INTERVIEW|『不機嫌なママにメルシィ!』監督・脚本・主演、ギヨーム・ガリエンヌにインタビュー
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2015年1月17日

INTERVIEW|『不機嫌なママにメルシィ!』監督・脚本・主演、ギヨーム・ガリエンヌにインタビュー

INTERVIEW|フランス全土を笑いと涙で包み込んだ感動作
映画『不機嫌なママにメルシィ!』

監督・脚本・主演、ギヨーム・ガリエンヌにインタビュー(1)

母親に女の子のように育てられ、だれもがゲイだと信じて疑わなかった少年が、初恋に破れたことをきっかけに、自分のセクシャリティを模索する旅に出る──。そんな驚きの実話を舞台化し、大ヒットさせたのは2008年のこと。それから5年。今度は映画になって帰ってきた。はたして300万人を動員し、今年のセザール賞(フランス版アカデミー賞)最多となる5部門を制覇した『不機嫌なママにメルシィ!』。監督、脚本、そして主人公のギヨームと母親の2役を演じるという、1人4役(!)を華麗にこなしてみせたのはギヨーム・ガリエンヌ。OPENERSでは今回、フランス映画界のあらたな旗手との呼び声も高い彼にインタビューを敢行。映画化までの道のりから、2役を演じわける秘訣について、赤裸々に語ってくれた。

Photographs (interview) by JAMANDFIXText by TANAKA Junko (OPENERS)

人生を変えたオファー

──最初にこの自伝的物語を舞台で上演しよう、映画化しようと思われたきっかけってなんだったのでしょうか?

正直に言うと、最初から映画が撮りたかった。でも少し前まで、ぼくはまったく無名の役者だったから、映画化するための資金を集めるのが難しいなと思ってね。この作品は裕福なブルジョワ家庭が舞台。真実味をもたせるには、なによりもまずお金が必要だったんだ。

オリビエ・メイヤーから誘いを受けたのはそんなときだった。彼はパリ郊外のブローニュにある「l’Ouest Parisien(ルエスト・パリジャン)」という劇場の芸術監督を務めている人。コメディ・フランセーズ(フランスの国立劇団)の舞台でぼくの演技を見た次の日に電話をくれたんだ。「ギヨーム・ガリエンヌに白紙委任状(=条件をつけずにすべてを任せること)を与えたい」と言って。「その“白紙委任状”ってなんですか?」って聞いたら、「あなたのやりたい舞台を、やりたいようにやってくれたらいいんだよ」って言うんだ。

不機嫌なママにメルシィ!|ギヨーム・ガリエンヌ 2

──これ以上ないほど素晴らしいオファーですね。

本当にね。じゃあ、どんな舞台にしようってなったとき、迷わず自分の体験を題材にしようと思った。ぼくが長年温めてきた企画……それは女の子と思われたり、ゲイだと思われたり、混乱したセクシャリティを抱えていたひとりの少年が、あちこちで冒険を繰り広げながら、運命を切り開いていこうとする話。映画で描くのがベストだと思っていたけど、どんな形であれ、この話を形にする場を与えてもらったことがなにより嬉しかった。そんなわけで、まずは舞台でやってみようということになったんだ。

──舞台はどんな構成にしたのですか?

この話にはいろんな人物が登場する。舞台では52人出てくる設定にしたんだけど、ワンマンショーだったから……。

──え? 52人をひとりで演じたんですか?

そういうこと(笑)。でもワンマンショーだと、なにか事件があるたびに、ギヨームが茫然自失状態に陥るという、この話のカギになる部分を演じきることができなかったんだ。それにいろんな人物を入れ代わり立ち代わり演じていたから、ものすごくせわしなかった。ひとりひとりを丁寧に描く余裕はなかったね。

たとえば、舞台上での父親は、ほとんど存在しないと言ってもいいほど影が薄かった。ところが映画では、カメラワークとか見せ方によって、彼に存在感をもたせることができたんだ。たとえ大きな登場シーンはなくてもね。母親についてもおなじことが言える。舞台上では見せきることができなかった彼女の優しさや優美さを、映画のおかげでようやく取り戻すことができたんだ。

ぼくが描きたかったのは、ありきたりの真実じゃない。ぼく自身の真実。つまり主観的であっていいわけ。プルーストの小説『失われた時を求めて』のように、少年時代から現在、ある場所から次の場所へと瞬間移動する。男役と女役のあいだを行ったり来たりもする。ドキュメンタリータッチで人生を追っていくのではなくて、あくまでも映画のフィクションとして描きたかったんだ。

不機嫌なママにメルシィ!|ギヨーム・ガリエンヌ 3

不機嫌なママにメルシィ!|ギヨーム・ガリエンヌ 4

──舞台を観た観客の反応はいかがでしたか?

驚くほど大きな反響があった。最初はオリビエ・メイヤーの劇場で、12回だけ公演して終わる予定だったんだ。だけど口コミで噂が一気に広まって、パリの「Théâtre de l'Athénée(アテネ劇場)」という由緒正しい劇場で再演することになったり、モリエール賞という演劇賞を受賞して、また再々演することになったり。大成功だったと言えるんじゃないかな。とにかく観客席の笑いがすごかったのと、芝居が終わったあと、ぼくの楽屋を訪ねてきてくれる人たちの数もまたとんでもなくて、これならもうちょっといけるんじゃないかと思った。映画に翻案してみるのはどうかなって。

ワンマンショーをやりきった感もあったね。ひとりでおなじ演目をずっとやっていると、どうしても次はこれをこうするというのがわかってきて、精度が高まりすぎてしまうんだ。それってたくさん稽古を積み重ねてきた“結果”でしかなくて、“現在進行形”じゃなくなってしまう。もちろんなにかを作り上げるとき、稽古というのは欠かせないものだけど、一度会得したら手放さないといけない。ぼくは現在進行形のものにしか興味がないんだ。

INTERVIEW|フランス全土を笑いと涙で包み込んだ感動作
映画『不機嫌なママにメルシィ!』

監督・脚本・主演、ギヨーム・ガリエンヌにインタビュー(2)

午前はママ、午後はギヨーム

──ギヨームさんが考える舞台と映画のちがいってなんでしょう。

映画では完全に自分を投げ出さなきゃいけない。監督を信頼してついていく感じだね。自分でコントロールできる部分が、舞台よりも圧倒的に少ないから。たとえばカメラが、自分をどういう風に撮っているのかはわからないし、編集のところでどういう場面がカットされているのかもわからない。演じる側としては、そういうことを一切コントロールできないんだ。それが舞台の場合は、前もって演出家と稽古をするわけだけど、幕が開いて舞台に立ったら、そこにいるのは自分だけ。最後は自分を信頼して演じるしかない。そういうちがいがあるね。

不機嫌なママにメルシィ!|ギヨーム・ガリエンヌ 5

それから舞台は、よりアスリート的な感覚を求められると思う。夜に公演があるときは、朝起きたときからコンディションを整えて、一番いい状態で夜を迎えられるようにする。公演が数日つづくときは、毎晩ライブをしているような感じだね。映画はというと、ほかのキャストもスタッフも周りにいる状況で2カ月間、ずっとライブがつづくわけだ。個人的には映画の方が疲れる気がするよ。

──舞台を映画化するにあたって、なにか苦労したことはありますか?

いや、逆だよ。この話が舞台にしか存在しないことこそ、ぼくにとってフラストレーションが溜まることだった。実際に舞台ではできなかったけど、映画ではできたことがたくさんあったんだ。たとえば裕福なブルジョワ家庭という設定。家のなかはこういう内装で、母親はこういう服を着ていて、暖炉のところにこういう花が飾ってあって、写真が置いてあって……。フランス人が“裕福なブルジョワ家庭”と聞いて、すぐに思い浮かべるいわゆるクリシェ(=紋切り型の固定イメージ)があるんだけど、そういう細かい部分を舞台ではまったく見せられなかった。

映画にはほかにもクリシェがたくさん登場する。スペインに語学留学したとき、送り込まれたのは映画とおなじように醜い街。だから現実逃避するために「ここは(ペドロ・)アルモドバルの世界なんだ」って言い聞かせながら、自分で自分を慰めたりした。スペインのところがアルモドバルの映画風なのは、そういうわけなんだ。それからホストマザーのパキには、カルメン・マウラ(注・アルモドバル作品の常連)に似ている人をキャスティングしたり、留学先のイギリスはジェームズ・アイボリーをイメージして、アイボリーの映画風に描いてみたり。これはぼく自身がもっているクリシェなんだけどね。

──今回はじめて挑戦された監督業についてはいかがでしたか?

準備と撮影自体はすごく楽しかった。だけどそのあとの編集には苦労したね。あまりにもたくさんの可能性がありすぎて、選びきれないっていうのが本音。すごく骨の折れる作業だったよ。演じながら監督すること? じつは舞台版の演出家を務めてくれたクロード・マシューが、映画の撮影現場にも来てくれたんだ。モニターを観ながら、ぼくの演出をしてくれたのは彼女ってわけ。いわばぼくの映画デビューを支えてくれた“共犯者”だね。もう監督2作目も考えていて、ぼくの女友達の身に起こった実話を映画にしようと思っているんだ。

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──今回はあなた自身(ギヨーム)とお母さん(ママ)の2役を演じられたわけですが、どうやって演じわけていたのでしょう。

「ややこしくなかった?」ってよく聞かれるんだけど、ぼく自身はまったく問題なかった。午前中に母親をやって、午後はギヨームをやってという感じで演じわけていたからね。でも周りのスタッフは戸惑っていたみたい。特に母親を演じているときはそう。100%母親になりきっていないうちは、スタッフの前に顔も出さなかったからね。ただの扮装だって思ってほしくなかったんだ。ぼく自身は扮装しているつもりは微塵もなくて、母親を全身で体現していたわけだから。

とにかく女の子のように振る舞おうとしていた子ども時代、最大のモデルにしてお手本になったのは彼女だった。次第におなじ声、おなじ振る舞い、おなじ仕草を身につけていったよ。なよなよしていたわけじゃなくて、彼女になりきっていたんだ。それがぼくにとって最初の演技であり、それから15年にわたってリハーサルを繰り返してきたわけだ。

でもあるときクロードに言われたよ。「みんなの戸惑いが理解できる?」って。「午前中、母親になりきっているときは、監督として『ああしろこうしろ』って独裁的に指示を出すのに、午後になったら、突然15歳ぐらいのナイーブな少年になってあらわれるのよ」。それを聞いたときは、たしかにと思ったね(笑)。

──映画を観てお母さんはどんなことをおっしゃられていましたか?

舞台より映画の方がグッときたって。昔から彼女とぼくはユーモアのセンスを共有しているんだ。眼差しとか細かい仕草、突飛な表現まで、自分とそっくりだって笑い転げていたよ。

──自分自身をさらけ出すことに不安はなかったですか?

なかったね。『イヴ・サンローラン』でピエール・ベルジェを演じたり、コメディ・フランセーズで“ル・ダンドン(=間抜けな男)”を演じたときの方が、もっと自分自身をさらけ出していたと思うよ。だけどできあがった映画を観るのは、ちょっと奇妙な体験だった。まれなことだけど、もう一度スクリーンのなかで自分の人生を生きているように感じるんだ。でもまあ、それも悪くないね。ぼくはぼく自身の物語を語るために存在しているんだから。

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Guillaume Gallienne|ギヨーム・ガリエンヌ
1972年、フランス・パリ近郊のヌイィ=シュル=セーヌ生まれ。実業家の父親と貴族の血を引く母親のもと、四人兄弟の三男として育つ。19歳のときに演技の世界を志し、フロランの演劇学校へ。2005年より、国立劇団「コメディ・フランセーズ」の正規団員として活躍。数々の舞台で実力を認められる一方、人気テレビ番組のホスト役としてもその名を知られるように。映画ではソフィア・コッポラ監督の『マリー・アントワネット』(2006年)や『サガン –悲しみよ こんにちは–』(2008年)などに出演。最近では『イヴ・サンローラン』(2014年)で、公私ともにサンローランを支えつづけたパートナー、ピエール・ベルジェを味わい深く演じ、高く評価されたことも記憶にあたらしい。自身の実体験から生まれた本作は、フランスで観客動員数300万人を突破する大ヒットを記録。さらに今年のセザール賞(フランス版アカデミー賞)では、並み居る強豪を抑えて、作品賞、主演男優賞など主要5部門を制覇し、大きな話題を集めた。

『不機嫌なママにメルシィ!』

9月27日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

監督・脚本・主演|ギヨーム・ガリエンヌ

出演|アンドレ・マルコン、フランソワーズ・ファビアン、ダイアン・クルーガー、レダ・カテブほか

配給|セテラ・インターナショナル

2013年/フランス、ベルギー/87分/原題『Les garçons et Guillaume, à table!』

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