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2024年12月25日
なぜ今、ブリオーニは職人育成に本気なのか
Brioni|ブリオーニ
テクノロジーの進化が加速する今、ファッション界ではある逆説的な動きが注目を集めている。老舗メゾンが、職人の手仕事と技術の継承に本気で取り組んでいるのだ。なかでもイタリアの名門「ブリオーニ」は、年間1,300時間におよぶ本格的なカリキュラムと手厚い奨学金制度を備えたテーラリング学校を新設。最新技術が発展を遂げる時代だからこそ、職人の技が持つ価値の再発見が始まっている。
Text by YAMAGUCHI Koichi
デジタル化の時代だからこそ、人の手による価値
近年、デジタル化やAIの進化が加速度的に進む中で、「スローライフ」という言葉が改めて注目を集めている。2000年代に入って広がったこの考え方は、効率や利便性を追求する現代社会への一種のアンチテーゼとして捉えられてきた。そして今、その思想は高級ファッション界においても、時間をかけた丁寧なものづくりと永続的な価値を重視する「スローラグジュアリー」という新たな価値観として表現されつつある。
エルメスやルイ・ヴィトンといった老舗メゾンがこぞって職人育成プログラムを強化し、シャネルは職人の技術を守るため、専門工房を次々と買収。伝統的な職人技を守り、次世代に継承していく取り組みが、ラグジュアリーブランドの間で活発化している。
そんななか、イタリアの老舗メゾン、ブリオーニが新たなテーラリング学校「スクォーラ・ディ・アルタ・サルトリア・ナザレノ・フォンティコリ」を開校し、次世代の職人育成に本格的に乗り出した。年間1,300時間におよぶ本格的なカリキュラム、マスターテーラーによる直接指導、そして若い才能を支える手厚い奨学金制度。これらの取り組みからは、匠による確かな技と手作業による丁寧なモノづくりにこだわり続けてきた同社の揺るぎない姿勢が見て取れる。
「我々が追求するすべての活動は、現代ファッションのスピードに抗い、メゾンの基本理念を尊重・遵守することを目指しています」。ブリオーニのCEO、メディ・ベナバジ氏の言葉には、効率や利便性が重視される現代だからこそ、職人の手から生まれる価値を大切にしたいという強い思いが込められている。
実際、ブリオーニのビスポークスーツの仕立てには24時間以上、タキシードジャケットには32時間もの時間を要する。手縫いから伝統的な技法で製作されるボタンホールに至るまで、ひとつひとつの工程が正確で丁寧に行われ、22名もの職人が携わる特定の手作業は、75年間ほぼ変わることなく受け継がれてきた。
スローラグジュアリーが示す新しい価値観
ブリオーニが掲げる「スローラグジュアリー」という理念は、単なるブランドの哲学を超えて、現代社会に新しい価値観を投げかけている。それは、速さや効率を追求するのではなく、時間をかけて丁寧にモノを作り、長く大切に使うという考え方だ。
たとえば、ブリオーニのスーツには、着る人とともに進化するようデザインされた特別な縫い代が設けられている。体型の変化に合わせて修正できる「一生ものスーツ」というコンセプトは、使い捨ての消費文化に一石を投じる、サステナブルな取り組みとも言えるだろう。
イタリアのラグジュアリー産業の発展を支援するアルタガンマ財団は、業界が直面している深刻な課題を指摘する。同財団の事務局長ステファニア・ラッツァローニによると、今後5年間でラグジュアリー企業には27万6000人の技術職の専門家が必要とされ、そのうち7万5000人はファッション業界で求められているという。しかし、約50%の企業が人材確保に難航している状況だ。
こうした状況を踏まえ、ブリオーニの新設校では、初年度の16名全員に入学金の85%を負担する奨学金が授与される。さらに、試験に合格した場合は入学金が全額返還されるという手厚いサポート体制も整えられた。
AIやロボットでは代替できない職人技
AIやロボットが人間の仕事を代替するという議論が盛んな今だからこそ、このような職人育成への投資には大きな意味がある。職人の技には単なる作業の正確さだけでなく、素材を見極める目、手の感覚、そして長年の経験に基づく創造性が不可欠だからだ。
ブリオーニの取り組みは、単なる伝統技術の保存にとどまらない。それは、現代のライフスタイルに合わせてエレガンスを進化させ、新しい時代におけるラグジュアリーの意味を問い直す試みでもある。
効率や利便性を追求する現代だからこそ、時間をかけて丁寧に作られたものの価値は、むしろ増していくのかもしれない。ブリオーニの職人育成への本気の投資は、人の手による創造の価値を未来に伝えていく、ひとつの答えを示しているようだ。
問い合わせ先
ブリオーニ クライアントサービス
Tel. 0120-200-185
https://www.brioni.com/jp