ルイ・ヴィトン クラシック セレニッシマ・ラン 番外編
Louis Vuitton or The Art of Travel|ルイ・ヴィトン、あるいは旅の真髄
「ルイ・ヴィトン クラシック セレニッシマ・ラン」番外編
そこにある質の高さとルイ・ヴィトンの矜持――フィエッソ・ダルティコ(1)
旅だからこその不思議と偶然が織りなす出会い……。モナコのモンテカルロからイタリアのヴェネツィアへのクラシックカーレースも、まさしくそうであった。その終着点となるヴェネツィアの近くにある、ルイ・ヴィトンのシューズアトリエ、フィエッソ・ダルティコ。往年の名車たちは次つぎとそこに集結したが、古めかしい建物と思いきや待ち受けていたのはファクトリーの常識を覆すモダンな建造物であった。そこでルイ・ヴィトンのクラフツマンシップとクオリティの高さを知ることになる。ルイ・ヴィトン マルティエ会長兼CEOのイヴ・カルセル氏にも、お話を聞くことができた。
Photographs by LOUIS VUITTONText by HOSOMURA Gotaro (OPENERS)
レースの終わり間近にクラッシックカーが立ち寄った“魔法の箱”
モンテカルロから雪まじりの山岳地帯を越え、はるばるクラシックカーたちはイタリアの中世の街並みが残る都市、ヴェローナへと辿り着いた。この街の象徴となっているが中心部にある古代ローマ時代の円形競技場(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。夏になると野外オペラが開催され、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』の舞台としても知られる芸術の街だ。その美しさは“ヴェローナ市街”として、世界遺産(文化遺産、2000年)に登録されたほどである。
さて、そこから東へしばらく走ると、デスティネーションであるヴェネツィアまで約33キロの地点、ブレンタ川沿いのフィエッソ地区に、ルイ・ヴィトンは誇るシューズアトリエ、フィエッソ・ダルティコがある。クラッシクカーたちは次つぎとここに集結したのだが、その近代的な建物の佇まいとの対比が、なんともふしぎな趣であった。
フィエッソ・ダルティコは、3年間のリサーチと1年の建設期間を経て、2009年9月にリューアルオープンした。デザイン室、ワークショップ、アートギャラリー、トレーニングセンターを備えた革新的なアトリエである。ここではメンズ、ウィメンズ、そしてメイド・トゥ・オーダー(MTO)の靴を作っているが、特筆すべきはインダストリープロジェクトのなかに、クリエイティビティを置くというあたらしいスタンスをとっていることだ。その象徴として最新テクノロジーが導入されつつ、随所にコンテンポラリーアートが展示されている。自然光をふんだんに活用し、環境との融和がはかられ、またスタッフが心地よく働けることを重要に考えられ設計がされた、緑に囲まれたデザインがすばらしい。まさにグリーン・ビルディングである。
なぜこの場所にと思われる方もいるだろう。じつはこの地は昔から女性靴生産で有名な場所なのである。13世紀には、靴職人がヴェネツィアの貴族や上流階級のために、靴を作っていたという。当然、伝統的なイタリアのアルティザンの技術が継承されている。CEOのイヴ・カルセル氏、シューズ部門ディレクターのセルジュ・アルファンダリ氏の指揮の下、そんなイタリアのノウハウやクラフツマンシップと、クリエイティビティと専門性を高めようというフランスのルイ・ヴィトンの意志を融合させたのだ。ここをデザインしたのは、高名な建築家、ジャン─マルク・サンドロリニで、インスピレーションを得たのはルイ・ヴィトンのシューズボックスから。ここがマジックボックス、つまり魔法の箱と呼称されているのは、そんな理由もある。
CEOのイヴ・カルセル氏の言葉に、フィエッソ・ダルティコがどんな場なのかが集約されている。
「ここは単なる場所ではなく、私たちのルーツや過去への思い入れを表現しています。創業者ルイ・ヴィトンは1859年に初の店舗、そして品質管理のためのアトリエを開きました。その後、独立したアトリエをかまえました。その方針は、エネルギー消費、温度調節、そして廃棄処理の面において、最新設備が整ったこの建物内に、4つの専門分野に特化したワークショップをそれぞれ配置することにより受け継がれています。レザーグッズのアニエール、時計のラ・ショード・フォンと同じく、フィエッソ・ダルティコはエモーションを伝えるツールです。モダニティに表現される伝統――私たちのエクセレンスへの願望は、カッティングや手仕上げまでの製造過程におけるさまざまな技術、そして革にかんする完全なる理解にあらわれています。敷地内にあるスクールタイプのトレーニング施設とアートギャラリーは、『ハイレベルのエクセレンスをシューズの製造に適用することにより、特別なすばらしさをあたり前にしていく』という目的のもと、設置されているのです」
Louis Vuitton or The Art of Travel|ルイ・ヴィトン、あるいは旅の真髄
「ルイ・ヴィトン クラシック セレニッシマ・ラン」番外編
そこにある質の高さとルイ・ヴィトンの矜持――フィエッソ・ダルティコ(2)
フィエッソ・ダルティコが有する類い希なノウハウ
品質への飽くなき追求にもとづいたアプローチを象徴としてその核となるのが、マシンメイドによる規格統一化生産にとらわれず、職人の直感と専門技術に絶対的な信頼をおいていることだ。これこそが、ルイ・ヴィトンのユニークネスでセンスに満ちたものづくりなのである。
4つのワークショップは、それぞれ名前が付けられ特徴がある。まずタイガはレザーソールのクラシカルなメンズシューズを作っている。伝統的なブレイク製法とブレイク・ラピド製法、手縫いのグッドイヤー製法が用いられている。クラフツマンシップという、もっともピュアな伝統への回帰の場だ。
ノマドはメンズとウィメンズのラバーソールモカシンを担当する。手縫いのモカシン製法で、比肩なき品質を実現するために職人技のすべてが統合されている。
スピーディはメンズとウィメンズのスニーカーを作る。ここはロボットと伝統の両方のオペレーションを兼ねそなえたアトリエだ。最新のラスティングマシンで機械化され、内部は人間工学にもとづいて構成されている。
アルマはエレガントなウィメンズシューズアトリエ。ここが目指す目標は明確だ。レザーからサテンまで、さまざまな素材を用い制作し、卓越したものを創り出す水準が限定的にならないこと。そして技術的なすべての革新を具体的にカタチにすることである。
外見の良さはもちろんだが、見えないところまでに、熟練職人の技術と厳しい目が配剤されている。このこだわりこそ、ルイ・ヴィトンが理想とするシューズを作れる理由である。
“品質管理の準備”ができていることの重要性
アトリエから出荷する最終段階で靴の品質検査をすることを、すべての作業のなかでもっとも重要なキーワードとしている。単なる“はき物”ではなく、ルイ・ヴィトンは“靴”を作っているのだ。そして製品は、それが作られた環境を反映すると考える。ここのアトリエはそれを可能にするマジックがある。それは手、目という職人の感性的部分、蓄積した経験と伝統をクリエイションに注ぎ、かつディティールへの細心の注意を払い問題の解決をはかるという、アトリエの崇高なスピリットがなせるものだ。そう、“品質管理の準備”が整っているのである。
一つの靴のプロトタイプを作るのに、さまざまな修正を最低50回は繰り返すという。またたった一回のランウェイショーのために500足のシューズをわずか5日で完成させる。フィエッソ・ダルティコでは、時間は不可能を可能にするためにあるのだ。そして文化的な側面において、かなりイタリア的なフィーリングに、フランス的な作業フローの組織化や合理化を組み合わせている。このコンビネーションは無限の可能性を持つと考えている。
顧客、職人、デザイナーからの要求は尽きることがないが、結果はアトリエの日々の挑戦に比例する。それは要望やテクノロジー、夢と現実などが日々移りゆくなかで、驚きを持って結果を出すことだ。同時に創造性と機能性を実現することが、ルイ・ヴィトンの卓越したはき心地に意味を与えているのである。