新連載|丸若裕俊の“旅のモノ語り”~同行逸品~|ゲスト 佐渡島庸平|ThreeBond
LOUNGE / ART
2015年4月6日

新連載|丸若裕俊の“旅のモノ語り”~同行逸品~|ゲスト 佐渡島庸平|ThreeBond

新連載「同行逸品」|丸若裕俊がゲストと繰り広げる“旅のモノ語り”

同行一人目|佐渡島 庸平(株式会社コルク・代表取締役)

本を読むための旅支度(1)

伝統的な匠の技と、最新の技術力を融合・投影したプロダクトをプロデュースする、丸若屋代表の丸若裕俊氏。彼をホストに、毎回異なるゲストが“旅に持っていくモノ”を持参して、旅について語らう新連載がスタートする。本連載をサポートするのは、“旅には、人と人をくっつける力がある。それは旅仲間同士の絆であったり、旅行者と地元住民の絆であったりする”――そのように考える工業用シール剤・接着剤メーカー「株式会社スリーボンド」だ。記念すべきゲスト一人目には、『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』のプロデュースで知られるクリエイターのエージェント、佐渡島 庸平氏を迎えた。

※「同行逸品(どうぎょういっぴん)」とは、四国遍路の言葉「同行二人(どうぎょうににん)」からヒントを得たタイトルです。常に弘法大師と一緒に巡礼しているという意味で、笠などに書きつける語のことです。選び抜いた逸品とともにその人の旅がある――そんなイメージを表現しています。

Photographs by JAMANDFIXText by KASE Tomoshige (OPENERS)

今はKindle、当時は本30冊

丸若裕俊(以下、丸若) 

さっそくですが、出張で絶対に持っていきたいモノってなんですか?

佐渡島庸平(以下、佐渡島) 

いや、実はあんまりないんですよ。出張の時はこだわりはないんです。困ったら現地で買えばいいかなと。最近の出張だと、もう何時の飛行機に乗るか、当日にならないとわからない、という状況で。出発する日付はわかっていて、前日の晩に「明日は何時起きだ? おお、5時起きだ!」みたいな。

丸若 

海外に気持ちが行ってない、ってことですね?

佐渡島 

ぎりぎりまで“日本”なんですよね。だから荷物も、適当にガーッてつめて、さあ行くぞ、って感じなんですよ。適当なスーツケースで……しかも近場、北京とかだとボストンバッグで行っちゃいます。着替え超適当。

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佐渡島庸平氏

丸若裕俊|同行逸品 04

『宇宙兄弟』など、佐渡島氏の手がけたマンガ作品の数々

丸若 

連載一回目にして……前途多難な人を選んでしまいました(笑)。

佐渡島 

最近はKindleだけ入れています。とにかく「本が読めない」というのが嫌なんで。読みたい時に読めないのは、絶対嫌なんです。いま忙しいから読む本の数、相当減っていますけどね。読まないと嫌ですね。

丸若 

本さえあれば、後はどうとでもなるぞ、と。

佐渡島 

昔はまずKindleがなかったんで、本を持っていきましたね。学生時代の旅行はお金がなかったので、高い宿を予約することもなかったです。入国審査で「どこに泊まるか」って書くことが多いですけど、決まっていたことはなかったですね。ユースホステルとか、安いとこしか泊まらないし。

丸若 

ホテルに対してもあまりこだわりがなかったんですね。

佐渡島 

まあ、お金がなかったんですね。旅費だけでかなりお金使っちゃってますから。あと、僕は食事が好きなので、旅行中に高いレストランは行くんですよ。その時のために、ちょっとだけいい服は持っていくんだけど。で、ランチで1万円、2万円はいくらでも払うんだけど、宿は3000円、5000円。アジアだったらもっと低く抑えられますね。

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丸若 当時だからとはいえ、変わってますよね? 食事にお金をかけて、できるだけいい服を持って行くけど、ホテルは優先順位低いってことですよね? プライオリティが全然違う。

佐渡島 そうです。学生のときはタクシーも乗らないし。電車は少し乗るけど、基本全部歩きだったんで。スーツケースであちこち歩けないじゃないですか。だから、100リットル入るリュックで移動してたんですよ。

丸若 

都市でもバックパッカー状態ですね。

佐渡島 

そうそう。それでたとえば20日くらい旅行する時は、30冊くらい本を持って歩くんで(笑)。リュックも30冊の本が入っている。一度、イギリスでぎっくり腰になって。一歩も動けなくなって、タクシーに乗って病院行きました(笑)。

丸若 

私と同年代の面白い人って、価値観がゆがんでる人が多いんですけど……ずいぶん面白いゆがみ方ですね(笑)。いや、すごいですよね。本のせいでぎっくり腰。30冊って、ちょっとした本棚ですよ。

佐渡島 

旅行の計画を立てるときに、「どこで何を読むか」も計画を立てるんですよ。ポルトガルに行ったら、「このフェルナンド・ペソア(ポルトガル出身の詩人・作家)の詩集を読むぞ」とか。そういう感じで、イギリスのこの公園だったら、この本読みたいよな、とか。台湾の喫茶店で、ずっと本読んだりしてました。朝飯食いながら本読んで、どっか公園行って本読んで、昼飯食って、また別の公園行って本読んで、それで旅は終わり。僕、夜遊びもしないからすぐ寝ますし。

丸若 

前職(講談社の編集者)の時、基本的に、本が好きな人が多いじゃないですか。同じような感じの人って、いました?

佐渡島 

いや、まずこんな話、したことないです。学生時代の話だし(笑)。とにかく旅行は、本が重要ですね。

本と作家への敬愛

佐渡島 

その作家の感じた空気の中で、その本読みたい、っていうのがすごくあって。ベタですけど、アジアは沢木耕太郎の『深夜特急』を読んで、行きたくなりましたし、アラスカの川をカヤックで下ったときも、野田知佑の本を読んで行きましたし。

丸若 

作家さん、マンガ家さんの頭の中を、リアリティを、どこまで共有できるか。佐渡島さんは社員に対しても、その辺りを要求しますよね。でも、学生の時からそのノリだったんだから、佐渡島さんに追いつくのは相当大変ですよね。

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ミネラルウォーター「ソラン・デ・カブラス」(スリーボンド貿易株式会社 http://www.threebond-trading.co.jp/

佐渡島 

そうですよね……僕、相当本が好きだと思いますよ。本と作家への尊敬はすごくあります。やっぱり、コルクの社員として、会社に入りたいって言っている子たち見ていて不満に思うのが、彼らの能力がどうこうじゃなくて、本への愛情とか作家への敬愛が足りなくて。そこが足りないというのは、僕のやっているような仕事においては、絶対的な能力の欠如なんです。丸若さんも、モノへの偏愛がないとだめじゃないですか?

丸若 

職人とその技術に惚れ込まないとだめですね。モノが好きな人って結構いるんですよ。でも作っている側の人間がどういう考え方で、何を喜び、悲しむかまでを知りたい、ってところまでいく人は、少ないですよね。

佐渡島 

マンガ好きの人の「作品Aと作品Bが好き」っていうのはわかるんだけど、その作家のことがすごく好きだと、作品Aと作品Bが好きっていうのは、その、同じような人物じゃないから、成立しなかったりもするんです。AとCは好きって言っていいんだけど、AとBは好きって言っちゃだめ、みたいな組み合わせがあるんですよ。実際に作家に会うじゃないですか。作家も、もしも僕が、好きな作品の組み合わせで変なのを挙げたら、信頼されないんですよ。

丸若 

職業もまったく違うけど、根本的な考え方は僕も一緒です、すごく似てると思います。職人さんもあるんですよ。モノとして、それとこれが好きっていうの本当なんだけど、その職人さんとこの職人さんは、簡単に言うと仲が悪いとか。人間関係までも、こう、図面化されてるわけですよ。ここを抑えたら、ここを好きって言いたいんだけど、直で言うとこの人怒っちゃうから、こっちが好きって言って、この人が上で、この人がこの人をいいって言ってるから、その次にここ行く、みたいな(笑)。

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佐渡島 

そうですね、そういうのはすごく重要です。

丸若 

打ち合わせもそういったことを度外視すると……たとえば「こっちで箸を作って、こっちは弁当箱作ってください、とりあえず」みたいな感じでやると、怒られる。「あんな箸で食ってほしくない」みたいな。

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新連載「同行逸品」|丸若裕俊がゲストと繰り広げる“旅のモノ語り”

同行一人目|佐渡島 庸平(株式会社コルク・代表取締役)

本を読むための旅支度(2)

※「同行逸品(どうぎょういっぴん)」とは、四国遍路の言葉「同行二人(どうぎょうににん)」からヒントを得たタイトルです。常に弘法大師と一緒に巡礼しているという意味で、笠などに書きつける語のことです。選び抜いた逸品とともにその人の旅がある――そんなイメージを表現しています。

Photographs by JAMANDFIXText by KASE Tomoshige (OPENERS)

何歳の時にどこで読むか

丸若 

本が読みたい時にすぐ読めるKindleができたっていうのは、佐渡島さんにとってすごいことじゃないですか。30冊持って行かなくていいですし。

佐渡島 

軽いです。ただKindleになってない本も多くて。今は、海外に行く時は仕事で暇がないから、そんな冊数はいらないんですけどね。僕の夢は、例えばドストエフスキーを、いつどこで読むか、いつも考えてる、結構考えているんですよ。『カラマーゾフの兄弟』を、何歳の時にどこで読もうか……これは結構楽しい。

丸若 

面白いですね。そこまで本を愛している人間、というかそういう愛し方をする人は本当に少ないと思いますよ。

佐渡島 

今日持ってきたのはね、Kindleと、この『儚い光』って本なんですよ。これはもう一番好きな本。今プライベートで旅行する時には、必ず持っていきますね。

丸若 

おお! もちろん何回も読んでいるんですよね。

佐渡島 

何回も読んでいます、ページの上を折っているじゃないですか、で、下も折っているんですよ。

丸若 

下と上は何が違うんですか。

佐渡島 

読んだ時が違う。読むたびにいいなって思ったところを折っちゃうんですね。上折ったり下折ったり色々。二回折ったりとかして。前にいいと思ったっていうのを、後で読んだ自分に教えるんですよ。それで、昔はこのページでここがいいと思ったんだろうなあって思うと、同じページだけ3、4回読んでみたりとか。それくらい好きですよ。ギリシャのザキントス島ってところが舞台なんです。

丸若裕俊|同行逸品 09

丸若 

行かれたんですか?

佐渡島 

行きたいんですけど、すごく遠いのと、高いのと……大変でまだ行ってないです。

丸若 

いつ出会った本なんですか?

佐渡島 

大学3年生の時ですね。10冊以上買って人にあげまくっています。一時期、絶版で、中古品も一冊もなかった。ここ2年くらいで、重版されたみたいで。また人にあげようと思えばあげられる状態なんですけども。

丸若 

読んでどのくらいのところで、これはすごい!と思ったんですか?

佐渡島 

たぶん100ページくらい読んだときかな。学校の授業に行く途中の電車でした。朝から読みはじめて、二日目とか三日目とかだったのかな? すごく読みづらいんですよ、この本。何が言いたいのかあんまりよくわからなくて。言葉が難しくて。植物の名前とかいっぱい出てくるんですよ。全然知らない植物の名前ばっかり出てきて。それで結構難しくて、100ページくらいきたときに、そのまま電車乗り過ごしちゃったんですよ。

丸若 

いきなりスイッチが入っちゃったんですか?

佐渡島 

すごく作品の中に入っていて、気がついたらだいぶ乗り過ごしていて。それで、ああ、俺はこんなに素晴らしい本を読んでいて、今日は学校なんか行っちゃだめだと。この本を途中でやめちゃだめなんだなって思って、その日は家に帰って、ずーっと最後まで読んで。

丸若 

本に入ってしまうと、そういうものなんですか?(笑)

佐渡島 

そんなことしたのは唯一この『儚い光』だけで。基本的には授業をサボらない人間なので。授業サボる理由が本だったのは、これが初めてだし、これしかないし。それ以来、何度も読んでいますね。

丸若 

音楽とかに近くないですか? 自分の好きなすごく好きな、人生変えた音楽とかと、に近いくらい、離せないものがある。

佐渡島 

そうですね。だから、音楽も合わせますよいつも。この本読む時にこの音楽みたいなかんじで。学生の時は、何かCDとかも、CDケースみたいなのに入れて、30~40枚持ち歩いて、CD聴きながらやっていたんですけども、不便で仕方なくて。結構めんどくさくなって、聴かなくなって。旅行中聴かなくなったりして、持って行かなくなりましたけど。今ってiPhoneとかね、それで音楽聴けるじゃないですか。音楽聴きながら本読むのもいい。その本にぴったりの音楽探すのも、すごく好きなんですよ。自分で「これぴったりだな」って思うと嬉しいです。

丸若 

本以外の執着は、食べ物くらいですか。佐渡島さんのトランクの中身は面白そうですね。普通の旅行者のトランクじゃないですよ、絶対。

佐渡島 

味気ないですよ。でも今はね、身の回りのものの準備は嫁さんがやってくれるから。

丸若 

なるほどね。旅の必需品って、今日奥さん連れてきてもらえばよかったですね(笑)。

旅も日常もこだわらない

丸若 

本以外に「コレだ」って思ったものはありますか?

佐渡島 

今やっている会社のコルクにはまる前は、ゴルフにはまっていました。かなり一生懸命やっていたんで。1ラウンド75を目標にしていました。簡単に出ないから、ゴルフやっているときはいっつもイライラしたりして。

丸若 

完全に偏愛型なんですね。

佐渡島 

その時期は旅行も、ゴルフできるところしかいかなかった。北海道旅行のときも、嫁はホテルで僕はゴルフ。朝5時に僕だけ起きて、早朝ゴルフ。一人で回って、8時にホテル戻ってきて、一緒に朝食とか。

丸若 

自分で思うものは、自分の中で「コレだ」って思うものは、人よりも少ないと思いますか?

佐渡島 

少ないと思います。ほとんど思わない。

丸若 

たしかに、日常でも基本こだわらないですもんね。

佐渡島 

うん、逆にこだわりだしたらうるさすぎて。今度僕オッケーって思うものが少なすぎるから、逆に全部オッケーみたいな。

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佐渡島氏は「いいと思ったページを折る」という

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「Kindle」(左)と小説『儚い光』

丸若 

では3つめの相棒をお願いします。

佐渡島 

Kindleと、本と、もうひとつはこのリュックです。

丸若 

僕もリュックで行くんですけど。ここ(サイドポケット)に傘があるのは安心しますよね。

佐渡島 

歩くのが好きだから、リュックがいいんです。

丸若 

以上3つ、まあ佐渡島さん基本的に話が短いんですよ(笑)。でも佐渡島さんらしいですよね。そぎ落としたら、この3つしか残らなかった、という感じで。

佐渡島 

いや、旅行の時に持って行きたいモノが、全然ないんですよ。歯ブラシは結構、持って行くことも多いんだけど、忘れたら、空港で売っている歯ブラシで大丈夫です。こだわってないなあと思って。傘も持って行きますがこだわりはないですね。

丸若 

服装についておっしゃっていたことを覚えているんです。基本的にどんな格好していてもかまわないと。相手が不快にならない格好、って。僕も同じこと思うんですよ。例えば正装だといっても、紋付き袴で来られたら違う場合もある。でも短パンでも「この人、いい感じだな」って思う場合もあるわけです。それって相手の、たとえば海外に行く時の格好も、そんな考え方ですか?

佐渡島 

そうですね。今は、いわゆるコルクって会社を表したいなって思うし。僕自身は。例えば中国で先方の人たちに会う時には、すごいかっちりだしね。スーツは着ないけど。一応シャツで。今まではシャツとか持っていかなかったけど、今は持って行こうかなって思うし。会う人によってはジャケット着て行くようにもしています。

丸若 

佐渡島さんにとっては洋服も道具なんですね。

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愛用するトゥミのバックパック

佐渡島 

そうですね。ただ、本気で探したら、好きな服を買うと思うんですけど。スティーブ・ジョブズが同じ眼鏡をいっぱい持っていたとか、気持ちはわかるんですよね。ただあんまり好きなデザインの服がなくて、それで気にいっても、同じ服いくつも買うってことしないし。

丸若 

実際僕も、最終的にそういうのに憧れがありますよ。同じものをいつも着てるとか、同じペンを買いつづけるとか、そういうのって相思相愛じゃないですか。モノが基本的に好きだから探しているんですけど、僕はまだそのレベルに達してないようで、すぐ浮気するわけですよ。「こっちの方がいいんじゃないかな?」みたいな。

佐渡島 

そういうの僕も追い求めていますけどね。必死に探しているわけじゃないですけども、ズボンとかにしても、すごくいいモノを、っていうのを思っていてもなかなか見つからなくて、それだったらユニクロでいっか、みたいな。

丸若 

結局そういうことだと思うんですよ。僕の仕事ですが、伝統の技術を使ったものに興味を持ったのは、やっぱり持っているものの深さが違うから。巡り会えるものじゃないから。職人さんとかに会っても、本だったら読まないで作家さんのこととかを全体評価で、判断しようとする人はいるはいると思うんですよ。でも見た目がきれいでも、注ぎ口が全然だめだったりという場合もある。よくあるんですよ。

読み込む本を、その場所まで考えるっていうのは、作者以外で何人やっているんだってレベルじゃないですか。そこまでもって、評価するっていうのは、すごく重要だと思うんですよ。日本人ってそういう気質だったと思うんですよね。だからその旅っていうのも、行き着くとこ、旅をすることが目的っていう人は、僕は話したいとは思わないんです。旅の先になにを見いだそうとしてるのかが、重要で。佐渡島さんは今はお仕事、コルクに夢中というわけですよね。

佐渡島 

たとえばゴルフは一生懸命やって「上手くなりたい」って思いながらも、「上手くなってどうしたいんだろうな?」って自分でずっと疑問で。プロになるわけじゃないし(笑)、一生懸命頑張って、会社のコンペでいつも優勝して何が楽しい?とか。ゴルフ自体は楽しいんだけど、それをずーっと続けてきたところで、楽しみをあんまり見つけられなくて。コルクの場合は熱中してくると、より熱中できるんですよ。それはいいですよね。

丸若 

「本」ってキーワードはずっとこれからもなくならないと思いますよね。でも改めて、なぜ本なんですか?

佐渡島 

ちょうど今日、ブログの文章を書いていて、自分はどんな人間かなあって。小四とか小五ぐらいから、「なんで人間は生きているんだろう。なんで、自分は生まれたんだろう」みたいなことを考えていたんですよね。その答えを周りの人が知っているとは思わなかったし、両親に聞いたって答えてくれるようにも思えなかった。でもそれは、本の中にあるだろうなって思って。それで、本を読んで。たくさんの本を読んで、たまの当たりを探している。そういう感じですね。

例えばこの『儚い光』の中で一番好きな場所です。「彼は極地点に出かけるときテニスンの詩集を仲間から借りて持って行ったが、砂粒ひとつすら肩や足に重くのしかかる苦しい帰り道にも捨てずに持ち帰ったのだ。借りた相手に返すために。地の果てまで出かけるときに、自分の好きなものを持って行く心情を私は容易に理解することができる。その持ち主に、また会えると信じさせてくれるだけでも、それは尊い品物であるにちがいないのである。」っていう文章で。

大人が子供に色んなエピソードを教えるシーンなんですよ。その中のひとつに、南極を探検したウィルソンが、死ぬ直前、もう身体が動かなくなって、でも「基地に戻るぞ」って、持っているものを本当にどんどん捨てていったんですよね。それでもう限りなく身軽になっても、テニスンの詩集だけはずっと持っていて、でもそれは自分のものじゃないっていう。春になってウィルソンの死体を発見した人が見つけた、っていうエピソード。僕はそのエピソードがすごく好きなんです。なんていうんですかね、もしかしたら死ぬかもしれない旅に出るときに、相手のすごく大切なもの、自分のすごく大切なものを持って行くっていうのは、いい行為かなって思っていて。この部分は全体のストーリーにさほど影響はしないんですが、こういうシーンを積み重ねた小説なんです。大人が子供に語っていたりするシーンがすごく好きで。

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丸若 

まさにこの連載の深い部分に関わってくる話ですね。

佐渡島 

ちょうど旅の話になるなぁって。

丸若 

この本をお持ちになるときにわかっていました?

佐渡島 

わかっていなくて(笑)。

丸若 

わかってないですよね(笑)。でもそれはすごく、やっぱりこう、無意識のなかで選んでる時こそ、本当に選んでると僕は思っていて。例えば「丸若さん、何かこういう茶碗で選んでください」って言われたときって、色んなこと考えて。これを出すことによって、これ売れるのかな?って。売れるんだったら、この作家よりこの作家のほう出してあげた方がいいのかなって、考えてしまったらおしまいです。でも無意識に選んでるものがいいから、旅行、旅っていうテーマにしたんですよ。旅って、基本あまり意図的に考えていられないですから。

佐渡島 

僕、基本的に、今は一人旅がなかなかできないですよね。家族もできちゃって。一人旅をしていた時は絵はがきを持って行きました。それで、毎日絵はがき1枚書いて送ったりとか。

丸若 

誰にですか?

佐渡島 

彼女に送ったりとか。そういうの、すごく好きでしたね。今日こんなことがあったよ、というのを文章に。一人旅は誰とも話さないから。当時はケータイもないから、メールもしないし。

丸若 

でも基本的にやっぱりロマンチストでチャーミングな人であるっていうのは、この連載において必要条件だと思うんですね。人に自分の気持ちを伝えたいとか、純粋であるっていうのは魅力です。旅にも、旅の時にこそそういうのが出てくると思うんですよね。この連載に協力してもらっている、最初のゲストだった土田さんも、海外の島で遠い場所までご飯を食べに行くとかおっしゃっていて。クラシックカーとかもそうだけど、普通に考えると、「しなくて済むんじゃないか」、みたいなことだと思うんですよ。絵はがきだってそうじゃないですか。過剰じゃないですか、ある意味。だけど別に計算でやってないから、意味が出てくると思うんですよ。

佐渡島 

そうなんですよね。いまは絵はがき書く時間がないっすね(笑)。

丸若 

Tシャツ一枚とタオルで寝ちゃう(笑)。今日は旅をテーマにしてよかった、と思えるお話を伺いました。ありがとうございました。

佐渡島 庸平|SADOSHIMA Yohei
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校に進学。2002年に東京大学文学部を卒業後、講談社に入社。『モーニング』編集部で井上雄彦『バガボンド』、安野モヨコ『さくらん』のサブ担当を務める。03年に立ち上げた三田紀房『ドラゴン桜』は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1000万部超のメガヒットに育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現する。2012年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社、コルクを創業。http://corkagency.com/

丸若裕俊|MARUWAKA Hirotoshi
1979年生まれ。東京都出身。日本の現代文化をしつらえる 「株式会社丸若屋」代表。普遍的な"美しさ"と今という"瞬間"を、モノとコトに落とし込む事で現代に則した価値を導き出す。伝統工芸から、「北嶋絞製作所」を始めとする最先端工業との取り組みまで、日本最高峰との"モノづくり"を行う。「九谷焼花詰 髑髏お菓子壷」(金沢21世紀美術館所蔵)、「上出長右衛門窯×JAIMEHAYON」(ミラノサローネ出品)、「PUMA AROUND THE BENTO BOX」を主導。http://maru-waka.com/

[連載「同行逸品」サポーター]

土田耕作|TSUCHIDA Kosaku
1977年生まれ。東京都出身。工業用シール剤・接着剤メーカー「株式会社スリーボンド」常務取締役(取材当時)。人と人の絆が生まれるメカニズムを調査・研究する“くっつく絆メカニズム”を企画。さまざまな分野で活躍する方々とのインタビューを通じて、モノとモノをくっつけるだけでなく、ヒトとヒトをくっつける研究に励む。丸若氏とのつながりも、“くっつく絆メカニズム”より生まれる。「ThreeBond presents くっつく絆メカニズム Webサイト」
http://929kizuna.com/

スリーボンド
http://www.threebond.co.jp/

1955年創業の工業用シール剤・接着剤メーカー。日本/アジア/中国/欧州/北中米/南米と、世界を6極に分けた地域統括制をとり、自動車産業を中心に電気・電子産業、インフラ産業などさまざまな分野でグローバルに展開している。

丸若屋
http://maru-waka.com/
http://h-maruwaka.blog.openers.jp/

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