男をイメージしました。

西インドのライム、と名づけられているのは、1876年に英ヴィクトリア女王が「インド皇帝」として戴冠したことを記念しての調香だから、とのこと。ああ、なるほど、ならばイメージはディズレイリ、ですね。ユダヤ人出身の宰相にして小説家の顔ももち、ヴィクトリア女王にもっとも寵愛された、ケレンみたっぷりなところが魅力の政治家。夫アルバートを失った悲しみから長すぎるほどの喪に服していた女王をなぐさめ、おだて、勇気づけ、表舞台に再び引っ張り出す契機として「インド皇帝戴冠式」という一大イベントを考えたのが、ほかならぬベンジャミン・ディズレイリでした。

ロマンチストにして実利主義者、はったりのうまい山師にして老獪なばくち打ち。たとえばスエズ運河株を買収するときだって、ばくち打ちまがいの行動力で乗り切ります。1875年、ユダヤ人同志ということで仲のよかったロスチャイルド家に食事に招かれていたとき、エジプトのスエズ運河株の売却がフランスに打診されている、という情報をディズレイリはききつける。フランスの返事はまだ。ディズレイリは即買収を決めますが、英議会は休会中で400万ポンドの承認が得られない……。そこで彼はロスチャイルドに融資を打診するのです。担保がなんと、「大英帝国」。現代だったら大問題になりそうですが、結局このばくちに勝って、彼はブリティッシュ・エンパイアの繁栄に多大な貢献をすることになるんです。かっこよすぎっ。

そんなディズレイリは、年上・格上女性キラーでもありました。ヴィクトリア女王もそうだし、最愛の奥さまも、12歳年上(しかも裕福な寡婦で、気性のしっかりした女性)。ん~、想像するに、こういう女性は、若さと成熟、無謀と老獪を兼ね備えた年下男に、たしかにヨワそう。「ウェストインディアン・ライム」、年上・格上女性とお近づきになりたい男性に、ひそかな力を添えてくれるかもしれません(保証なし)。

GRAFTON

筋金入りのマッチョ。テストステロン(男性ホルモン)、濃厚。もう、女の立ち入るスキなんぞない、「ザ・男」な香りです。ラベンダーがどんと主役で、ラストはお香のようなおだやかな香りが立ち上り、外で激しく戦う中年男の、内に秘めた明るい静けさのようなものを感じさせます。

グラフトンとは「HMSグラフトン」、英国海軍で17世紀から活躍している戦艦の名です。トゥルフィット&ヒルの顧客の一人であったこの戦艦の将校の提案をヒントにして1983年に作られたフレグランスのようです。なるほど、女のいない世界の男の好み、といわれれば、理解できる気もいたします。ぱっとイメージしたのは、なぜか「鉄の女」、マーガレット・サッチャー元英首相。男だったらきっとこんな香りをつけこなしたはず。

ホンモノの男だったらやはりイメージはグラッドストンかな。ウィリアム・エワート・グラッドストン。ヴィクトリア時代に、4回にわたり、合計15年間、首相としてトップに立ったお方です。1日3~4時間しか眠らず精力的に執務を続け、政治的な手腕も華々しく発揮しましたが、娼婦が大好きだったことでも有名で、交渉をもった相手の名をいちいち日記に書きとめている(……)。とにかく、とてつもないエネルギーの持ち主で、公私にわたりそれを惜しみなく(?)出しきった男だったようです。ちなみに、両側にがばっと開く大容量の旅行カバンは、この政治家にちなみ、「グラッドストンバッグ」と名づけられています。男としての容量がでかい、と自負する方は、こういうフレグランスを試してみると、相性がいいかもしれません。

次回は『SPANISH LEATHER』と『FRESHMAN』、『CLUBMAN』の香りを語ります(6月2日公開予定)

トゥルフィット&ヒル

           
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