東京工業大学 柏木孝夫教授に聞く「再生可能エネルギー法」施行後のスマート社会|SHIFT JAPAN
東京工業大学 柏木孝夫教授に聞く
「再生可能エネルギー法」施行後のスマート社会(1)
菅直人前首相の「置き土産」として、8月26日に成立した「再生可能エネルギー特別措置法」。太陽光、風力、中水力、バイオマス、地熱によって発電した電気を全量固定価格で一定期間、電力会社が買い取ることを義務づけたもの。2012年7月1日の施行に向けて調整すべき課題は何か? そして、施行によって震災後の日本のエネルギー社会はどう変わるのか? 東京工業大学の柏木孝夫教授に尋ねた。
文=松井健太郎
写真=JAMANDFIX
価格と上乗せのバランスが鍵
──「再生可能エネルギー特別措置法」の最大のポイントは?
今年度末にかけて、調達価格等算定委員会で討議されますが、再生可能エネルギーによる電力の「買い取り価格」がいくらに設定されるかが最大のポイントになるでしょう。太陽光は何円、風力は何円というように、あるいは、風力のなかでも洋上は何円、陸上は何円というように、買い取り価格は発電の種別や規模ごとに異なる金額で設定されます。それは、臨海地域のメガソーラー発電と山のなかの小水力発電では発電コストに差があり、一律設定では不公平だという理由から。おそらく、太陽光発電、とりわけ、メガソーラーによる電力の買い取り価格がもっとも高くなると考えられています。
──買い取り価格が高いほうが発電事業者は儲かるわけですね?
そうです。新法では、「施行後3年間は、買取価格を定めるにあたり、再生可能エネルギー電気の供給者の利潤にとくに配慮すること」と謳われています。つまり、電気事業者の採算が取れるよう、向こう3年間は割高な価格を設定しなさいということ。それによって、再生可能エネルギー関連の産業を興し、雇用を増やすとともに、国際競争力を向上させようという狙いがあるのです。
ただ、買い取り価格は、国民や企業(被災地を除く)が払う電気料金に転嫁されますから、あまり高いようだと国民や企業から反発を受けるでしょう。高く設定すると新規参入も増えて再生可能エネルギー産業は成長しますが、電気料金は高くなる。逆に、電気料金への上乗せ額を抑えようとすると、再生可能エネルギーの普及が滞る。このバランスをどう上手く取るかが、この法律の成否の鍵を握っているのです。
「余剰価格買い取り」の今後は?
──住宅用の太陽光発電は、全量固定価格での買い取りはされないのですか?
住宅用はすでに余剰電力の買い取りが実施されているので、全量固定価格買い取りの対象にはなりません。余剰電力の買い取り価格は現在、1kWh当たり42円ですが、2015年ごろには現在の電気代の23円/kWhを下まわり、さらには、買い取り制度そのものが終了する可能性もあるでしょう。新法が施行され、3年間のうちにメガソーラーが集中的に普及すれば、太陽電池の技術革新と低コスト化が進むと同時に太陽光発電による電気は安くなり、買い取り価格も下がっていくからです。
──では、住宅の余剰電力はどうなるのでしょう?
余剰電力の買い取り制度が終了するとともに、「住宅部門の電力自由化」がはじまると思います。そうなると、すでに普及しはじめているスマートハウスがさらに進化し、余剰電力を充放電可能な電気自動車やプラグインハイブリッドカーのバッテリーに蓄えて、電気料金の高い時間帯やピーク時にスマート家電を動かしたり、あるいは、スーパーマーケットの駐車場には電気を買い取る機械が設置され、買い物客が電気自動車に蓄えた電気を売るとそのぶんをレジで値引きされるといったユニークで合理的な「スマートコミュニティ」のシステムが誕生することも期待できます。
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「再生可能エネルギー法」施行後のスマート社会(2)
世界の1/8の原発を持つ国、日本
──大幅な供給増が見込まれる再生可能エネルギー。原子力発電に代わる次世代のエネルギーになり得るでしょうか?
菅直人前首相が在任時に、「2020年代のできるだけ早い時期に、発電に占める自然エネルギーの割合を20パーセントにする」という目標を掲げ、「1000万戸の家庭に太陽光発電パネルを設置する」との構想を示しましたが、その構想が実現しても、震災前の日本の総発電量の4パーセントに過ぎません。メガソーラーやほかの再生可能エネルギーをふくめても12~13パーセント程度。そのような状態で、ただちに原発に取って代わることは難しいし、危険です。世界に431基ある原発の約1/8となる54基が日本にあり、その稼働をすべて停止すれば、原料であるウランの国際価格が急落する恐れもあります。そうなると、中国やインドといった工業化を目指す新興国が原発の開発に乗り出してくるでしょう。ウラン1グラムで石炭3トン分、300万倍のエネルギーが得られるのですから。
──ただ、福島第一原発の事故後、ドイツやイタリアなどヨーロッパでは脱原発の動きが加速しているように思えますが?
「ドイツは環境先進国。日本もドイツを真似て……」という文言をメディアは多用します。確かに、ドイツは脱原発を推進していますが、EU15カ国全体の電源構成比は、原子力が約3割、石炭が約3割、天然ガスが約2割、残りの約2割が再生可能エネルギーや石油で、大規模水力以外の再生可能エネルギーは4~5パーセントほど。EUを「ひとつの国」と捉えると、見事なベストミックスが保たれているのです。国際電力インフラ(系統)がつながっているため、各国間の電力のやり取りもスムーズ。ドイツやイタリアが脱原発を唱えることができるのは、他国の原子力由来の電力を調達するなどEU諸国間で電力を融通し合えているからで、国際インフラが構築されていない日本が、単純にドイツを真似て脱原発を推進できるかというと疑問です。
それよりも、福島の原発事故を踏まえて、最高の安全技術を確立し、その安全基準が国際標準となるようIAEAに働きかけ、新興国をふくめた世界中の原発の安全性を高めながら、減原発へ移行するといった国策が必要なのではないでしょうか。その移行期に、再生可能エネルギーのイニシャルコストが下がれば、日本の電源の一翼を担う可能性はあります。
スマート社会への道筋
──「発送電分離」の必要性も叫ばれていますが?
新法施行後のシナリオをざっくりとまとめると、1)来年、全量固定買い取り制度がはじまる。2)3年間のうちにメガソーラーの建設・稼働が推進される。3)太陽電池のコストが下がる。4)住宅の5軒に1軒が太陽光パネルを設置する。5)スマートハウスやスマートコミュニティが普及する。6)電力自由化が実施され、売買が盛んになる。7)送配電システムを見なおす必要が出てくる。……という流れになると予想されます。最後の7)の部分で、「発電・送電の分離」というアイデアが浮上するかもしれませんが、簡単にはいかないでしょう。一民間企業である電力会社の発送電一貫体制に、国が「分離しなさい」と口を挟むことは民主主義に反しますからね。ただ、東京電力の場合は巨額の賠償問題に国が介入するので、国は東電に対して発言力をもちますから、もしかすると、東電管内だけは発送電分離が議論される可能性はあるかもしれません。
──震災を機に、社会のスマート化は進むでしょうか?
進めるべきだと思います。電力網を道路にたとえるなら、発電所でつくられた高圧電気を変電所へ送る送電網は「高速道路」、変電所から電柱を中継しながらビルや住宅へ送る配電網は「一般道」。ともに、発電所からの一方通行でしたが、スマート社会では双方向通行になり、一般道の電気の通行量が増えます。その混雑を制御するのが、地域ごとに設けられるコントロールセンター。一般道の渋滞がひどいときには、高速道路に電気を走らせる必要も出てくるでしょう。そのように、住まいや街の多様化する送配電をコントロールできるエネルギー制御システムを構築するのがスマート化です。再生可能エネルギーが普及し、低炭素社会をさらに押し進めていく社会のなかで、スマート化は進むべき大きな道となるはず。震災後の日本の発展を考えるとき、スマート社会の実現を視野に入れた送配電システムの再構築を考える必要があるでしょう。
柏木孝夫|KASHIWAGI Takao
東京工業大学大学院教授、工学博士。1946年東京生まれ。1970年東京工業大学工学部卒業。1980~1981年、米国商務省NBS(現NIST)招聘研究員などを経て、1988年東京農工大学工学部教授に就任。1995年IPCC第2作業部会の代表執筆者となる。2007年から現職。経済産業省の総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会長、日本エネルギー学会会長などを歴任。2009年からは経済産業省の「次世代エネルギー・社会システム協議会」のメンバーを務めるなど、国のエネルギー政策づくりに深くかかわる。