どっちが上なの？

この2台、知らずに見せられて「どちらの車格が上？」と訊ねられたら、多くの人が「981のナンバーをつけた茶色いボディのほう！」と答えるのではないか？

いわゆる“ポルシェ通”が聞けば鼻で笑ってしまう話だが、少なくとも写真で見るかぎり、981を掲げたボクスターのほうが、991をつけた911カブリオレよりどこか立派に見える。

全幅は“981型”ボクスターの1,801mmにたいして“991型”911カブリオレは1,808mmでほぼ互角。ただし、ヘッドライトに縦長の形状を採用するボクスターのほうが少し立派にうつるし、ディテールの処理にしても、写真で見てわかるほど2台に差はない。「“981”のほうが“991”より高級に見える」と答える人の気持ちが、私にもわからなくはない。

Porsche Boxster S｜ポルシェ ボクスターS

Porsche 911 Carrera Cabriolet｜ポルシェ911カレラ カブリオレ

で、いきなり下世話な話になってしまうが、実際の価格は“981”の774万円にたいし、“991”は1,359万円と、ほぼ倍にちかい。これだけの価格差があれば、世の自動車メーカーはかならず外観上の差別化をはかり、“981”をわざと安っぽく見えるようにつくるはずだが、ポルシェはそうしなかった。

なぜか？

答えは簡単だ。「乗ればちがいがわかるし、乗らなくても世界中のポルシェファンはそのことを知っている」という強烈な自負を、ポルシェ自身が持っているからだ。

話を進展させる前に、ここで2台のバックグラウンドを簡単に説明しておこう。

リヤエンジン リヤドライブという選択─911

ポルシェの代名詞ともいうべき「911」は1964年に初代がデビュー。以来、6度のフルモデルチェンジを経て、最新型の7代目“991”型911は2011年に発売された。

歴代911に共通する最大の特徴は、水平対向6気筒エンジンを後車軸の後方に搭載することにある。この搭載方法をリアエンジンと呼び、さらに後輪（リアホイール）を駆動することから「RR」と略されるが、いまどきRRとしているのは911くらいのもの。ただし、初代911が誕生した1960年代にはスペース効率の高さからRRを採用する乗用車は少なくなかった。フォルクスワーゲン「ビートル」は、その代表作だ。

ご存じの方も多いだろうが、ビートルのコンセプトをまとめたのはフェルディナント・ポルシェ博士。そしてこのポルシェ博士が、ビートルをベースに作り上げたスポーツカーこそ、ポルシェ社が自動車メーカーとして、はじめて世に送り出した「356」だった。このため356もRRで、その後継モデルである911も当然のようにRRが採用されたのである。

でも、それから半世紀のあいだにRRモデルは次々と消滅し、911だけが生き残った。じつは、RRには安定したハンドリングを実現しにくいなど、いくつかの短所があるため、乗用車の主流は次第にフロントエンジンへと移行していったのだが、911だけは時代の流れにさからい、RRに固執しつづけた。

Porsche 911 Carrera Cabriolet｜ポルシェ911カレラ カブリオレ

いや、RRでないポルシェをファンが認めなかったといったほうが正しいだろう。事実、ポルシェは「928」や「924」、そして「944」など、これまでに何度もフロントエンジン モデルを生産してきたが、どれも911から主役の座を奪う存在にはなり得なかった。ついには、ポルシェ自身がRRの911をつくりつづけることを決心。こうして、最新作の991につながる「RR進化論」が幕を開けたのである。

Porsche 911 Carrera Cabriolet｜ポルシェ911カレラ カブリオレ
リヤにマウントされたエンジンを直接うかがい知ることはできない

Porsche 911 Carrera Cabriolet｜ポルシェ911カレラ カブリオレ

この間、ポルシェは911の“世界最高峰のスポーツカー”としての地位を守るいっぽう、時代の変化にあわせて“洗練”を重ねてきた。キャビンはより広く、よりラグジュアリーに。バイブレーションを抑え、静粛性を高め、よりスムーズな乗り心地に。そしてエンジンやギアボックスはより扱いやすく、ハンドリングはスタビリティの高さを追求する……

これらにくわえてパフォーマンスの向上、そして排ガス規制対策や燃費向上（＝CO2排出量の削減）などをはかってきたことが、半世紀にわたる911の進化の道筋だったと断言しても過言ではない。

優秀な兄の弟として─ボクスター

いっぽう、1996年にデビューした「ボクスター」は、911から主役の座を奪うという野望の産物ではなく、あくまでも911の弟分としての役割を担って誕生した。911との決定的なちがいは、ボディがオープンタイプのみであることと、エンジンを後車軸の後方ではなく後車軸の前方に積む、ミドシップを採用していることの2点。

ミドシップとしたのは、そのほうが物理的に理にかなっているからで、このなかば必然的な結果として、ボクスターは後席を持たない2人乗り（2シーター）となっている。911が、伝統的に小さいながらも後席を備えた2+2シーターでありつづけてきたこととは、じつに対照的だ。

Porsche Boxster S｜ポルシェ ボクスターS

Porsche Boxster S｜ポルシェ ボクスターS

2台のちがいは、無論これだけではない。当初よりボクスターは911よりかなり安かったから、申し訳ないがつくりもそれなりだった。いや、こう言ってしまっては語弊がある。911のクォリティは、いつの時代も傑出していた。そのボディ剛性、仕立ての良さ、そしてメカニズムの精緻さは、どんなに高価なクルマと比較しても劣らなかった。むしろ、圧倒していたというべきだろう。

だから、その弟分として生まれたボクスターが、ドライビングパフォーマンスを含めたクォリティ面で911に劣っていたからといっても、恥じる必要はどこにもなかった。事実、ボクスターはこのクラスのスポーツカーのベンチマークでありつづけ、どんなライバルとくらべても引けをとらなかった。シュトゥットガルトの紋章をノーズに掲げるポルシェの誇りは、ボクスターにも息づいていたのである。

本物のポルシェ 本物のスポーツカー

そして、2012年にデビューした“981”型ボクスターは、それまでの「911には所詮かなわないから……」というエクスキューズと完全に決別している。インテリアを見ても、そのクォリティ感は911とくらべて遜色がない。エクステリアの見栄えは冒頭に記したとおり。そしてドライビングクォリティの面でも、たとえばボディの剛性感やドライブトレインの精度が911より明確に劣っているとは感じられなくなった。

率直に言って、最新のボクスターを本物のスポーツカー、本物のポルシェと評価することに、何の躊躇も覚えない。

まして、今回テストした「ボクスターS」は、911の標準モデルである「カレラ」とおなじ3.4リッター エンジンを搭載している。最高出力は911カレラの350ps/7,400rpmにたいして、ボクスター315ps/6,700rpm、最大トルクは390Nm/5,600rpmにたいして360Nm/4,500-5,800rpmと、少しずつダウングレードされているけれど、車重は911の1,470kgより120kgも軽いから、力強さはむしろボクスターSが“素の”911であるカレラを上まわるくらいだ。

車重といえば、最新モデルのボクスターと911は大幅な軽量化が施されている。

Porsche Boxster S｜ポルシェ ボクスターS

ボディが大型化したにもかかわらず、ボクスターSは旧型の1,380kgから1,350kgへ、911カレラカブリオレは1,530kgから1,470kgへと、大幅なダイエットに成功している。

これらは、アルミを多用するなどの結果だが、自動車の軽量化はパフォーマンスの向上にも燃費の向上にも役立つ。唯一の難点はコストが上昇することだが、燃費の向上＝CO2削減は、自動車メーカーにとって、もっとも重要な開発テーマとなっており、避けて通ることが許されない。いずれにせよ、エンジン出力をほとんど増強しないままパフォーマンスが向上するのだから、ファンは大いに歓迎すべきことだろう。

ボクスターと911の差とは

では、ボクスターとくらべてじつに585万円もの『エクストラ』を払って911カブリオレを買う意味は、まったくないのだろうか？

いや、ドライビングクォリティは依然として911のほうが上である。

人間の感覚は面白いものだ。ボクスターだけに乗っていれば、じつに上質で、なにひとつ不満を覚えないのだが、911に乗り換えたとたん、それまで身体が感じていたさまざまなバイブレーションをかえって強く意識するようになる。正直、ボクスターと911の乗り味はじつによく似ている。でも、ボクスターではかすかに感じられたバイブレーションが、911では見事に遮断されていて、あきらかにひとクラス上のスムーズさが味わえるのだ。

ハンドリングについても同様のことが言える。ボクスターはワインディングロードを走らせてもダイレクトなリアクションがあり、ドライブしている実感を強く味わえる。いっぽうの911は、1枚フィルターが多く挿入されているかのような、雑味成分の少ない爽やかな味わいに仕上げられている。限界近くまで攻めたてると、良好な接地感をたもちつつ自然なスライドを見せるボクスターにたいして、911のほうはもう少しヌルリと粘るような手応えをしめす。機械として、より高級に感じられるのは、間違いなく911のほうだ。

では、585万円の『エクストラ』を支払う価値はあるのか？　クォリティの差はあきらかに縮まっているので、その価格差を正当化する材料は以前より減っている。また、ボクスターのクォリティに満足する層は以前よりも確実に増えているはず。私も、友人に問われれば、自信を持ってあたらしいボクスターを勧めるだろう。

けれども、911でなければ味わえない世界は明らかに存在する。

それがわかる人たちのためだけに、911はいまも孤高の輝きを放ちつづけているのである。

Porsche Boxster S｜ポルシェ ボクスターS

ボディサイズ｜全長4,374×全幅1,801×全高1,281mm

ホイールベース｜2,475mm

エンジン｜3,436cc水平対向6気筒

最高出力｜315ps（232kW）/6,700rpm

最大トルク｜360Nm/4,500-5,800rpm

トランスミッション｜7段PDK

重量｜1,350kg

0-100km/h加速｜5.0秒

最高速度｜277km/h

価格｜774万円

Porsche 911 Carrera Cabriolet｜ポルシェ 911 カレラ カブリオレ

ボディサイズ｜全長4,500×全幅1,810×全高1,305mm

ホイールベース｜2,450mm

エンジン｜3,436cc水平対向6気筒

最高出力｜350ps（257kW）/7,400rpm

最大トルク｜390Nm/5,600rpm

トランスミッション｜7段PDK

重量｜1,470kg

0-100km/h加速｜4.8秒

最高速度｜284km/h

価格｜1,359万円