新型ベントレー フライングスパーに国内で試乗|Bentley
Bentley Flying Spur|ベントレー フライングスパー
さらに美しく さらに快適に進化した2代目
新型フライングスパーに国内で試乗
8年ぶりのフルモデルチェンジを迎え、3月のジュネーブモーターショーでワールドプレミアをうけたベントレー フライングスパー。伝統に則った、職人の手作りによるエクステリアやインテリアと、フォルクスワーゲングループによるハイテク装備をあわせもつベントレーのラグジュアリースポーツサルーンは、如何なる進化を遂げたのか。九島辰也氏の中国での国際試乗につづき、大谷達也氏がいよいよ日本に上陸したフライングスパーのハンドルを握った。
Text by OTANI TatsuyaPhotographs by ARAKAWA Masayuki
ベントレーのスピリット
「世界の高級車市場をリードする自動車メーカー」「ル・マン24時間で通算6勝をあげた唯一のスーパーラグジュアリーブランド」「世界でもっとも多く12気筒エンジンを生産する自動車メーカー」──ベントレーに与えられた賛辞はほかにも数限りなくある。けれども、ベントレー自身がもっとも大切にしているのは「我々は世界最良のドライバーズカーを作りつづける」という信念ではないだろうか?
ベントレーといえば、まずはレザーとウッドがふんだんにつかわれた豪華なインテリアをおもい浮かべる。それは、おなじ高級車ブランドとはいえ、年間に数十万台を越す大量生産をおこなっている自動車メーカーには到底手に負えない領域である(ベントレーの2012年の年間販売台数は8,510台)。
そのいっぽうで、フォルクスワーゲン グループ傘下のベントレーは、フォルクスワーゲンやアウディが生みだした最新テクノロジーをおもう存分扱える特権も手にしている。つまり、ハンドクラフトでなければたどり着けないハイエンドのクォリティと、大規模自動車メーカーでなければ実現できない最先端技術の両方を自由自在にもちいることのできる数少ない自動車メーカーのひとつがベントレーなのだ。
ただし、ベントレーがただひたすらラグジュアリーカーだけを作りつづけてきたメーカーでないことは、その歴史を振りかえり、また彼らの最新のモデルに試乗すれば一目瞭然である。
歴史的には、創業間もない1924年から1930年にかけてル・マンで計5勝をあげたことはあまりにも有名だし、1930年にはカンヌを出発した特急列車“ブルートレイン”がフランスのカレーに到着するよりも早く、おなじタイミングでスタートした「ベントレー スピードシックス サルーン」でドーヴァー海峡を越えてロンドンまで走りきる、一種の冒険旅行を成し遂げている。
そのスピリットは現代にも引き継がれ、2003年には6度目のル・マン優勝を達成したほか、パワフルなツインターボエンジンを積む量産モデルのコンチネンタルシリーズは最大625psの強大なパワーで4輪を駆動、現実の道路環境でも抜群のトラクションと安定したコーナリングフォームをしめす。
そして搭載エンジンによって多少キャラクターのちがいはあるものの、どれをとっても2トンを楽々上まわる重量級クーペとはおもえないほど軽快で正確なハンドリングに終始する。「やはりベントレーはただのラグジュアリーサルーンではなく骨太なGTカー」 。そのステアリングを握れば、きっと誰もがそうおもうことだろう。
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さらに磨きをかけた後席の快適性
先ごろフルモデルチェンジを果たした新型フライングスパーには、ふたつの大きな特徴がある。ひとつは、モデル名から2ドアクーペを象徴する“コンチネンタル”がはずれ、シンプルに「ベントレー フライングスパー」と名乗ることになったこと。もうひとつは、あまり評判が芳しくなかった後席の快適性を向上させることだったという。
このふたつのあいだには意外な結びつきがある。その鍵を握るのは、いまや世界最大の自動車市場となった中国だ。かの国では高級車の売れ行きもすさまじく、「売り上げNo.1は中国」と公言する高級車メーカーは少なくない。
2012年に前年比22パーセントの成長を遂げたベントレーにとっても同国の市場は重要で、アメリカの2,457台に次ぐ2,253台を中国で販売。しかも、伸び率ではアメリカの22パーセントを上まわる23パーセントを記録している。
ところで、中国の高級車はその多くがショーファードリブン、つまり専門の運転手がステアリングを握り、クルマのオーナーは後席で寛ぐケースだという。
このためもあって4ドアサルーンへの人気が根強く、4ドアに限っていえばベントレーにとっても中国が最大のマーケットとなっている。ちなみに、中国のベントレーは約9割がショーファードリブンでつかわれているとの統計もあるほどだ。
その中国から届いたリクエストが「もっと後席の快適性を高めて欲しい」というものだった。ドライバーズカーゆえ、ベントレーのクルマづくりはドライバビリティ優先で、後席の静粛性や居住性にはどうやらスキがあったらしい。
私自身は、ベントレーに乗るチャンスがあれば積極的にステアリングを握ってしまうので、後席に腰掛けたことはほとんどなく、またそういった不満を抱いたこともない。ただし、世界の名だたる高級車の後席を味わってきた中国人がそういうのだから、まちがいないのだろう。
ちなみに、私は最近、複数の関係者から「中国人顧客の審美眼はとてもしっかりしたものだ」とのコメントを耳にしている。彼らの評価や好みを軽視することは、ベントレーにとっても許されなかったのだろう。
また、2ドアクーペとの関連性を示唆するコンチネンタルの名称が外れたことも、フライングスパーが4ドアサルーンとしての独立性を高めた結果と見ることができる。
もっとも、4ドアサルーンのボディをもつベントレー フライングスパーが、ドライバーズカーとしての資質を損なわずに後席の快適性を向上できるなら、こんなに素晴らしいことはない。いくらドライバーズカーとはいえ、大切な家族や友人をリアシートに招き入れることもあれば、時には自分自身が後席に乗ることだってある。
それを考えれば今回の改良は間違いなく歓迎されるべきもののはず。ただし、「もしもドライバーズカーとしての資質が失われていなければ……」という条件付であることは前述のとおりである。
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イギリス車らしい味わい
では、試乗した結果はどうだったのか。あらたに採用されたアンダーフロアの吸音パネルや防音材の成果なのだろう。静粛性は従来型をはっきりと凌いでいる。たとえばエンジン音やロードノイズのように、クルマ自体が発する音はほぼ完璧に遮断されており、車内は極めて静か。ただし、ドイツ製高級車のように、ドアや窓を密閉して得た静粛性とはひと味ちがう。
実際、車外の気配はなんとなくキャビンにも伝わってくるし、あくまでも感覚的な話だが車外と車内の空気の入れ換えも潤沢におこなわれているらしく息苦しさは感じない。このため、強い開放感と優れた静粛性を同時に楽しむことができる。この辺はベントレーらしいというか、イギリス車らしい味わいといえる。
また、エンジンのスペックはコンチネンタルの最強スペックであるGTスピードと肩を並べているものの、フルスロットルにしたとき、コンチネンタルのようにエグゾーストノートが一段と高まることなく、優れた静粛性を保ったまま一気に加速していく様子も実に品がいい。周囲の迷惑を顧みずに大きな排気音をがなり立てるクルマは、残念ながら私の好みではない。
4段階のエアサスペンション設定
乗り心地はより快適性が強調されたものになった。4段階で切り替えられるエアサスペンションの設定も全般的にソフト傾向で、どれを選んでもその差は決して大きくない。もしも自分がオーナーになって、しばらくこの設定をかえていなかったら、どれを選んだか忘れてしまったとしても不思議ではないくらいだ。
ただし、これは前席での話。後席に場所を移すと、意外なほどその差が明瞭になった。仮にいちばんソフトなポジションを1、ハードなポジションを4とすると、前席ではただ快適なだけだった1はやや軟らかすぎで、もうすこしクルマの上下動を抑えたくなる。2は、いかにもイギリス的な乗り心地が味わえる。
そして振動の収束はまずまず早く、ハーシュネスの遮断も合格点。総合評価としてもっとも高い得点を与えられる。これよりもう少し減衰率が高まる3は、がらっとタイプがかわってドイツ製高性能セダンに近い乗り味となる。とにかく、外乱が入ったあとの収束の早さが印象的で、多少ハーシュネスがあってもダンピング性能のほうが気になる人向け。
いっぽう、もっともハードな4になると、突き上げ感やハーシュネスはギリギリ受け入れられるけれど、「なにもそこまで無理やり振動をおさめなくてもいいじゃない?」という強引さが鼻についてしまう。リアパッセンジャーの立場からいえば、この選択はなしだろう。
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あくまでもジェントル
では、ハンドリングはどうか? 全般的な快適性は向上しているのに、操安性にはこれといったデメリットを感じなかった。高速道路で走行中にわずかにステアリングを切った“微舵応答”もじゅうぶん。
安全な場所を選んで少し強引なコーナリングを試したが、あくまでも安定した姿勢を崩さなかった。今回は市街地での試乗が中心で、山道でのハンドリングは試せなかったものの、これまでの経験から推測すればベントレーらしさが大きく損なわれているとはおもえなかった。
それはドライブユニットも同様。625psを生み出す6.0リッター W12ツインターボエンジンは2,000rpmという低回転域で800Nmという途方もない大トルクを発生するが、街中で不用意な運転をしたからといってこの巨大エンジンが暴走することはなく、あくまでも従順な姿勢を崩さない。
“彼”が0-100km/h加速4.6秒、最高速度322km/hというスーパーカー並みのパフォーマンスを発揮するのは、あくまでもドライバーが明確にそれを欲した場合に限られる。
いっぽうで、燃費はZF製の最新8段ATを得たことで先代より13.5パーセント向上し、欧州式の表記で14.7ℓ/100km、日本風に書けば6.8km/ℓをマークする。決して褒められた数字ではないけれど、このクラスのラグジュアリーサルーンを購入する層にとってはさして問題にならないのかもしれない。
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ボディ全体から匂い立つクォリティ感
紹介する順番が最後になってしまったが、個人的に新型フライングスパー最大の見どころは、そのエクステリアデザインにあるとおもっている。
新型のコンチネンタルGT同様、航空宇宙産業でもちいられるスーパーフォーミング技術で成型されたフェンダーのエッジはどれも極めてシャープ。この、まるでアイロンをかけたばかりのシャツのように折目のはっきりとしたボディパネルは、それだけでクルマの放つ高級感が一段引き上げられるような気がする。
また、力強いCピラーがリアフェンダーと交わるあたりの造形は極めてバランスがよく、ベントレーのフラッグシップモデルであるミュルザンヌを彷彿とさせる。
いやいや、ミュルザンヌを思い起こさせるのはリアセクションばかりではなく、ボディ全体から匂い立つクォリティ感がミュルザンヌに限りなく近づいてきたようにおもえるくらいだ。
快適性が向上し、スタイリングも美しく生まれかわった新型ベントレー フライングスパーは、最高出力が先代フライングスパー スピードの610psを凌ぐ625psとされたにもかかわらず、価格は2,280万円と300万円(!)ほどお買い得になったことも、見逃せないポイントだろう。
Bentley Flying Spur|ベントレー フライングスパー
ボディサイズ|全長 5,295 × 全幅 1,976 × 全高 1,488 mm
ホイールベース|3,065 mm
トレッド 前/後|1,643 / 1,642 mm
重量|2,475 kg
エンジン|5,998cc W型12気筒 直噴DOHC ツインスクロール ツインターボ
最高出力| 460 kW(625ps)/ 6,000 rpm
最大トルク|800 Nm / 2,000 rpm
トランスミッション|8段オートマチック
駆動方式|4WD (前40:後60)
サスペンション(前)|4リンクダブルウィッシュボーン式エアサスペンション
サスペンション(後)|トラペゾイダルマルチリンク式エアサスペンション
タイヤ 前/後|275/45ZR19
最小回転半径|5.85 m
Cd値|0.29
最高速度|322 km/h
0-100km/h加速|4.6 秒
燃費(EUサイクル値)|14.7 ℓ/100km
CO2排出量|343 g/km
価格|2,280 万円